1989年 ベルリンの壁が崩壊しても、2011年、東日本大震災で日本の原発安全神話が完全に崩壊しても、2016年、反グロバーリズムのトランプ大統領が登場してトランプ革命と呼ぶべき政治活動をやり始めても、私たち日本人は、戦後復興の成功体験の集大成である1980年代に戻ることができるといまだに考えているかのようである。

ベルリンの壁崩壊

トランプ大統領就任式

そして、いまだに公共放送を自称するNHKを中心に日本のマスコミは、「クールジャパン」「日本スゴイ」キャンペーンを、思考能力を失った政治家の主導で行っているのが現実である。

 

東京オリンピック誘致成功

 

いくら、「フクシマ第一がアンダーコントロールだ」と偽ってオリンピックを賄賂を使ってまで誘致しても、中国、韓国叩きをやって憂さを晴らしたところで、サムソンが日本の家電メーカーを追い越したこと、ファーウェイが5Gで日本のはるか先を行っている事実を変えることはできない。

 

その意味で平成の30年は失われた30年であったと考えてもいいだろう。

 

「失敗の本質~日本軍の組織論的研究~」(中公文庫)という名著がある。

 

「なぜ日本軍は、組織としての環境適応に失敗したのか。逆説的ではあるが、その原因の一つは、過去の成功への<過剰適応>があげられる。過剰適応は、適応能力を締め出すのである。」と分析している。

 

戦後日本の成功は、冷戦崩壊によってそのモデルは、成立しなくなったにもかかわらず、私たちは同じ失敗を繰り返し続けてきたのである。

 

そして今も時代の流れを無視してオリンピック誘致、万博誘致、カジノ誘致、etc、昭和の発想で経済が活性化すると勘違いしている。

そう言えば、2011年3月15日にこんな文章を書いていた。以下。

 

「おそらく、2011年3月11日は、1945年8月15日に匹敵する位、いやそれ以上の歴史的転換点であったことが、後日はっきりするのではないでしょうか。
  
 確かに3月11日まで、国、地方の財政赤字のの問題、そのための行政改革=公務員改革そう言った(減税もそのベクトルで言われていました)この十年来、日本の政治を賑わしたテーマは、この大災害を受けて完全に過去のものになってしまったと言っても過言ではありません。
 
 震災復興のための巨額の有効需要が数万人余もの寡黙な東北の人々の犠牲の上に創出された今、平時における「財政調整」はもはや全く意味のない状況になっていると言えましょう。
 
 この機に及んでまだ、復興のための消費税等の増税を唱えている官僚や政治家は、日本で何が起きているのか全くわかっていないのではないでしょうか。
 今こそ、国家非常事態にあたり、日本が世界一の債権大国であることを最大限活用する時であります。
 
 特に小泉純一郎氏によって顕著になった「テレビ型劇場政治」の展開が続く中で “本当の価値”、簡単な言葉でいうと生死にかかわる選択の問題は、戦後日本政治の中で明らかに後退していきました。そしてこれまた平たい言葉でいえば「趣味の問題」(=直感的、直情的、非論理的、扇動的)として政治が、選挙が推し進められてきました。
 
 「劇場政治」のマスコミによる大衆心理操作のようなものが川上から徐々に地方政治という川下へと流用されていく中でこの傾向はますます強くなり、そもそもそうした選択を迫る人物そのものに対する表面的な「好き」「嫌い」が、擬似ではあっても“価値”の選択そのものと勘違いされるようになってしまいました。
 
 考えるに、冷戦によってもたらされたあまりにも「幸福な時代」=「本質的に物事を考えることが必要とされない時代」の大団円がこの震災であったことを我々は、これから知ることになるのではないでしょうか。
 
 ところで、現実に平時であれば、曲がりなりにも機能していたかに見えた日本の政治家、官僚、財界の経営者がここまでの無能さをさらけ出しているのは何を意味しているのでしょうか。
  戦後の右肩上がりの「慣性の法則で生きられるような時代」が終わってしまったことを意味しているのではないかと私は考えます。

 その意味で私たち、日本人は、前例のない時代を切り拓いていく転換点に今、立たされているのではないでしょうか。

 ともかく、東日本大震災、福島原発の事故、この二つの災いが、これからの日本を変えていく大きな節目になっていくと私は確信しております。またもそうならなければ、21世紀の日本の未来を切り拓くことはできないと考えます。」(引用終わり)

 

 

しかし、あのような大惨事(311)が起きても日本は全く変わることができなかったのである。

 

ポイントは、一つ、国家非常事態にあたり、日本が世界一の債権大国であることを最大限活用することが全くできなかったことである。

 

おそらく、国際社会において、2020年、東京オリンピック誘致が認められたのも、フクシマ第一事故の矮小化が認められたのも、世界最大の債権国、日本の経済力をリーマンショック後の海外勢が必要とし、日本に自国のために使うべきその経済力を使わせない深謀遠慮であったのでは、ないだろうか。

 

それが原子力利権を中心に戦後できた利権を守ろうとする日本の既得権者と思惑が一致したために今日の悲惨な状況をもたらしているのだろう。

 

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