お坊ちゃまの鳩山由起夫総理は、軽々しくも「重大な決意」を口にしてしまった。おそらく、これで司法官僚はほくそ笑むでいることだろう。

ご存じのように、鳩山由紀夫首相の元公設第一秘書と元政策秘書がそれぞれ在宅・略式起訴された。在宅起訴され公設秘書のほうは裁判が行われる。マスコミと官僚は、裁判に向けて、これから鳩山首相辞任ムードを盛り上げていくことだろう。また、鳩山首相は記者会見で、「やめろという国民の声が圧倒的なった場合には尊重しなければならない」と述べており、これは事実上の辞任の意思表明であるとしてマスコミは辞任圧力を強めるだろう。政治家はこのような「重大な決意」をめたらやったらと口にしてはいけないのだが、育ちが良すぎるのだろう。

ところで、この検察の起訴は、政権発足から100日目となった12月24日に行われている。その意味でも検察の強い意志が感じられるところだ。検察には特捜部長の佐久間達哉のような「アメリカルート」の国策捜査組から、正義感が強い検察官もいるだろうが、結局はこれらは民主党と検察(官僚)の権力闘争である。

ただ、鳩山首相のケースと、小沢一郎民主党幹事長のケースとでは、大きな違いがある。小沢のケースでは、政治資金規正法の記載の摘発レベルを従来よりもハードルを下げたという検察庁の中での問題にとどまるが、鳩山の場合には、ここに贈与税のからみで国税庁が絡んでいる。国税庁は財務省の下部組織であり、ここに検察庁と国税庁という二つの”司法官庁”が関わってくる。



鳩山の行動で最大の問題なのは、献金を受け取っていたかどうかという問題でも額の問題でもなく、自らの政治生命の延命のために、国税庁に泣きついてしまったということだろう。当初、鳩山サイドでは、母からの政治資金の供与を「貸付金」という理屈で乗り切ろうとしたが、これは無理だと判断した後は、贈与という認識に切り替え、億単位の贈与税を国税に追徴支払いすることで、一方の検察庁の手から逃れようとした。

仮に国税サイドが、この修正申告を受け入れるとすれば、鳩山に泣きつかれた国税としては、何らかの取引を持ちかけているはずだ。国税庁のみならず、財務省主税局としても、さまざまな増税案件を取引材料にしていることも考えられる。穿った見方をすれば、「国税は鳩山、検察は小沢」ということで両官庁の間ではすでに話し合いが付いていると考えていいのかもしれない。

これでは、指導力のない首相が自らの政治生命の代わりに、国民を国税庁・主税局に売り渡したことにもなりかねない。今後の税制改革の行方に注視していく必要があるだろう。

一方、財務省主計局長を更迭せよと息が荒いのは国民新党・亀井静香氏である。

そのうちに小沢幹事長、亀井首相という声も出て上がってくるのかもしれない。

菅直人氏も指導力不足で経済オンチとなれば、財政政策で注目を集めてきた亀井氏が浮かび上がってくる。彼の財政政策で景気を回復させれば、自民党側が亀井の過去の古傷を探る動きも弱まるはずだ。

政権発足100日目にして、鳩山政権は首相が「重大な決意」を口にするという事態になった。真の実力者が総理大臣にならなかった問題がが表面化してしてきたのである。政権初期にここまで追い詰められる首相も珍しい。小生の記憶では自民党の宇野宗佑氏ぐらいである。

ところで現在、検察庁に対して多くの刑事告発が行われているが、鳩山総理大臣周辺や小沢一郎民主党幹事長周辺に関する捜査だけが突出して実行されているようだ。つまり、現在、マスコミで報道されていることは民主党と検察(官僚)の権力闘争が行われていることを意味している。

西松建設事件でもあてはまることだが、「政治とカネ」の問題で限りなく黒に近いグレー色に染め抜かれている自民党議員も残念ながら、多数いる。自民党の二階俊博議員の秘書が略式起訴されたが、この立件でさえ、政権交代が実現していなければおそらく、実行されなかった可能性が高かったのではないか。千葉県知事の森田健作氏に対しても、「かんぽの宿」疑惑に関しても、正式に刑事告発がなされている。しかし、これらの問題についての検察捜査は一向に進展する気配を見せていないのも興味深い。そんなことは当然なのかもしれない。今、民主党と検察(官僚)の権力闘争が我々の前で繰り拡げられているのだから。

沖縄の普天間基地の問題も、外務省の官僚が、クリントン国務長官が日本の外務省藤崎駐米大使を呼び出して、「普天間問題」で釘をさしたというような嘘ばかりを日本のマスコミに報道させている。それらもその一環である。ハドソン研究所(米国のタカ派のシンクタンク)に所属する日高義樹氏が「米中軍事同盟の時代」などという本を出版する時代である。外務省の専門家が日米同盟の空洞化を知らないはずはないのである。

もともと日本の近代国家としての歴史は、官吏(天皇に仕える役人)による政治であった。政治家が主役ではなかったのである。戦後、米国によって民主主義が擬装されてきたに過ぎないのである。

いい悪いは別にして、官僚は小沢一郎による政治家への主導権奪回を本当に恐れているようである。

<参考記事>

<偽装献金問題 首相「進退、国民の声尊重」 贈与税6億、納付の意向>

鳩山由紀夫首相は24日、自らの資金管理団体「友愛政経懇話会」の偽装献金問題で、東京地検特捜部が元公設秘書を在宅起訴するなど一連の処分を行ったことを受け、東京・平河町のホテルで記者会見を行った。首相は国民に謝罪するとともに首相辞任を否定しながらも、世論の批判が強まれば辞任する可能性に言及した。その上で実母からの12億6千万円の資金提供を贈与と認め、平成14年にさかのぼって修正申告し、贈与税約6億円を納める考えを表明した。

記者会見で首相は「検察の判断を重く受けとめ、責任を痛感している。国民の皆さまに深くおわびする」と陳謝。その上で「政権交代を選択してくれた国民への責任を放棄することになる。政治家としての使命を果たすことが私の責任の取り方だ」と辞任を否定。「首相の職にかじりついてでもやりたいわけではないが、政治を変えてくれという国民の気持ちに応えるため続けたい」とも語った。

その一方、「辞めろと言う国民の声が圧倒的になった場合には尊重しなければならないが、そうならないように最善を尽くす」と述べ、今後、国民の批判が強まれば辞任する可能性を示唆。今後の政権運営と参院選についても「まったく影響がないとは思わない」と語った。

偽装献金事件について「国民が疑問に思うのは当然だが、(秘書が献金処理を)滞りなく処理していると任せていた」と説明。贈与についても「承知してなかった」と繰り返した。

一方、首相は、過去に「秘書の行為の責任は議員の責任だ」などと発言してきたことについて「私は私腹を肥やしたり、不正な利得を得た思いは一切ない」と釈明した。

(平成21年 (2009) 12月25日[金] 友引 産経新聞)

<参考資料>

*佐藤優の眼光紙背より

2009 11/24

「特捜検察と小沢一郎」

特捜検察と小沢一郎民主党幹事長の間で、面白いゲームが展開されている。テーマは、「誰が日本国家を支配するか」ということだ。

特捜検察は、資格試験(国家公務員試験、司法試験)などの資格試験に合格した官僚が国家を支配すべきと考えている。明治憲法下の「天皇の官吏」という発想の延長線上の権力特捜検察と小沢一郎観を検察官僚は(恐らく無自覚的に)もっている。

これに対して、小沢氏は、国民の選挙によって選ばれた政治家が国家を支配すべきと考えている。その意味で、小沢氏は、現行憲法の民主主義をより徹底することを考えている。民主主義は最終的に数の多い者の意思が採択される。そうなると8月30日の衆議院議員選挙(総選挙)で圧勝した民主党に権力の実体があるいうことになる。

特捜検察は「きれいな社会」をつくることが自らの使命と考えている。特捜検察から見るならば、元公設第一秘書が政治資金規正法違反容疑で逮捕、起訴されている小沢氏に権力が集中することが、職業的良心として許せない。国家の主人は官僚だと考える検察官僚にとって、民主主義的手続きによって選ばれた政治家であっても、官僚が定めたゲームのルールに反する者はすべて権力の簒奪者である。

簒奪者から、権力を取り返すことは正義の闘いだ。こういう発想は昔からある。

1936年に二・二六事件を起こした陸軍青年将校たちも、財閥、政党政治家たちが簒奪している権力を取り戻そうと、真面目に考え、命がけで行動した。筆者は、特捜検察を21世紀の青年将校と見ている。検察官僚は、主観的には実に真面目に日本の将来を考えている(そこに少しだけ、出世への野心が含まれている)。

筆者の見立てでは、現在、検察は2つの突破口を考えている。

一つは鳩山由紀夫総理の「故人献金」問題だ。もう一つは、小沢氏に関する事件だ。小沢氏に関する事件は、是非とも「サンズイ」(贈収賄などの汚職事件)を考えているのだと思う。

ここに大きな川がある。疑惑情報を流すことで、世論を刺激し、川の水量が上がってくる。いずれ、両岸のどちらかの堤が決壊する。堤が決壊した側の村は洪水で全滅する。現在、「鳩山堤」と「小沢堤」がある。「故人献金」問題で、「鳩山堤」が決壊するかと思ったが、思ったよりも頑強で壊れない。そこで、今度は「小沢堤」の決壊を狙う。そこで、石川知裕衆議院議員(民主党、北海道11区)絡みの疑惑報道が最近たくさん出ているのだと思う。石川氏は、小沢氏の秘書をつとめていた。8月の総選挙では、自民党の中川昭一元財務省(故人)を破って当選した民主党の星である。この人物を叩き潰すことができれば、民主党に与える打撃も大きい。

司法記者は、「検察が『石川は階段だ』と言っています」と筆者に伝えてくる。

要するに石川氏という階段を通じて、小沢幹事長にからむ事件をつくっていくという思惑なのだろう。これは筆者にとってとても懐かしいメロディだ。もう7年半前のことだが、2002年6月に鈴木宗男衆議院議員が逮捕される過程において、「外務省のラスプーチン」こと筆者が「階段」として位置づけられていたからだ。

マルクスは、「歴史は繰り返される。一度目は悲劇として。二度目は喜劇として」(『ルイ・ボナパルトの18日』)と述べている。当面は、石川知裕氏を巡る状況が、今後も政局の流れを決めるポイントになると思う。(2009年11月23日脱稿)

<プロフィール>

佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。

近著に「外務省ハレンチ物語」、「獄中記 (岩波現代文庫)」、「インテリジェンス人生相談 [個人編]」、「インテリジェンス人生相談 [社会編]」など。

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