元外交官 原田武夫氏のブログより



「米国勢が予告していた動乱という潮目

CIAによる突然の情報公開、日本の伝統的な大手メディアは一切報じていないが、昨年(2009年)1月、米中央情報局(CIA)が突然、ある極秘文書を情報公開した。タイトルは「暴動の分析ガイド(Guide to the Analysis of insurgency)」という。

例によって、突然の“情報公開”が行われた背景は不明だ。またこの文書自体には一体、いつ作成され、また何の目的のものであったのか、一切記されてはいない。ただし公開情報インテリジェンス(OSINT)の世界においては、書かれている内容からして、恐らくは1980年代後半から1990年代前半における冷戦構造崩壊の時代に作成されたのではないかと一般に推測されているようだ。



なぜ突然、このような話を始めたのかというと、米国勢による“情報公開”は日本勢におけるそれと同じように場当たり的で戦略の無いものではないからである。米国勢が“情報公開”を行う時には、必ずその裏側に戦略がある。いくつかのパターンがあるが、例えばこれまでは「親密な関係」にあった国との関係をあえて悪化させ、それによってマーケットに“潮目”を生じさせるといった場合、「親密な関係」の背後で当該国がインテリジェンス・ルートを使って行っていた“悪事”を堂々と暴露したりする。最近では、パキスタンがこの例となったことは記憶に新しい。



さらに違うパターンとして、ある“衝撃的な事態”が発生する直前に極秘文書を“情報公開”し、いわば「分かる人には分かるようにしておく」というものがある。米系“インテリジェンス機関”の手によって“衝撃的な事態”が発生しても、これをそのようなものとして説明してくれる人がいなければ、マーケットに“潮目”を生じさせることはできない。そこでまずはこれから生じる“衝撃的な事態”についての「解説文書」を公開することで、事実上の事前ブリーフィングを実施しておくというわけなのである。――さて、上記の“情報公開文書”は一体どちらのパターンなのであろうか。

ポーランド、ロシア、タイ、そしてキルギスの悲劇こうした観点でマーケットとそれを取り巻く国内外情勢を東京・国立市にある我が研究所でウォッチしていると、一つの気になる情報が飛び込んできた。



4月10日、ロシア西部でカチンスキー・ポーランド大統領の搭乗した航空機が墜落、炎上。かつてロシア勢によるポーランド勢虐殺の舞台となった「カチンの森」での式典に向かっていた同大統領夫妻を含め、多数の乗客が死亡したというのである。ロシア当局が直ちに調査を開始し、技術上の問題があったわけではなく、パイロットの操縦ミスであった可能性が高いとの見解を出した。そして、残骸をモスクワへ移送し、詳細を調べることとなったのだという(11日付英国・テレグラフ参照)。「大統領機の墜落」という、米欧勢の中では近年まれに見る事態の展開であっただけに、ポーランド国内では怒りが収まらないといった状況になりつつある。



“不思議な出来事”が発生しているのは、ポーランド・ロシア間だけではない。ほぼ同時期に、タイでは反政府「暴動」が発生。日本人カメラマンを含む多数が死傷した。その直前、モスクワでは地下鉄における「自爆テロ」が発生。北コーカサスのテロリストたちによる所業ということにはなっているが、他方でロシア議会の中では、「彼らが単独でここまでのテロを行えるはずがない。米英勢が組んでいるに違いない」といった疑いの声が満ち溢れつつある。また、中央アジアのキルギスでは、突如として反政府「暴動」が発生。たちまち現職大統領が打倒されるという事態に陥り、米国勢は早々と臨時政府を“承認”すると発表した。



これらの出来事が続くことは、単なる“偶然”のように思えなくもない。しかし、“偶然”にしてはあまりにもタイミングが良すぎるような気もするのだ。もっとも本当の「犯人」を探すことも、また至難の業ではある。いずれかの国のインテリジェンス機関がそれぞれの案件について関与している可能性は高いものの、そもそも彼らは隠密理の作戦行動(非公然活動[covert action])を実施するに際して、後日追及されても「やったかもしれないし、やっていないかもしれない」とどちらでも言い訳が出来るような痕跡しか残さないからだ。

ただ、私にはどうしても気にかかるのだ。昨年(2009年)1月というタイミングでなぜ米国勢が突然、上記の様な「暴動(insurgency)」解説書を突然“情報公開”したのか。「分かる人には分かるだろう」――米系“インテリジェンス機関”たちがほくそ笑んでいる姿が見えてくるようでならない。



「暴動」といえば思い出すのが、いわゆる“国土安全保障ビジネス(homeland security business)”である。2001年9月11日に発生した、いわゆる「同時多発テロ事件」以降、米国勢の中では瞬く間に広がった業界であり、オバマ政権が成立するタイミングで早くも「これから私たちのセクターを巡るマーケットは5倍になる」とまで豪語していたことで知られている。

そして彼らが得意としている、いやもっと正確にいうと「生きる糧(かて)」にしている重要なビジネスの一つが、「暴動・テロの鎮圧」なのだ。そうである以上、「暴動・テロ」が次から次に発生すれば、彼らにとっての「生きる糧」が増えることを意味している。しかし、「暴動・テロ」というものはそうそう起こるものではない。「鳴かぬなら、鳴かせてみようホトトギス」ではないが、需要の無いところであっても、無理やりそれを喚起してしまうのが米国勢のいつものやり方なのである。

国土安全保障ビジネスが展開する背景には当然、ファイナンスを行っている者がおり、ヴェンチャー・キャピタルなどマーケットの“猛者”たちがうごめいている。そして、「暴動」「テロ」は地政学リスクであり、“炸裂”すればマーケットを大いに揺さぶるものなのだ。だがそれで喜んでいられるのも束の間、今度はその刃が自分たちに向けられる危険性があることを、ここでは読者の皆さんに警告しておきたいと思う。何せ、相手は一国の大統領の命まで奪うほどの相手なのかもしれないのだから。

昨年(2009年)1月に突然動いた、米系“インテリジェンス機関”の情報公開戦略。そこで鈍く光ったその刃が再び世界へ、とりわけ日本勢へと向かないよう、私たちとしてもしっかりとウォッチしなければならない。「勝負の年」であり、引き続き「大転換の年」だからこそ、かえって警戒は怠れない。

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