原発は潜在的核保有国となるための隠れ蓑

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5月 172012

*今までレポートで指摘してきたことをはっきり言及している興味深い内容です。いろいろご意見はあるとは、思いますが、客観的な事実だけは押さえておくべきだと考えます。  

平成231013         JB PRESSより 

 

原発は潜在的核保有国となるための隠れ蓑 

~「国体維持」のために福島は見捨てられた:西村吉雄×烏賀陽弘道対談~ 

 

<新聞・テレビが経営的にも、言論的にも弱体化する中、米国では寄付をベースとする「非営利ジャーナリズム」が新たな潮流となりつつある。個人からの寄付で福島第一原子力発電所事故の検証リポートの出版を目指すFUKUSHIMAプロジェクト編集部会長の西村吉雄氏と、読者からの投げ銭で取材活動を行っているフリージャーナリストの烏賀陽弘道氏に、日本のジャーナリズムの未来について語ってもらった。> 

 

  

西村 吉雄(にしむら・よしお)氏
1942年生まれ。71年東京工業大学博士課程修了、日経マグロウヒル(現日経BP)入社。「日経エレクトロニクス」編集長、日経BP社発行人、編集委員など歴任。東京大学大学院教授などを経て、現在は早稲田大学大学院ジャーナリズムコース客員教授、東工大学長特別補佐。FUKUSHIMAプロジェクトでは編集部会長を務める(撮影:前田せいめい、以下同)昨日の前篇「報道人は食っていけるか、生き残れるか?」に引き続き、2人が福島第一原発事故を取材・分析する中で行き着いた、「軍事としての原発」に関する議論を紹介する。

西村 

FUKUSHIMAプロジェクトの執筆作業の過程でいろいろ資料を集めているのですが、調べれば調べるほど「原発」と「核兵器」との関係が浮き彫りになってくる。

 1969年に外務省が「我が国の外交政策大綱」という内部文書を作成しています。2010年にその文書が公開(PDFhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku_hokoku/pdfs/kaku_hokoku02.pdfされたのですが、そこには「核兵器は当面保有しないが、核兵器を作るだけの技術力と経済力は保持する」との方針が明記されていた。それは、  不動の方針としてずっと続いてきたのでしょう。

 だから、「市場経済の観点で、原発は儲からないから撤退する」という選択は電力会社には許されなかった。

  原子力発電所の立地する自治体にはさまざまな名目で補助金や交付金が出ていて、あれを勘定に入れれば、原子力発電のコストはちっとも安くない。でも「あれは国防費です」「経済的なためのお金ではありません」ということになれば、それはしょうがないよねということがウラであったかもしれない。

日本は潜在的核保有国の筆頭格? 

烏賀陽 

米国の大学院の最初の授業で「君たちは、世界に何カ国核保有国があるか知っているか?」と聞かれました。

 「アメリカ、ソ連、イギリス、南アフリカ、イスラエル・・・」と名前を挙げていくと、教授は「実際に核兵器を持っている国とは別に、核兵器を開発可能で、それを飛ばして相手国に打ち込むロケット技術もあるけれど、政治的な判断で核兵器を持たない国がある。それはどこか?」と言うのです。「もしかして日本ですか?」と聞いたら「そうだ」と。 

 

日本は衛星を軌道に乗せるロケット技術があり、それは大陸間弾道ミサイルの技術とまったく変わらない。プルトニウムも持っている。核兵器に使うものとは種類が違うけれども、精製技術は応用可能です。

 世界からみれば、日本は、いつでも、あと一歩で核兵器を持って武装することができる潜在的核保有国の筆頭格なのです。僕は教授に「日本には非核三原則がありまして・・・」と必死に説明したのですが「いやいや、政治的意思なんていうものは一晩で変わってしまうのだから、意味がない」とあっさり蹴飛ばされました。日本は核保有国と非核国の中間にある「核保有国1.5」みたいな存在なんですね。

「核抑止力としての原発」を社説でさらけ出した読売新聞 

西村 

読売新聞は97日付社説で「日本はプルトニウムを利用することが許されていて、日本の原子力発電は潜在的な核抑止力となっている。だから、脱原発してはいけない」と書いた。

 これには驚きました。それは、みんな薄々は感じながらも「それを言っちゃあ、おしまいよ」みたいな暗黙の了解が成立していたことかと思っていたのですが、社説で言い切ってしまった。



烏賀陽 弘道(うがや・ひろみち)氏
1963年生まれ。86年京都大学経済学部卒、朝日新聞社入社。津支局、名古屋本社社会部、「AERA」編集部などを経て、2003年フリーランスに。主な著書に『「朝日」ともあろうものが。』、『報道災害【原発編】』(上杉隆氏との共著)など

烏賀陽 

日本非核国の神話の終わりですね。

西村 

文筆家の内田樹さんは、講演で「ドイツ、イタリアの脱原発の流れの中で、アメリカは日本にも脱原発してほしいと思っているはずだ」と言っていました。第2次世界大戦の敗戦国の枢軸国3カ国は核クラブから出ていってくれということなんです。

 本当の核クラブは米・ロ・英・仏の旧連合国と中国の5カ国で、これらは国連安全保障理事会の常任理事国です。日本は、これだけの不手際を起こし、世界にご迷惑をかけて、その上、プルトニウムを持っていてテロに狙われたら危なくてしょうがない状態。

烏賀陽 

日本の権力の本当の意思が3月11日の大震災を境にむき出しになってきたような気がします。

 読売新聞の9月7日の社説も、「正体見たり!」という感じです。もともと読売は正力松太郎の政治的な野望のために大きくなった新聞。日本が原発を導入する際の、プロパガンダに大きな役割を果たしました。ニュース媒体としてだけでなく、ビートルズを呼んだり、プロ野球をやるのと同じレベルで原子力博覧会とかいうのをやって興行主として原発を振興した。日本を親・原発国にしたことについて、読売新聞の功績は非常に大きい。その文脈で考えると、9月7日の社説は、ある意味、本当に正直になったな、という気がするんです。

 アメリカ側は、読売新聞がいかに日本の権力の中枢の代弁者として機能しているかを知っています。その前提で、アメリカ側にシグナルを送って、出方を見ているのかもしれませんね。

 核クラブからの退場を求められる日本

西村 

ある時点まではアメリカにとっても日本が潜在的核保有国であることに意味があった。ただ、日本がプルトニウムを作ることに対して、アメリカは何度も何度もブレーキをかけている。青森県六ヶ所村の日本原燃の核燃料再処理工場がいまだに稼働していないのも、アメリカからの圧力が背景にあるのです。

 日本が、国内と再処理を委託しているイギリス、フランスとに大量のプルトニウムを保有している状態を、アメリカが好ましくないと思い始めている。だから、大震災をきっかけに「核クラブから出ていって」というのが、アメリカの本音になってきていると思います。

烏賀陽 

日本の原子力防災は全然役に立たなかったということが、今回、明らかになりました。では、アメリカの原子力防災はどうなっているのか。ニューヨークの約50km北にあるインディアンポイント原発の避難計画はネットで簡単に調べられます。それを見ると、実にきめ細かいのです。

 なぜだろうと思って、アメリカに住む知人にメールしたところ、「当たり前だ。アメリカは核戦争を想定して、住民の避難計画を考えているのだから、原発事故はその応用に過ぎないだろう」というわけなんです。

 アメリカは「ソ連からいつミサイルが飛んでくるか」という時代を50年過ごしてきて、核防災を意識せざるを得なかった。そういう国と日本とでは違って当然なんです。日本は「お上が民を平気で見捨てる」とかいう以前に、そもそも、本土での戦争は想定していないんじゃないかという気がします。核防災が全くなっていないというのも、その辺りに起因するのではないか。

西村 

これはほとんど誰も言っていなくて、私一人言い続けているのですが、日本のエネルギー問題は、大したことないと思うんです。人口は減る一方なので、必要なエネルギーも減っていくに決まっています。必死になって再生可能エネルギーに研究投資なんてしなくても、じきに余ります。実は、このことを一番よく知っているのは電力会社で、だから、彼らは設備投資したくないんです。

 この夏、全国の原子力発電所の3分の2が止まり、原発による発電は1割あるかないかでした。それでも、この程度の影響で済んでしまった。原発を全部止めたところで、電力供給面では大して困らない。でも、潜在的核兵器であるというならば、意味合いが全然違ってくる。

烏賀陽 

なるほど、国策というのは、そういうことなんですね。

儲からなくても、日本には原発撤退の自由はなかった

西村 

本当のことを言うのはまずいから、これまでは「電気が足りない」とか「エネルギーバランス」とかを強調してきたのでしょう。読売新聞の社説はむき出しに言わざるを得ないところに追い詰められてきたのかという気がします。

烏賀陽 

確かに、そういうふうに説明すると、きれいに説明がつきます。官僚機構は暴走機関車のようなところがあって、「これは、いかん」と思っていても、動き出してしまうと誰にも止められない。複数の変数がどんどん増えて、3次方程式、4次方程式になってどんどんマイナスの関数を描いているのが現況じゃないかと思うんです。

西村 

高速増殖炉路線は、まさに、それです。今、一番安くて安全な核燃料の処分方法は「使い捨て」です。再処理しない方が安上がり。だから、フランスもイギリスも「高速増殖炉は、もう成り立たない」と断念した。なのに、日本だけが止められない。頭のいい官僚なら、止めるべきだと分かっているはずなのに、誰も「止める」と言い出せない。言い出しかけた人が次々と左遷されているのを目の当たりにして、もう言えないんです。

烏賀陽 

原発事故を契機に「原子力ムラ」の存在が問題視されるようになりました。電力会社と、政府と、微々たるアカデミズムの学会で人材を分け合い、情報も閉鎖系の中で巡っていることが非難された。

 しかし、アメリカにも「原子力ムラ」はあります。原子力の研究者、技術者は出身大学が限られているので、みんな同窓生で顔見知り。まさに「ムラ」です。ただ、アメリカの「原子力ムラ」の中には、軍という巨大な組織が入っていて、核技術者の巨大な就職先でもあります。軍は、経済原理でもなく、官僚の原理とも別のメカニズムで動いている全く別の世界。「ムラ」を巨大なものが分断しているという感じです。

西村 

米国では軍の存在が明示的で、原子力の軍事的側面を誰もが知っている。その分、電力会社は「普通の株式会社」としての自由度が与えられているんです。儲からないと思えば、原発は造らない。この20年、新しい原発はひとつも建てられていません。

烏賀陽 

スリーマイル事故以来、止まっていますね。

西村 

彼らは、儲からないから止めたんです。現在では、廃炉のビジネスの方が中心になっている。ところが、日本には軍がなく、潜在的な軍事のところは隠しておいて、平和利用だけを全面的に出す。それを原子力ムラでやってきたために、電力会社側に撤退の自由が無い。これが、ある意味で閉鎖的なんです。

「自給の脅迫観念」で核燃料サイクル路線に邁進

烏賀陽 

不謹慎な冗談なのですが・・・最も効率の良い核燃料の処分方法は核兵器にすることです。

西村 

日本が現在、公式に保有していることになっているプルトニウムは国内と、英仏に預けてある分を合計すると、多分、1万発ぐらい作れます。

六ヶ所村の燃料再処理工場が2012年10月から稼働します。アメリカからの強い圧力で、すぐに核爆弾には転用できないように、ウランとプルトニウムを混ぜたMOX燃料として取り出しますが、実際には毎年8トンのプルトニウムができるそうで、それは核爆弾1000発分に相当します。

烏賀陽 

アメリカがカリカリするのも仕方ないですね。これは、日本が最後まで抱えている冷戦構造なのかもしれません。「いつかはなりたい核保有国」と思いながら原発を稼働させ、プルトニウムを取り出していたのに、気がついたら冷戦は終わって、アメリカもイギリスもフランスも「もう核兵器の時代じゃないよ」とか言っている。

西村 

もう1つ日本が逃れられなかったのが、「自給の脅迫観念」です。構造的には食料自給とよく似ている。でも、石油を輸入せずに食料が自給できるわけないし、理屈で考えると、全く合理性が無いのですがね。高速増殖炉にこだわるのも、「核燃料をリサイクルし続ければ純国産エネルギーを持つのと同じだ」という発想から抜けきれなかったからなのでしょう。

烏賀陽 

第2次世界大戦の引き金になったのが経済封鎖だったことがトラウマになっているのかもしれません。

 私はアメリカの大学院で「国際安全保障論」を専攻しました。そのプログラムの3つの柱は、軍事学、エネルギー政策、食料問題です。それこそが、一国が自立して存在するための基本です。 恐らく、アメリカからは「日本はエネルギー自給に非常にナーバスで、あわよくばエネルギーのついでにプルトニウムで核武装と思っているのだろう」ということが、見え見えなんだと思います。

西村 

ただ、「国」って何なんでしょうか。地球全体で考えれば自給が成り立っています。でも、シンガポールでは自給という概念はナンセンスです。マレーシアから水が来なければ3日で機能停止する。でも、シンガポールは恐らく水を自給しようなんて考えません。国土が狭いので、食料自給も成り立たない。

 日本も全てを自給するのはナンセンスですが、自給の観念に取り憑かれるぐらいのサイズはある。そこで「国とは何か」という問題が多分、関係してくるんです。

国体維持の犠牲になった福島県民

烏賀陽 

福島に取材に行って、村人全員が退避することになった飯舘村を3日ほど回ってきました。その村の39歳の小学校職員の方が「飯舘村は県庁所在地の福島市を守るために犠牲にされた。パニックを起こさないために、飯舘村が被曝するのをそのままにされた。福島県は東京を守るために見捨てられた」と言うんです。この言葉はものすごく胸に響いた。

恐らく、「自給の意味のあるサイズ」ということで霞が関の人が考えているのは、東京を守ることであり、「国体を維持する」ことでしかないのではないか。そのためには福島県民を平気で見捨てるんだなって、思ったのです。

「国体維持」なんて言葉は使いたくないけれど、本土決戦と言いながら沖縄を虐殺の荒野にしてしまった発想と、福島県民を見捨てたのと、基本的には同じことでしょう。 天皇制を中心とした国体を維持しようとした連中と、エネルギー自給だかプルトニウムだかを維持しようとした連中と何が違うのか――と思うんですよ。

西村 

日本の人口は、2050年には9000万人ぐらいになると言われています。「エネルギーが足りない、足りない」と言っていますが、この2~3年の夏のピークを乗り切れば、あとはなんとかなると思うんです。2100年には、上位予測でも現在の半分強の6000万人余り、減少が早い場合4000万人という可能性もあります。その過程で東京、名古屋、関西など都市部への人口集中が加速するのは確実です。

2010年末に国土審議会が出した推計では、東北地方は2050年までに今よりも40%人口が減ってしまう。震災前から、東北には年寄り世帯が数軒だけしか住んでいないような限界集落がありましたが、地震の影響でさらにひどくなるでしょう。

烏賀陽 

福島では震災半年で既に人口が何万人も流出していて、30年ぶりかに200万人を切ったそうです。

先日、4月に取材した南相馬市の方々の避難先を訪ねてきました。皆さん、「放射能が怖くて、南相馬には帰れない」と言っていました。

南相馬市の大半の地域は屋内退避も解除されているのですが、小学校の校庭でポンと線量計を置いたら1マイクロシーベルトぐらいありました。校庭は、校舎というデカい屋根で受けた雨が流れ込んでくるし、コンクリートと違ってどんどん吸収してしまうのでものすごく線量が高い。

山形県寒河江市に避難している南相馬の小学校の少年野球の監督さんは、「よそ様の子どもにそんなところで野球しろとは、とても言えない」と言っていました。監督の息子さん2人は野球進学が決まっていたのですが、「放射能のかたまりみたいなグラウンドでヘッドスライディングなんてできない」と、山形に残って野球を続けるようです。

飯舘村の村立小学校のPTA会報誌を見せてもらったら、その小学校の子どもたちの転校先の小学校がリストアップされているのですが、全部で20都道府県ありました。これって、ディアスポラ、難民ですよね。国土の一部が、放射能であれ、軍隊であれ、何ものかによって占領され、職場や家、学校から追われる人が大量に発生する。避難というよりも難民です。

震災の影響を加味すれば、東北地方の人口は2050年時点で現在の5割前後まで減ってしまうかもしれません。東北、少なくとも福島からは立ち去りたいと浮き足だっている人も多いですから。

西村 

被災された方々の気持ちに沿って、住宅や生活の再建を考えていくことも大切ですが、マクロの問題としては、これだけの人口減を復興策に反映させていくことも考えなければいけない課題だと思います。

戦前の論理、戦後の論理

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5月 112012

 現在、日本が戦争に負けてから70年近い歳月が経過している。

そして、時の経過と共にほとんどの日本人は、米国という戦争に勝った国がつくった「戦後の論理」しか知らなくなってしまった。そして、それすら、風化し始めている様相を示している昨今である。



 たとえば、日本国憲法第九条を守る、平和憲法を守るという善意の人々が半世紀にわたって熱心に、ここ日本で活動を続けている。彼らは戦後、米国がつくった論理によって誘導され、動かされてきたことさえ、おそらく、一度も意識したことさえない人々が現在では、ほとんどではないだろうか。

「どうして、独立国、日本にいまだにこれだけの米軍基地があるのか。特に沖縄に米軍基地が集中しているのか。」平和憲法を守る人々は、都合良くそのことを忘れて自身の理想主義に酔っているように見えないでもない。もっと意地の悪い見方をするなら、愛すべき、人の良い日本人らしい特性を備える彼らは、戦後、米国が作り出した言語空間の中ですっかり洗脳されてしまったある意味、犠牲者と言う見方さえできるかもしれない。



 そうは言っても冷戦が終了し、米国が日本に押しつけた「戦後の論理」の幻想が、米国の国力の低下と共に、いたるところで綻び始めている。そんな時代だからこそ、我々は「戦前の論理:先の大戦に敗北した日本の論理」をもう一度、振り返って冷静に考えてみる必要があるのではないだろうか。

日本には「喧嘩両成敗」という言葉がある。戦争に負けた国にも言い分、大義は当然ある、それがなければ、目的のない戦争を日本は遂行したことになってしまう。戦後、私たちは、注意深く意図的にそれらから遠ざけられ、考えないで済むようにされてきたし、自分たちもそのことになるべく触れないように努めてきた。

「戦前の日本の論理(きちんとそれが構築されていたかは別にして)」、「米国が日本に押しつけた戦後の論理」、この二つを、もう一度、客観的に見直し、考え直すことによってしか、二十一世紀の新しい時代の日本をつくっていくことはできないのではないか。

戦争に負けて残された人々もその中でどんなに苦しくても同じように生き続けていかなければならなかったこともたしかである。当然、いろいろな妥協、自己保身も歴史の現実のなかにはあるだろう。

しかしながらやはり、勝者が東京裁判のような勝者の論理で無理矢理、歴史の連続性を日本人の意識から奪ってしまった事実を、我々日本人は、「二十世紀の欧米人」は少々傲慢過ぎたと考えるべき時期を迎えているのではないのか。

 

 今回は、そういったことを考えるための本を紹介したい。

「日米開戦の真実 大川周明著 米英東亜侵略史を読み解く」(佐藤優・著・小学館・2006年)と参考資料としての「日本の失敗~「第二の開国」と「大東亜戦争」~」松本健一著である。



 まず、一冊目の目次と一部要約から読んでいただきたい。

<目 次>

第1部米国東亜侵略史(大川周明)

第2部「国民は騙されていた」という虚構(佐藤優)

第3部英国東亜侵略史(大川周明)

第4部 21世紀日本への遺産(佐藤優)

第二部「国民は騙されていた」という虚構について 

 

 日本国民は何について誰に騙されていたというのであろうか。「客観的に見れば国力の違いからアメリカと戦っても日本は絶対に勝つはずがないのに、アジア支配という誇大妄想を抱いた政府、軍部に国民は騙されて戦争に突入した」という見方が現在では、ほぼ常識になっているが、これは戦後作られた物語であると佐藤氏はこの本で述べている。

さて、第二部ではまず、第一章 大川周明が東京裁判をどのように見ており、占領軍がいかに大川を危険視していたか、第二章 アメリカによる日本人洗脳工作がどのように進められたか、第三章 アメリカの対日戦略を分析するに大川周明の「米英東亜侵略史」を見直す必要があるとなっている。



 東京裁判について 

 佐藤氏はまず大川周明が戦争突入時の首相であった東条英機らと「平和に対する罪」ということでA級戦犯として日本占領軍から起訴された法廷での奇異な行動について解説している。それによると、たしかに大川について本当に精神錯乱状態に陥ったのか、それともそれを装ったのかいろいろと議論の余地はあるが、極東軍事裁判で起訴され、収監された人たちの証言から佐藤氏は、大川は一時的にも精神や体に変調をきたしたのではないかと結論づけている 大川は裁判の対象からはずされ、病院を転々として治療を受けた。物事の善悪が判断できる状態になれば公判にもどすのが通例であるが、半年にわたる精神鑑定の結果、大川の精神状態は正常ということになったが、軍事法廷は大川周明を裁判から除外した、そして彼は松沢病院から1948末に自宅に戻った。大川が法廷で裁かれなかった理由として次のように解説している。

 大川は腹の底から法廷をバカにしており、戦勝国の裁判官による「公平な裁判」などというのは作り話で、暴力を背景にした軍事裁判を批判するためには、法廷を悲喜劇の劇場にする方が、効果があると考えていたのが大川だった。だから彼を、裁判からを除外した方が東京裁判の権威が保てると占領軍が考えたというものだ。

 論理の言葉でアメリカ、イギリス、ソ連などの嘘が崩されることを占領軍が恐れたのかもしれない。

 

アメリカによる日本人洗脳工作について 

 日本国民が開戦当時の政府・軍閥に騙されて勝つ見込みのない戦争に追いやられたというのは戦後のアメリカによる洗脳工作によって、戦後になってから、作られた神話であるという。そしてこの神話が作られる過程で、中国を含むアジア諸国を欧米の植民地支配から開放するという日本人がもっていた大義は、日本の支配欲を隠す嘘だという“物語”が押しつけられ、その呪縛から未だに私たちは逃れられずにいる。

また、日本は当時抑圧されていたアジア諸民族の解放、そしてアジアを植民地にしなくては生きていけないという道徳的に悲惨な状況に置かれた欧米人を解放することを考えていたのであると佐藤氏はいう。さらにアジア、ヨーロッパがそれぞれの文化を基礎に、かなりの程度完結した世界を作り、棲み分けていこうというのが大東亜共栄圏の基本的な考え方だったと大川の多元主義の立場を説明している。

戦後アメリカが対日占領政策で巧みに取り入れたのがイギリスの手法である。イギリスは占領地域を徹底的に打ちのめすことをせずに、余力と名誉を保持し、イギリスの世界支配システムに組み込んだという手法である。アメリカが効果を挙げたのは、GHQの指導で行われた「真相箱」という工作である。「真相箱」では、悪いのは軍閥、その中でも陸軍、その親玉が東条英機首相という構成になっており、東条が日本国民を騙した大悪党であると断罪すると連合国側が主張する。

 

大川のアメリカ対日戦略分析について 

 戦後アメリカによって「教育」された内容を棚にあげて、「米英東亜侵略史」をテキストとして大川が主張する日米開戦の論理を明らかにしている。

彼は日米戦争開戦の16年前に出版した著作『亜細亜・欧羅巴・日本』の中で戦争の不可避性を述べている。世界には複数の世界がお互いに切磋琢磨するのが世界史であり、具体的には東洋という世界と西洋という世界が競争し、その過程で戦争は不可欠であるとの認識を示している。



それではアメリカの対日戦略はどうだったのか。アメリカが提唱した中国の門戸開放とは、植民地の分配に自国を参加させよということである。仮に中国が列強によって分割されることになれば、アメリカの取り分が少なくなるから、領土保全の方が都合のよい利権構造を維持できるという計算からの意思表示に過ぎない。日本はアメリカのこの意図に永い間気づかなかったという。

アメリカの満鉄買収政策はきわめて大規模な計画の一部であったという。その計画とは、満鉄を手に入れ、ロシアの疲弊に乗じて東支鉄道を買収し、こうしてシベリア鉄道を経てヨーロッパに至る交通路を支配し、鉄道の終点大連、浦塩から太平洋を汽船でアメリカの西海岸と結び、大陸横断鉄道で東海岸に至り、東海岸から船で大西洋をヨーロッパと結ぶ交通系統、すなわち世界一周船・車連絡路をアメリカの手に握る第一歩として満鉄を日本から買収しようと計画したと大川は『米英東亜侵略史』で述べている。

当然、アメリカの満鉄買収計画を粉砕した日本に対し、日本がアメリカの太平洋制覇と中国進出を妨げる主な障害と考えるようになってくる。この後アメリカで反日感情が高まり、日系人のカリフォルニア州内の土地所有禁止、移民法の改正と発展する。

 一方、アメリカの国益のためには海軍力の増強が必要で、フィリッピンやガム島に海軍基地を建設し、欧米列強と軍事的に対峙する力のあるアジア唯一の国、日本と軋轢をもたらすことは必然的だったと大川は考えていた。しかし、欧米列強の植民地にならなかった日本は、中国を含むアジアの諸民族を植民地支配のくびきから解放しようと真剣に考えて行動したが、後発帝国主義国である日本は基礎体力をつけるため、期間を限定して、アジア諸国を日本の植民地にすることはやむを得ないと考えた。ここに大川の限界が見られ、日本人の民族的自己欺瞞が忍び込む隙ができてしまったと佐藤氏はいう。



 ところで、大川周明氏といえば、東京裁判のA級戦犯の一人であり、法廷で東条英機の禿頭を後ろからパシッと叩いたことで有名である。ドキュメンタリー番組で見た人も大勢おられるのではないか。結局、彼は精神病扱いされ、法廷を離れて入院。その後コーランを全巻和訳するなどの仕事をした。この本の副題に『大川周明著米英東亜侵略史を読み解く』にあるように、太平洋戦争開戦直後、大川周明氏はNHKラジオで、連続講演を行った。米英となぜ開戦にいたったかを冷静に分析して、国民に納得させるためのものである。それが本としてまとめられたのが、「米英東亜侵略史」である。佐藤優氏は、これをアメリカ編、イギリス編と分けて全文を紹介し、本書で解説している。

 よく歴史や政治を解析するためには、現代日本では死語になっている「地政学」をよく理解しないといけないということが言われる。

 現在に通じるアメリカの本質について、大川周明は「アメリカの二重外交:ダブルスタンダード」と鋭く見抜いていた。

 米国の変質がはっきりと表に見えたのは第1次世界大戦であった。「戦争はアメリカの自尊心が許さない」と孤立主義を対外的には標榜していたが、連合国側の勝利が確定するや、「自らの利権拡大」のために大きく国家方針を変えていった。「自由」「独立」を標榜するアメリカが、帝国主義国家の顔を剥きだしにしてきたのである。



 一方日本においても、明治維新時以降、1920年代の普通選挙制度、腐敗政党と、財閥の利権の拡大と政治経済の腐敗も目に付き始めた。大川周明は、そんな日本国の「国家改造」を企てた男でもあった。(「猶存社」の三尊と呼ばれた北 一輝、満川亀太郎は大川と違い日米非戦論であったことも興味深い。彼らには大川にはない政治的戦略思考能力があった。その意味で大川周明は政治的人間ではない。)



*猶存社(ゆうぞんしゃ)

 老壮会の急進的右派思想家の満川亀太郎を中心に、191981日に結成された国家主義運動の結社。社名は『唐詩選』の巻頭にある魏徴の詩「述懐」にある「縦横計不就 慷慨志猶存」にちなむ。

19207月には、機関誌『雄叫び』を発行。皇太子裕仁親王の渡欧阻止や宮中某重大事件で活動し、安田善次郎・原敬らの暗殺事件にも思想的な影響を与えたといわれている。中心スローガンは「日本帝国の改造」と「アジア民族の解放」であった。

また同人による学生運動の指導により、日の会(東京帝国大学)・猶興学会(京都帝国大学)・東光会(第五高等学校)・光の会(慶應義塾大学)・烽の会(札幌農学校)・潮の会(早稲田大学)・魂の会(拓殖大学)などの団体が生まれた。

天皇観の相違やヨッフェ来日問題をめぐって、北と大川・満川との対立が激しくなり、19233月に猶存社自体は解散・分裂した。

その後、1925年に大川は、満川、安岡正篤らと行地社を結成した。一方、北の影響を受けた清水行之助は大行社、岩田富美夫は大化会を結成している。



 もともと、米国には、国内発展を優先させる有名な「モンロー主義」があり、自国の裏庭である南北アメリカ大陸諸国への干渉や働きかけを排除するかわりに、他国のことにも不干渉を原則としていた。

ところが、国内利益を確立した第1次大戦が終結した時期から、覇者の英国に成り代わろうという戦略行動を露骨にとってきた。

「アメリカは本音(帝国主義)と建前(道義)を使い分ける二重構造(ダブルスタンダード)は、道義国家である日本には受け入れられないと大川は考えた。」P135)

 民族自決を標榜したウィルソン大統領の提唱で国際連盟は発足したが、当のアメリカ自身は加盟しなかった。

 国際連盟は、日本が提唱したアジアやアフリカでの人種差別の禁止要項はにべなく拒絶したことも日本人は忘れてはならない。

結局、アメリカは国際連盟には加盟せず、しかし、その権能は利用し、満州国の調査を行い、日本による満州国独立を国際連盟には承認させなかった。日本はその結果を不服として1933年に国際連盟を脱退することになる。

 大川周明は「アメリカという病理現象を治癒することが日本の使命である」とまで言明している。



 佐藤優氏はこう解説している。

「筆者は見るところ、大川周明は軍事行動で日本がアメリカやイギリスに勝利することは不可能と考えていた。

 むしろ戦争を契機に日本国家、日本人が復古的改革の精神で団結し。アジアの同胞から信頼され、新たな世界をつくる世界システムを作る端緒を掴めば、そのときに軍事力以外の力でアメリカ、イギリスとの折り合いをつつけることができる可能性があるという認識をもっていたのではないかと思われる。」(P139)

 「国際問題を論ずる識者は、理念先行の非現実的平和主義者と、国家の軍事力や経済力だけに目を奪われ、道義性を冷笑する力の論理の信仰者の陣営に分かれがちであるが、大川はそのどちらにも属さない。 道義性とリアリズムを大川なりの方法で統合しようとしているのである。」(P140)

 

「大川の限界は米英東亜侵略史の後半部分で明らかになる。近代化において欧米列強の植民地にならなかった日本は、中国を含むアジアの諸民族国を植民地のくびから解放しようと真摯に考え、行動した。

 しかし、後発帝国主義国である日本は基礎体力をつけなくてはいけない。そのために、期間を限定して、アジア諸国を日本の植民地にすることは止むを得ないと考えた。

ここに日本人の民族的自己欺瞞は忍び込む隙ができてしまった。

 あなたを痛みから解放するために、あなたに一時的に痛みを加えますというのは外科手術が前提としている論理であるが、これを国際政治に適用した場合、痛みを追加的に加えられた民族にその理由は理解されないのである。」



「イギリスのような老獪な帝国主義国は、植民地住民の人権などははじめから考えておらず、また植民地は帝国を維持するために不可欠と考えていた。

 そのために植民地住民に対する圧迫をほどほどにしていた。相手にどの程度の痛みがあれば、どの程度の反発があるかということを冷徹に計算していたのである。

 植民地支配の打破を真剣に考えていたからこそ、日本はアジア諸国に痛みを与えていることに気がつかなかった。ここに大川のみならず。高山岩男や田邉元といった京都学派の優れた思想家が落ちていった罠があったのだ。」(P141)

 また歴史において「もっとも競争に強い国は自由貿易を相手国に強要する」「19世紀のイギリスが提唱した自由主義。21世紀のアメリカが提唱している新自由主義(小さな政府)なども同じ考え方であろう。

 

大川周明は多元主義者

「社会主義革命はヨーロッパの精神的伝統から生まれた改革であるため、精神的伝統を異にする日本を含むアジアでは改革は自国の伝統を回復し、自国の善によって、自国の悪を克服することによってのみ可能だという信念をもつ大川は、社会主義をアジアの適用することに関しては批判的なのである。」(P237)

 また佐藤優氏は、左翼イデオロギー(大ブント構想など)哲学者の広松渉氏の主張にも注目している。

「東亜共栄圏の思想は、かつては右翼の専売特許であった。日本の帝国主義はそのままにして、欧米との対立のみが強調され、今では歴史の舞台が大きく回転している。

 日中を軸とした東亜の新秩序を!それを前提とした世界の新秩序を!これが今では日本資本主義そのものの抜本的統御が必要である。が、しかし官僚主義的な圧制と腐敗をと硬直化を防げねばならない。

 だがポスト資本主義の21世紀の世界は、国民主権のもとに、この呪縛の輪から脱出しなければならない。」(P250)

 

「EUは中世から培われたユダヤ・キリスト教の一神教。ギリシャ古典哲学。ローマ法の三原理が一体となった「コルプス・クリスチアヌム」(キリスト教世界)という共通の土台があってはじめて出来たものだ。

 ローマ法を欠くロシアはEUの共通意識をもてないのである。

「コルプス・クリスチアヌム」に争闘する共通意識は東アジアには見当たらない。しいて言えば、新旧漢字文化圏というのであろうが、それは中華帝国に日本が吸収されることを意味するので、日本の国益に合致しないと考える。

 かつて日本は、大東亜共栄圏という形で人為的に、共通意識の理念型を東アジアで構築することを試みたが、失敗した。この教訓からも学ばなくてはならない。

 佐藤氏の理解では、地域共同体には「共通意識の理念型」の要因と。「力の均衡の論理」の双方の要因が内在しているが、「共同意識の理念型」に軸足を置かない共同体構想は不安定だ。」(P256)



 大川周明は「大和心によって、支那精神とインド精神を統合したのが東洋魂である」と言ってはいるが・・・・。

  佐藤優氏は、現在の日本もおかれている厳しい現実を国民各位が凝視することから始まらないといけないとも述べている。

「太平洋を挟んでアメリカという帝国を隣国にしてしまった運命を日本人は受け入れなければならない。その現実、あるいは制約の中で外交を展開することが日本の国益に適う」と佐藤氏は考える。

「対中牽制を睨んで日本の外交戦略を「力の均衡の論理」に基づいて組み立てなおすことが急務だ。

 具体的には、日米同盟の基礎の上で日本がインド、ロシア、モンゴル、台湾、ASEANと提携し、中国を国際社会の「ゲームのルール」に従わせ、日本の国益の増進を図るための連立方程式を組むことだ。

 そこで切磋琢磨しているうちに、自ずから、共通認識の理念型が生成してくるかもしれない。しかし、それにはまだまだ時間がかかる。われわれには必要なのは、アメリカという超巨大大帝国と中国という急速に国力を強化しつつある国家の間にある地政学的運命を冷静に受け止め、日本国家と日本人が生き残っていく方策を真剣に模索することだ。」(P258)



大川周明はユニークな思想家

「大川の人間観が性善説、性悪説のいずれにも立脚せずに、無記の立場から突き放して人間を観察していることに基づく。」

「大川は、民主主義であれ、共産主義であれ、思想の背景にはそれを生み出した伝統と文化があるので、それを無視して日本や中国に輸入することは不可能と考えていた。

  北一輝を含む多くの日本の国家主義者が孫文の国民革命に感情を揺さぶられたのに対し、大川周明は距離を置いた姿勢を示す。大川は孫文の三民主義の基礎となる民主主義(デモクラッシー)自体が欧米的原理であって、アジア解放の手段にならないと考えていた。

 ちなみに共産主義も大川にとってはロシア的原理なので共産主義がアジアを解放することはできないと考えている。」(P274)



本書における佐藤優氏の「大川周明」を参考書とした結論は

現在、流行の新自由主義やグローバリゼーションには歩止まりがある。

どうやって日本の国家体制を強化するかがわれわれに残された現実的シナリオだ。

 国家体制の強化は、大川周明が言うように、日本の伝統に立ち帰り、「自国の善をもって自国の悪を討つこと」によって可能になる。そして自信をもって自国の国益を毅然と主張できる国に今なることだ。

 自らの主張に自信を持っている国家や民族は、他国や他民族の価値を認め、寛容になれる。日本はアメリカの普遍主義(新自由主義や一極主義外交)に同化するのでもなければ、「東アジア」の共通意識を人為的に作るという不毛なゲームに熱中する必要もない。 

佐藤氏の解説にはいろいろご意見があるだろうが、大川周明氏を東条英樹の禿頭を東京裁判で殴った男という記憶で終わらせるのはあまりにも歴史について不遜であろう。

大川 周明(おおかわ しゅうめい、1886年12月6日 – 1957年12月24日)

日本の思想家。 1918年、東亜経済調査局・満鉄調査部に勤務し、1920年、拓殖大学教授を兼任する。1926年、「特許植民会社制度研究」で法学博士の学位を受け、1938年、法政大学教授大陸部(専門部)部長となる。その思想は、近代日本の西洋化に対決し、精神面では日本主義、内政面では社会主義もしくは統制経済、外交面ではアジア主義を唱道した。晩年、コーラン全文を翻訳するなどイスラーム研究でも知られる

*参考資料として 「日本の失敗~「第二の開国」と「大東亜戦争」~」松本健一著の松岡正剛氏の解説以下。

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1092.html

放射能ハンター

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5月 082012

 以前のレポートでしっかり勉強もしないで、いわゆる日本社会の「空気」を鵜呑みにしていた自分を反省して下記のような文章を書いたことがある。 以下。

「振り返ってみれば、この事故が起こるまでは、電力会社からもマスコミからも、日本の技術は優秀だから原子力発電所は絶対に安全だというメッセージしか、私のような一般人には伝わらないようにされてきたような気がする。それはもちろん、「原子力村」とも言われる利益共同体の大きな意志、意図が働いてそうなったのだろう。

 私自身もエネルギー技術関連の知人がいて今までにいろいろなことを教えてくれたにもかかわらず、たとえば、「現在の原子炉の耐用年数は20年位しかない。」「日本の原子炉の設計の大半はGEで、本当に大切な技術は日本に公開されていない、つまり、ブラックボックスになっているので、大きな事故があったら、日本だけでは対応できないだろう。」

「人間がつくったもので、壊れないものがあるはずないだろう。」

とにかく、いろいろなことを言われたが、原発について真剣に考えることもなく日々を過ごしてきたというのが本当のところだ。

 

そう言えば、小学生の頃、東海村の原子力のPRフイルムを見せられた記憶がある。人類の輝かしい未来を切り開く新エネルギー:原子力の研究が私たちの日本でも行われているという原子力という技術によるバラ色の未来を宣伝するものだった。私の記憶に今でも生々しいのは、放射線を照射して突然変異の研究をしているというものだった。

 しかしながら、311以後、多くの方が、気がつき始めているが、現在の原子力技術は我々にバラ色の未来を約束するものではどうもなさそうだ。

また、今回の事故に対する政府、東電、マスコミの対応は、あまりにも不誠実であった。

 子供のことを心配するお母さん方や、わたしのような素人が原子力や放射線の本を読まなければならない時代を誰が想像しただろうか。」 (引用終わり)

*今回は大変興味深いドイツの番組を見つけたのでご紹介させていただく。 是非、ご覧いただいてご自分の頭で考えていただきたい。

ドイツ ZDF 「放射能ハンター」

文部科学省 放射線等に関する副読本の問題点

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5月 052012

本当に参考になる副読本があったので、ご紹介する。以下。

https://www.ad.ipc.fukushima-u.ac.jp/~a067/FGF/FukushimaUniv_RadiationText_PDF.pdf

(*福島大学 放射線副読本研究会  放射線と被ばくの問題を考えるための副読本~“減思力げんしりょく”を防ぎ,判断力・批判力を育はぐくむために)



文部科学省の副読本に対する問題点を指摘する良い文章があったので、紹介させていただく。

副読本は小学生用の「放射線について考えてみよう」をはじめ、中学生用と高校生用の三種類。それぞれA4判十八~二十二ページで、教員向けの「解説編」もある。放射線の専門家や現職教員らでつくる「作成委員会」が七月から五回にわたる会議でまとめた。

 十月十四日から文部科学省がホームページで公開しており、十一月上旬に全国の学校に一部ずつ約八万部を配布。

 副読本をめぐっては昨年二月、文科省と経済産業省が原子力に関する小中学生向けの冊子を発行したものの、福島原発事故が発生。「原発は放射性物質がもれないようしっかり守られている」などの不適切な記述に批判が集まっていた。今回はその“改訂版”だ。

 まず、三種類のどれにも原発事故はおろか原発自体の写真が一枚も掲載されていないのだ。 福島原発事故についての記述は、小学生用で「放射線を出すものが発電所の外に出てしまいました」、中高校生用で「放射性物質(ヨウ素、セシウムなど)が大気中や海中に放出されました」と「はじめに」のページに記載されているだけである。

 代わりに自然界の放射線や、医療、学術研究分野などでの放射線の活用事例が紙幅を割いて丁寧に説明されている。

 「私たちは今も昔も放射線がある中で暮らしています」(小学生用)

 「イランのラムサールやインドのケララ、チェンナイ(旧マドラス)といった地域では、世界平均の倍以上の放射線が大地から出ています」(中学生用)

 産業界での活用例とあわせ、放射線が身近な存在であることを強調している。一方で原爆や原発事故の影響を過小評価しているのも特徴だ。

 

小学生用の「放射線を受けると、どうなるの?」の項目には「たくさんの放射線を受けてやけどを負うなどの事故が起きています」「広島と長崎に原爆が落とされ、多くの方々が放射線の影響を受けています」とある。原爆はもとより一九九九年の東海村JCO臨界事故でも被ばくによる死者が出たにもかかわらず、そうした紹介はない。

 放射性物質の半減期についても、図付きの例は「一カ月後に放射性物質の個数が半分になる例」。除染の焦点となっている半減期が半永久的に長い核種には触れない。

 「事故が起こったときの心構え」のページにはこんな文章もある。

 「時間がたてば放射性物質は地面に落ちるなどして、空気中に含まれる量が少なくなっていき、(中略)マスクをしなくてもよくなります」

 さらに、放射線による健康被害を過小評価する意図がちらつく。

 例えば、小学生用では「一度に一〇〇ミリシーベルト以下の放射線を人体が受けた場合、放射線だけを原因としてがんなどの病気になったという明確な証拠はない」と記述。「がんなどはいろいろな原因が重なって起こることもあるため、放射線を受ける量はできるだけ少なくすることが大切」と付記するにとどめている。

 外部被ばくの放射線量の数値も自然放射線に限定。核分裂反応による人工放射線の恐ろしさは一向に伝わってこない。

 違和感を強く覚えるのは中学、高校生用に載っている以下の説明だ。

 「一〇〇ミリシーベルトを千人が受けたとすると、五人ががんで亡くなる」という国際放射線防護委員会(ICRP)の試算を基に「がんで亡くなる日本人は千人のうち三百人なので、一〇〇ミリシーベルトを受けると、がんで亡くなる人は三百五人になる」。

 九州大の長山淳哉准教授(環境分子疫学)は「三百人はさまざまな要因でがんを発症する『避けられない死者』。後段の五人はもともと死ななくてもよい人たち。一緒には論じられない。『五人はがん死することを受容せよ』と言っているようなもの」と批判する。

 「そもそもICRPの試算自体が甘いという学説もあり、両論併記の姿勢が必要ではないか」

 とどめは高校用最終ページにあるコラムだ。

 「人がベネフィット(便益)を得るために何かを利用しようとする限り、いくらかのリスク(危険)は避けられない」 具体的には触れられていないが、明らかに原発事故を示唆している。

 ちなみに、この副読本の「作成委員会」はどんな顔ぶれなのか。

 

作成委員は全部で十三人。監修として、独立行政法人・放射線医学総合研究所、社団法人日本医学放射線学会、日本放射線安全管理学会、日本放射線影響学会が並ぶ。

 委員長を務める大学の名誉教授は文科省が設置した「放射線量等分布マップの作成等に係る検討会」のメンバー。今年二月まで、国の放射線審議会会長を務めていた。

 同審議会からはほかに委員が二人、基本部会の専門委員が二人。同審議会には過去、福島第一原発の副所長もメンバーに名を連ねていた。

 委員には事故後、「多大な人員と費用をかけて(一般人の被ばく線量を)年一ミリシーベルト以下にすることは無駄な努力」と述べたり、新聞の取材に「年間一〇〇ミリシーベルトを超えない量では健康被害はまずないといってよい」と発言してきた人物もいる。

 文科省の担当者は「事故の事実関係がまだ整理し切れていないので、まずは放射線について学んでもらえれば、と。必要があれば、改訂することもある」と説明する。

 今回の副読本について、京都大原子炉実験所の小出裕章助教は「事故の被害が広がっている今だからこそ、どんな危険性があるのかをきっちり教えるべきだ」と語る。

 「それでもほおかむりしているのは、原発を再稼働させたいがためだ。この副読本は、放射線の影響を小さく見せる目くらましにすぎない」

<副読本全体としての問題点>

①:今、なぜ放射線についての知識がこどもたちに必要なのか、という問題意識が希薄、というより、ほとんど欠落している。

この副読本では、放射線の効用やメリットについては非常に細かいことまで書いてあるのに、放射線の危険性や悪影響についてはほとんど書いていない。例えば、電離作用の説明には工業での利用が書いてあっても、DNAを傷つけることが書いてない。ほとんどの高校生は理科で分子の結合についてや、遺伝について学習するにもかかわらず、これでは放射線が生物に影響する基本を理解することができない。まるで、本当のことを教えることを避けているかのようである。

 今、福島原発事故によってまき散らされた膨大な放射性物質にさらされて生活しているこどもたちに必要なのは、放射線のメリットに関する知識ではないはずだ。

 今何故この時期に放射線に関わる教育が必要なのかという、具体的な問題意識と現実の状況を明確に教材の内容に反映するべきである。従来の原子力開発推進のための教材と何ら変わるところのない内容に多くのページが割かれているということは、文部科学省として、従来の原子力政策・教育に対する反省が十分になされていないことの証だ。

②:日常的な原子力施設周辺の放射線モニタリングのことを今知ってみても、ほとんど役にはたたない。(p.17)これも、単に安心安全を宣伝するためなのだろうが、この内容は3.11.の事故以前に、原子力推進のために文科省が制作した副教材とまったく変わっていない。

 問題は、そうしたモニタリングやシミュレーションのデータが、福島原発事故時に避難すべき住民たちに知らされなかったということである。この問題の反省について一言も言及がない。この反省なしには、どのようなシステムがつくられていても無意味だ。

③:今回の福島原発事故に際して、どれくらいの放射性物質がまき散らされ、どんなところが濃度が高いのか、それによって環境や生き物・人間たちにどんな影響があるのか、どの様に行動すればよいのか、いちばん知りたい具体的なことが書かれていない。

高校生用であるならば、少なくともヨウ素・セシウム・ストロンチウムなど、大量に飛散した放射性物質について、きちんとした説明があるべきだ。

④:放射線に対してこどもたちのほうが影響を受けやすいこともきちんと書かれていない。大人もこどもも同じように、一般的なガンにかかる確率的なことのみ書かれている。こどもたちが放射線を出来るだけ避けて暮らしていくにはどうしたらよいか、こどもたちの目線に立って必要なことが書かれていない。現在の非常事態の緊急性が全く感じられない。

⑤:放射線被ばくの先例としては、チェルノブイリ原子力発電所事故が筆頭にあげられるはずだが、その事故への言及は一言もない。

 ベラルーシやウクライナの現状について、汚染の状況、食品の被ばくのこと、被ばくを避けるための現地の人々の工夫・自治体の取り組み・NPOの活躍など、有用な情報は豊富にある。現在の福島の被災地にとっても、また、放射線と向き合って今後数十年と暮らさねばならない東日本の人々にとって、そうした情報こそが必要な情報になるはずだ。

⑥:被曝の影響については、国際放射線防護委員会ICRPの判断だけが正しいように取り扱われているが、ICRPはいくつかある提言機関の一つに過ぎない。ICRPへの批判も存在するし、ICRPの勧告より厳しい基準を勧告している団体も存在する。

 また、放射線の影響は発ガンだけではない。ガン以外の病気について、いろいろな調査結果が公表されている。ICRPの判断だけを取り上げ、放射線の影響は発ガンだけのように取り扱うことには問題がある。

 ちなみに、Wikipedia のICRPに関する記述には、次のような部分があります。

・・・・(ICRPが1950年に)再構築された際に、放射線医学、放射線遺伝学の専門家以外に原子力関係の専門家も委員に加わるようになり、ある限度の放射線被曝を正当化しようとする勢力の介入によって委員会の性格は変質していったとの指摘がある[※]。

ICRPに改組されてから、核実験や原子力利用を遂行するにあたり、一般人に対する基準が設けられ、1954年には暫定線量限度、1958年には線量限度が勧告で出され、許容線量でないことは強調されたが、一般人に対する基準が新たに設定されたことに対して、アルベルト・シュバイツァーは、誰が彼らに許容することを許したのか、と憤ったという。

注※市川定夫氏(「環境学」:遺伝子破壊から地球規模の環境破壊までー第2版 藤原書店、1994)によると、ICRPに組織変換してから原子力関係の専門家が委員に加わるようになり、性格が大きく変わり、原子力産業が成り立つ範囲に線量限度を据え置き、基準運用の原則を後退させ、規制の低減が見送られるようになったという。 

⑦:これまで文部科学省が制作してきた副教材などには、国策として推進されてきた原子力開発に対し、ほとんど根拠を示すことなく安心安全をこどもたちに教え込む(刷り込む)ような内容が扱われていた。文部科学省にあっては、まず、そうした従来の方針に関して、どのような問題点があったのか、きちんと検証し、改めるべき点を明確に打ち出してから、副読本などの制作に当たるべきだ。

5月 032012

<読売海外版>

573 deaths ‘related to nuclear crisis

The Yomiuri Shimbun

A total of 573 deaths have been certified as “disaster-related” by 13 municipalities affected by the crisis at the crippled Fukushima No. 1 nuclear power plant, according to a Yomiuri Shimbun survey.

This number could rise because certification for 29 people remains pending while further checks are conducted.

The 13 municipalities are three cities–Minami-Soma, Tamura and Iwaki–eight towns and villages in Futaba County–Namie, Futaba, Okuma, Tomioka, Naraha, Hirono, Katsurao and Kawauchi–and Kawamata and Iitate, all in Fukushima Prefecture.

These municipalities are in the no-entry, emergency evacuation preparation or expanded evacuation zones around the nuclear plant, which suffered meltdowns soon after the March 11 disaster.

A disaster-related death certificate is issued when a death is not directly caused by a tragedy, but by fatigue or the aggravation of a chronic disease due to the disaster. If a municipality certifies the cause of death is directly associated to a disaster, a condolence grant is paid to the victim’s family. If the person was a breadwinner, 5 million yen is paid.

Applications for certification have been filed for 748 people, and 634 of them have been cleared to undergo screening.

Of the 634, 573 deaths were certified as disaster-related, 28 applications were rejected, four cases had to reapply because of flawed paperwork, and 29 remain pending.

In Minami-Soma, a screening panel of doctors, lawyers and other experts examined 251 applications and approved 234 of them. The panel judged two deaths were not eligible for certification and 15 were put on hold.

“During our examination of the applications, we gave emphasis to the conditions at evacuation sites and how they spent their days before they died,” a city government official said. “However, the screening process was difficult in cases when people had stayed in evacuation facilities for an extended time and when there was little evidence of where they had been taking shelter.”

(Feb. 5, 2012)

http://www.yomiuri.co.jp/dy/national/T120204003191.htm

<翻訳>

「核危機に関連し 573人が死亡」

(読売新聞)

573人死亡の合計は、読売新聞の調査によると、不自由福島第1原子力発電所危機の影響を受け13市町村による “災害関連”として認定されている。

さらにチェックが行われている間に29人の認定が保留のままであるため、この数は上昇する可能性がある。

南相馬、田村、いわき – - 双葉郡の8つの町や村 – 浪江、双葉、大熊、富岡、広野、楢葉、葛尾と川内 – と川俣と飯舘、すべての13市町村の3つの都市である。

これらの自治体は3月11日災害後すぐにメルトダウンを受けた原子力発電所、緊急避難の準備または拡張避難ゾーンにある。

死が直接悲劇によってではなく、疲労や災害に起因する慢性疾患の悪化によって引き起こされていないとき災害に関連した死亡証明書が発行される。自治体は、死の原因が直接原子力発電所災害に関連付けられていると証明した場合、弔慰助成金は被害者の家族に支払われる。死亡者が稼ぎ手であった場合、5百万円が支払われる。

認定の申請は、748人に提出されている、それらのうち634人は、審査を受けるように分類されている。

 634人の、573人が死亡、28症例が不認定にされた、災害関連として認定され、4例は、理由不備のある書類の再審査しなければならなかった、と29件は保留のままになっている。

南相馬では、医者、弁護士その他の専門家の審査会は、251件のアプリケーションを調べ、それらの234件を承認した。2つの死が認定の対象ではなかったと判断し、15件が保留にされた。

申請者の我々の調査の間に、我々は避難所での条件に重点を与え、彼らが死ぬ前にどのように日々を過ごした方法については、市政府の役人は”人々が長時間避難施設に滞在していた、彼らは避難していた場所の​​少し証拠があったとき、ただし、審査プロセスは、実際には非常に困難であった。”と言明している。 (*英文で読んでいただいた方が正確です。)

<読売日本坂>

災害関連死、573人認定…福島の13市町村

 東京電力福島第一原発事故で、政府から避難などを指示された福島県の13市町村で昨年、計573人の災害関連死が認定されたことが、各自治体への取材でわかった。

 避難が複数箇所に及んだり、長期化したりした結果、審査が難航するケースも目立つという。審査入りした634人のうち、29人は再調査が必要として認定が保留されている。

 13市町村は、警戒区域や緊急時避難準備区域(昨年9月末に解除)、計画的避難区域に指定されるなどした南相馬、田村、いわきの3市と、双葉郡8町村(浪江、双葉、大熊、富岡、楢葉、広野町、葛尾、川内村)、川俣町、飯舘村。計748人の認定申請があり、634人が審査を受けた。このうち573人が認定された。不認定は28人。4人は書類不備で再申請を求められ、29人は保留とされた。

(2012年2月4日03時00分  読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866921/news/20120203-OYT1T01229.htm

海外版でははっきりと「nuclear crisis’(核災害)」と書き、日本版では「災害」のみ、「核」を消し「震災災害」のように読者をミスリードしている

住民の核被爆死亡者573人!これはあくまで、認定された最低の数であると推測できる?

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