2009年10月9日、ノルウェーのノーベル賞委員会は、米国大統領バラク・オバマに2009年のノーベル平和賞を授与すると発表した。その理由は「核兵器のない社会」の実現を掲げたことが「人々に未来への希望を与えた」ためと説明されている。現職の国家指導者の受賞は2000年の韓国・金大中以来のことである。



しかし2000年の金大中は、韓国現職大統領として初めて北朝鮮を訪問し、歴史的南北会談を実現させた“実績”を持つ。同じように現職国家指導者として1994年にノーベル平和賞を受賞したイツハク・ラビン(イスラエル首相)は、受賞前年の1993年にアラブ側との和平を進めるオスロ合意に調印し、翌1994年にはヨルダンとの平和条約にも調印した“実績”を持つ。今回受賞のオバマは、平和に向けての“意思表示”はしているものの、実績は全く残していない。この論法でいけば、国連で1990年比で2020年までに二酸化炭素25%削減を宣言した我が国の鳩山首相にも何らかの賞が与えられてもおかしくはないことになってしまうではないか。

オバマのノーベル平和賞受賞が発表されても、米国内ではそれを祝う雰囲気は少なく、市民は戸惑いとも驚きともとれる表情に溢れ、さらには批判の声すら聞こえてくるほどだった。オバマ大統領の受賞直後に行われたホワイトハウスでの定例記者会見は、記者たちからの「おめでとう」の言葉もなく始まり、平和賞受賞に対する厳しい質問が相次いだ。大統領報道官のギブスも困惑し、「私はノーベル賞委員会のメンバーではない」と答えるしかなかった。



ところで、オバマ大統領のノーベル平和賞受賞にはいったいどんな意味があるのか。



「核なき世界=平和」という幼稚な考え



確かに日本は世界で唯一の被爆国である。核なき世界はわが国の理想であり、「核廃絶」をうたうオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したことを、理想世界に向けての大きな歩みと受け取る人々も多く、全体として歓迎し賞賛する雰囲気が強い。

核兵器に限らず、細菌兵器などの無差別殺戮兵器、大量破壊兵器は憎むべき存在であり、これらを廃絶しようとする努力は評価すべきだ。たとえそれが小さな声、僅かな動きであったとしても、こうした努力は称賛されるべきである。そうした意味では、オバマの言動は、たしかに称賛されてしかるべきだろう。

しかし、あらゆる兵器は単に兵器であり、兵器そのものが戦争を引き起こすわけではない。戦争というものは、人間の政治的、経済的意思によって引き起こされる。核なき世界があたかも平和であるように宣伝することは、戦争の本質=政治・経済の本質を避けた議論であり、単なるプロパガンダに過ぎないことを肝に銘じるべきであろう。

オバマ大統領もは決して反戦主義者ではない。オバマ自身、アフガニスタンを「必要な戦争」と断言していることからも明らかであろう。

軍事評論家の間では、オバマの核兵器廃絶に向けての動きには、ウラがあると囁かれている。「核兵器に代わる新たな強力兵器を手に入れたから、核廃絶を声高に叫ぶようになったのだ」とも言われる。その“新たな強力兵器”とは新型中性子爆弾だとか、電磁波を使ったHAARP(ハープ・High Frequency Active Auroral Research Program)兵器(人口地震を引き起こすことができるとも言われている)だとか言われている。

いずれにしても、オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞した理由は、表向きに説明されたものが真実であるはずがない。



確かにオバマ大統領が中東和平に積極的に関与し、この地に平和を実現させようとしていたことは事実だ。しかし残念ながら、その成果はまったく上がっていない。

オバマ大統領のノーベル平和賞受賞決定について、イスラエルとパレスチナの双方は一応、歓迎の言葉を口にしている。イスラエルのペレス大統領は、「オバマ大統領の指導力のお陰で、中東和平は真の議題となった。新たな希望をもたらした」と受賞に祝意を表明。パレスチナ自治政府の和平交渉担当のエラカトもまた「パレスチナ国家の樹立を実現させるだろう」と述べ、オバマのノーベル賞受賞が和平の“追い風”になることに期待感を滲ませた。

しかし正直なところ、この受賞を弾みにして、オバマが交渉進展に関して圧力をかけるのではないかとの警戒心も芽生えているようだ。

ブッシュ前政権は“イスラエル偏重”が際立っていた。それが中東和平を困難なものにしてきたのは事実である。オバマは就任と同時に、ブッシュの手法とは違うやり方で中東和平を実現させると強い意志を見せ、これを最重要課題と掲げた。

米国としては、中東和平の仲介役として、とにかくまず、停滞している和平交渉を再開させたい。これがオバマの本音でもある。そのためにイスラエルに対し、占領地ヨルダン川西岸で継続させている入植活動の凍結を迫ってきたのだ。しかしイスラエルはこれを断固として拒否している。パレスチナ側はヨルダン川西岸入植活動の凍結を交渉再開の前提としているため、いまだ妥協点が見い出せない。

イスラエルのリブリン国会議長はオバマの平和賞受賞について、「一政治家としての功績を讃える受賞ならば理解はできる」と、中東和平交渉の仲介が成果を上げていない時点での受賞に疑問を投げかけ、「受賞が決まったからには、今後、イスラエルの利益に反するような交渉進展を強いてくるかもしれない」と警戒心を露わにしている。パレスチナ側も、ガザ地区を支配するイスラム原理主義者ハマスのハニヤ最高幹部は、「必要なのは言葉ではなく行動だ」と、暗にオバマの受賞に疑問を投げかけている。

イスラエルもパレスチナも、歓迎の言葉を口にするいっぽうで、オバマのノーベル平和賞を疑問視していることは間違いない。

国連人権理事会は10月16日に、イスラエル軍のガザ地区攻撃を「戦争犯罪」とする決議を賛成多数で採択した。アラブ・アフリカ諸国などが賛成に回るなか、米国は当初、採択阻止に動き、最終的には「反対」票を投じたが、結果は圧倒的多数で国連報告書通り、イスラエルの攻撃が「戦争犯罪」と認定されたわけだ。

このままでは、最重要課題と掲げた中東和平が煙のように消え去ってしまう。その焦りもあるのだろう、10月末にヒラリー・クリントン国務長官がテロによる暗殺の危険があるなか、中東を訪問するというニュースが伝えられている。クリントン長官の中東訪問は今年2度目になるが、これが成功して中東和平交渉が再開される可能性は極めて低いと言わざる得ない。

オバマのノーベル平和賞受賞が中東和平交渉再開に一縷の希望を生んだのは事実だが、いまではその希望は失せてしまった感が強い。



オバマに与えられた「目的」とは



ロシア下院のコサチョフ外交委員長は、オバマの平和賞受賞の背景には、ブッシュ前大統領が進めてきた政策に対する“苛立ち”と“失望”があったと指摘する。さらにオバマ大統領は今回の受賞を、「具体的な行動によってのみクリアできる高いハードルと受け取るべきだ」と注文をつけている(10月9日インターファクス通信)。

コサチョフ外交委員長の言葉にも見られる通り、オバマのノーベル平和賞受賞は「これから先に高いハードル、厳しい荒波が立ちはだかるが、それを越えろ」という強いメッセージが籠められたものだと考えるのが妥当だろう。

では、オバマの前に立ちはだかる高いハードルとは、具体的に何のことなのか?

かつてソ連の最高指導者としてノーベル平和賞を受賞したゴルバチョフと同じ役目が与えられたと考えるのが自然ではないだろうか。

ゴルバチョフは1985年に共産党書記長となり、ソ連の最高指導者に就くと同時に、ペレストロイカ(改革)とグラスノチ(情報公開)を積極的に推し進めた。ゴルバチョフは1990年にはソ連に「大統領制」を導入、自らがソ連邦最初の大統領に就任した。この年、ノーベル賞委員会はゴルバチョフに“世界平和への貢献”を理由にノーベル平和賞を授与している。

そしてご存じの通り、ソ連邦各地に民族主義の嵐を引き起こし、結果として19918月の「ソ連クーデター」を招来し、最終的にはソ連を解体させた。



オバマが大統領就任以来、国際社会における米国の威信を相対化させていることは誰の目にも明らかだ。「威信の相対化」などと回りくどく表現するより、帝国としての米国の地位失墜と直言したほうがいいかもしれない。

オバマに与えられた高いハードルとは、米国の弱体化と冷戦残滓の払拭である。

「米国弱体化」とは、帝国としての米国の崩壊までもを意味している。

オバマにノーベル平和賞を授与させた勢力とは、オバマの動きを積極的に支持するグループだ。それは米国の弱体化を求める(=多極化を求める)国際金融資本家の一部勢力であり、彼らは帝国としての米国の衰退を望んでいると考えて間違いない。

前にも紹介したエマニュエル・トッドが「帝国以後」で予想した米帝国崩壊のシナリオの一つと考えるべきであろう。



米国の威信失墜



アフガニスタンを「必要な戦争」と断言したオバマだが、どこまで関与すべきかという目標設定は政権内に存在しない。このため、アフガニスタンにおける米軍の位置づけについても意見が別れている状態だ。

そのアフガニスタンでは、来月7日に迫った大統領決選投票がどうなるか、未だ不明の状態にある。タリバンは大統領選を「米国にとって都合のよい指導者を選ぶ選挙」と主調し、第一回目の投票から妨害を繰り返してきた。

そんな折り、28日付けのニューヨークタイムズ紙が「米CIAが8年間にわたってカルザイ(大統領)の弟に金銭を提供し続けてきた」と報じた。CIAの目的はタリバーン掃討戦への協力なのだが、カルザイの弟自身に麻薬に関してタリバンとの協力関係にあるとの指摘もあり、アフガン情勢判断をますます不透明なものにしている。

アフガン情勢に関しては、アフガン国内の情勢に限らず、米国内の見解の相違など、不安要素は山ほどあるが、結局のところ、米国が指導力をまったく発揮していないことが鮮明になってきている。



米国の凋落は中東和平やアフガン情勢だけに見られるものではない。



現在、米国は失業率が11%を超え、地銀などの金融機関の破綻件数が100件を上回るなど、米国経済は相変わらず景気の「底が見えてこない」状況にある。

当然ながら米ドルは弱体化し、決済通貨としての米ドル覇権はいよいよ危うくなっている。外貨準備高通貨として、米ドルの代わりにIMFの特別引出権SDRを採用する動きも見られるし、アラブ諸国では地域協力機構(GCG)で米ドル・ペグ制度を見直そうとする議論が水面下で行われているとの情報もあるほどだ。

あらゆる局面、あらゆる分野で米国の威信が凋落し、失墜している。こうしたなか、民主党鳩山政権となった日本との関係もまた、微妙な状態になりつつある。



いま日米間の最大の問題となりつつある沖縄・普天間基地移設に関しても、厳しいやりとりが続けられている。来月12日にオバマ大統領が来日するが、この時点で普天間移設問題の対立が先鋭化することを危惧して、直前に岡田克也外相が訪米、調整することが検討されるほど、日米間の主従関係は希薄になりつつある。27日の夜に関門海峡で韓国船と衝突し炎上した護衛艦くらまの事件も、「普天間基地移転に関する米国の嫌がらせ」といった噂が堂々とまかり通るほどだ。

こんな状況下、北朝鮮の党機関紙である『労働新聞』が、日本の民主党鳩山政権と米オバマ政権の間に、「亀裂が入りかねない傾向が表れている」とする論説を掲載し、注目を集めている。

この論説では、これまで米国と日本が「主人と手下の関係」だったとしたうえで、鳩山政権が普天間飛行場の移設計画見直しなどを求めたため、「米国の不安を呼び起こしている」と分析。鳩山首相が進めようとしている「東アジア共同体」構想については、米国にとって「飼い犬に手をかまれるようなもの」と評している。さらにこの解説は、「不協和音は今後、さらに大きくなる」とも述べている。

北朝鮮のこうした分析は、真実を突いたものと評価できるが、問題はこの時期に北朝鮮の党機関紙が敢えてこれを掲載した真意である。おそらく、北朝鮮は、「米国から距離をおいた日本となら、二国間交渉が可能だよ」と日本政府に示唆しているのであろう。

つまり、鳩山政権が、打ち出した「米国との対等の関係=日米同盟の見直し」、「東アジア共同体構想」は成否はともかく、こうした世界の大きな動きに呼応したスローガンなのである。そして、オバマ大統領に、ゴルバチョフと同じ役割(ソビエトの崩壊=米帝国の崩壊)を期待している人々が彼にノーベル平和賞を与えたのである。



*HAARP:高周波活性オーロラ調査プログラム(High Frequency Active Auroral Research Program)。アメリカ合衆国アラスカ州ランゲル・セントエライアス国立公園の西にあるレーダー基地跡地の施設で行われている高層大気研究プロジェクトであるが、軍事転用した場合、電磁波で地下水を加熱することで熱膨張を起こし、地震を起こすことが可能であり、また海面に電磁波照射すると気象の変化を起こすこともできるとされている。原理的には電子レンジと同様のメカニズムで、地震兵器や気象兵器として使用されれば大きな脅威となりうる。





*<参考資料>

「多極化の本質を考える」

2009年10月4日  田中 宇



米英が中心だったG8は、世界の中心的な機関としての地位を、新興諸国が力を持つより多極型のG20に取って代わられた、ドルの基軸制が崩壊しそうなので、多極型の基軸通貨体制に移行しようという提案も各国から次々と出ている。米英中心の体制が崩れ、世界が多極化している観が強まっている。

今後の世界で起こりそうなことは、米英の経済・財政・社会安定の瓦解とか、原油高騰やイスラエル消滅につながる中東大戦争など、混乱を引き起こしつつ世界をさらに多極化する方向の事案が多い。今後、全く新しい逆流的な動きが出てこない限り、多極化はさらに進むだろう。

逆流的な動きとしては9月中旬、ヒマラヤの中国インド国境において中国側が国境線ぎりぎりに新たな軍事施設を構築・増強し、インドの新聞に「中国が越境侵攻した」と報じられる事件が起きた。米国の軍産英複合体が喜びそうな「中国とインドが戦争して多極化が破綻する」という展開があり得るかと思われたが、その後事態は沈静化している。どうも、実際には中国軍による国境侵犯は起きておらず、対インド国境近くの施設を増強しただけのようだ。多極化の流れは、国際社会で中露、BRICや反米諸国群を強化しているだけでなく、国連が国際社会の中心に戻る動きをともなっている。911テロ事件が起きて米政府が単独覇権主義を掲げ、03年にイラクに侵攻したころは、国際社会での意志決定を米国が独断で行う体制になって、国連の影は薄れ、国連不要論が横行していた。今は逆に、単独覇権主義は失敗の烙印を押され、オバマが国連を舞台に核廃絶を提唱するなど、国連中心主義がすっかり戻っている。多極化の流れは、トービン税などを通じて国連に財政力を持たせ「世界政府」に仕立てていこうとする動きにつながっていきそうだ。



<繰り返される資本と帝国の暗闘>



多極化を、国連を国際社会の中心に据える動きとして考えると、多極化が持つ歴史的な深みを理解できる。国連の前身である国際連盟は、第一次大戦を機に米国が提案して作ったもので、連盟の設立は、それまでの英国の世界覇権を解体して国際連盟に世界運営権を移譲させることが目的だった。だが米国より外交手腕がはるかに上だった英国は、ベルサイユでの外交交渉の中で、米国の意に反して結成過程の連盟を乗っ取ってしまい、そのため米国のウィルソン大統領は、自分が作った連盟に加盟せず、国際連盟の構想は失敗した(ウィルソンは米議会を批准拒否に誘導した)。

その後、第二次大戦で英国は再び米国の軍事力を頼りにせねばならなくなり、米英が勝ったら今度こそ本当に米国が望む国際組織を作るという約束(米英大西洋憲章)になり、戦後、国際連盟を潰して国際連合が作られ、米英仏ソ中という多極型の安保理体制が新設されたが、英国はその直後から冷戦を誘発し、国連中心主義は英国好みの冷戦体制によって上書きされ、米政界自身、軍産英複合体に牛耳られた。

国際連盟や国連は、米国が、英国の覇権体制を解体再編するための組織である。なぜ解体再編が必要だったかを考えるには、もう少し歴史を深読みする必要がある。

18世紀末以来、欧州は、英国を発端とする産業革命によって経済が急成長し、フランス革命を発端とする国民国家革命によって国家の結束が飛躍的に強まった。欧州の資本家は、この2つの革命を欧州全土そして欧州外の世界に拡大し、産業革命と国民の中産階級化が進む各国に投資して儲けを拡大しようとした。

だが、国民国家群となった欧州内で最初に産業革命を行って群を抜く覇権国となった英国は、他国の成長・強化によるライバルの登場を好まなかったので「資本の論理」と「帝国の論理」が衝突する事態となった。英国は、欧州各国の国民国家化をやむを得ず容認していったが、外交や諜報の技能を活用し、各国の合従連衡を操作する均衡戦略(バランス・オブ・パワー)によって覇権を維持した。

資本家の側は、19世紀初頭にかけて中心地をロンドンからニューヨークに移転した。ドイツが台頭して英国をしのぎ、第一次大戦が起きると、資本家たちは外交問題評議会(CFR)をニューヨークに設立し、最初の仕事として国際連盟の構想を立案した。これを元に国際連盟が作られ、植民地の独立は進んだものの、すでに述べたように国際連盟は英国に換骨奪胎されてしまった。資本と帝国の1回戦目は帝国の勝ちとなった。

第2次大戦後にニューヨークに作られた国際連合は、本部の土地をロックフェラー家が寄贈したが、同家は戦後のCFRを主導した。このことからも、ニューヨークの資本家が国連主義や多極化を推進していると感じられる。第2次大戦後、植民地はほとんどが独立し、この点は資本の論理に沿った展開となったが、英国が米軍産複合体やマスコミと組んで扇動した冷戦によって、国連の5大国制度は有名無実化し、資本と帝国の暗闘の、2回戦も帝国の勝ちとなった。



<冷戦終結で3回戦に決着>



3回戦の始まりは、60年代のケネディ大統領である。彼はソ連側と話し合って冷戦を終わらせようとしたが、冷戦終結に阻止したい軍産複合体に暗殺されて終わった。多極主義の資本家の側は、ホワイトハウスに政策スタッフを送り込んで米政府の戦略を操作することは当時から現在までできるようで、ケネディ作戦の次は、ベトナム戦争を過剰にやりすぎて敗戦と財政破綻を招く策略を行い、ロックフェラーが選んだキッシンジャーをニクソンと組ませて政権に送り込み、財政破綻による金ドル交換(ドル崩壊)停止や、ベトナム敗戦を受けた米中関係の正常化を行った。

英国は1950-60年代に財政破綻して国力が低下した。70年代のニクソン政権における多極化攻勢に対しては、英国に代わってイスラエル(在米シオニスト右派勢力)が、米国を牛耳るノウハウを英国から継承し、ホロコーストをめぐる誇張戦略なども使い、米政界での影響力を拡大した。軍産イスラエル複合体は、多極主義者よりもマスコミ操作が上手で、ニクソンはウォーターゲートのスキャンダルで潰された。(ニクソンを潰したジャーナリズムが英雄視される構図は、軍産イスラエル複合体がマスコミ操作して人々の善悪観を操作できることを示している)

冷戦派と多極派の暗闘3回戦は80年代も続いた。レーガン政権は冷戦派のように振る舞いつつも、ゴルバチョフと対話して冷戦を終わらせてしまう「隠れ多極主義」の策をとって成功した。冷戦派はマスコミを握っているので、冷戦派のようにふりをしていないと、スキャンダルなどをぶつけられて潰されてしまう。だから多極主義者は「隠れ」になった。

レーガンは冷戦を終わらせる際、英国が米国と同じ金融自由化を行って金融立国として儲けていくことを提案し、英国が冷戦終結を黙認するようにした。一方、イスラエルについては、アラファトをパレスチナ人の代表に仕立て、パレスチナ和平を進めようとした(イスラエルはこの話をいったんは受け入れて93年のオスロ合意となったものの、はめられていると気づいて転換し、95年のラビン暗殺以降、和平拒否の態度を強めた)。資本家と帝国の3回目の暗闘は、冷戦終結によって、資本家の念願成就となった。

冷戦終結後、レバレッジ、債券化など、米英が自由化された同じ金融システムをとるというレーガンの遺産が活用され、米英が金融で世界を支配する金融グローバリゼーションの時代となった。世界が単一の自由市場になるグローバリゼーションの状態は、ニューヨークの資本家が多極化を推進し始めた18世紀末以来、100年ぶりの出現だった。グローバリゼーションは、暗闘の中で資本家側が優勢な時に起きる(反対に帝国の側は、世界を敵味方に分断することで覇権を維持しようとしてきた)。



<テロ戦争の戦略とともに4回戦目>



だが、この均衡状態は90年代末に崩れ、4回目の暗闘となった。転換の一つは、冷戦終結とともに中東和平の枠にはめられたイスラエルが、その枠を拒否して再び米政界にとりつく傾向を強め、イスラムをテロリストと決めつけ、米イスラエル対イスラムの恒久的戦い(テロ戦争)の戦略を米国にとらせようと動き出したことだ。90年代末の対イラク経済制裁の是非論争やタリバン敵視に始まり、911テロ事件で本格化した。

もう一つの動きは、97年のアジア通貨危機後、英米の金融グローバリゼーションが揺らぎ、デリバティブの急拡大など儲けの拡大策がいろいろと試みられたがバブルの崩壊は避けられず、07年からの金融危機に入ったことだ。金融主導の覇権体制が崩れたことで、冷戦後バラバラになっていた軍産英複合体が、イスラエル起案の「第2冷戦」的なテロ戦争戦略のもとに再結束し、911後、一気にプロパガンダマシンが動き出した。

これに対する多極主義者の側の対抗策は、ベトナム戦争方式やレーガン方式を継承して「冷戦派に同調するふりをして、やりすぎによって冷戦派の戦略を崩壊させる」というものだった。イラク戦争の失敗や、金融バブル崩壊時にリーマンブラザーズを倒産させて被害を意図的に拡大するやり方などが、これに相当する。

米国の「自滅主義」は、多極主義者がホワイトハウスを握っているにもかかわらず、世論操作(マスコミのプロパガンダ)などの面で米英中心主義者(冷戦派)にかなわないので、米英中心主義者の戦略に乗らざるを得ないところに起因している。相手の戦略に乗らざるを得ないが、乗った上でやりすぎによって自滅して相手の戦略を壊すという、複雑な戦略が採られている。

イラク戦争を推進したブッシュ政権の過激派「ネオコン」は、親イスラエルの勢力とされ、イスラエルのために米軍にイラク侵攻させたと言われている。だが、彼らには裏があると感じられる。彼らはイラク侵攻を正当化するために「軍事力によって世界を強制的に民主化する」という理屈を掲げ、国際連盟を作ったウィルソン大統領の、世界中を民主化するという理想主義を継承する者として「ウィルソン主義者」を自称していた。私は、ネオコンの「ウィルソン主義者」の自称の中には、実は自分たちがウィルソンと同様の「英国潰しを画策する者」であるという、わかる人にだけわかる隠れたメッセージが込められていると感じている。ネオコン(レオ・シュトラウスら)は、古代ギリシャのプラトン主義以来の「真実は一部の者だけがわかっていればよい」という密教的な考え方を信奉している。



<米国はやがてよみがえる>



やりすぎによる自滅戦略の結果、米国はひどい経済難に陥り、ドル崩壊が予測される事態になっている。多極化が進むと、ドルは崩壊し、世界の各地域ごとに基軸通貨が複数生まれ、国際通貨体制は多極化する。ドルが崩壊すると、米国は政治社会的にも混乱が増し、連邦が崩壊するかもしれない。米議員のロン・ポールは最近、ドル崩壊による米連邦崩壊の懸念を指摘している。多極主義者の資本家は、自国を破綻させ、ドルという自国の富の源泉を潰してもかまわないと思っているということだ。

ニューヨークの大資本家は、表向きは「愛国心」を強調し、節目ごとに自社ビルに星条旗を巻き付ける振り付けをやったりしている。しかし彼らの本質は、16-17世紀にアムステルダムからロンドンに本拠を移転し、19世紀にロンドンからニューヨークに移り、移動のたびに覇権国も移転するという「覇権転がし」によって儲けを維持しているユダヤ的な「世界ネットワーク」である。100年単位で戦略を考える彼らは、自分たちが米国民になって100年過ぎたからといって、米国家に忠誠を尽くすようなことはない。

ユダヤ的ネットワークという点では、資本家だけでなく諜報機関やマスコミも同様だ。フランス革命以来の国民国家革命や社会主義革命など、人々に「国民」や「人民」の幻想を植え付けて愛国心を涵養し、国家の財政力を増大させるプロパガンダのシステムを作ったのは、まだ欧州にいた時代の彼らの祖先である。

つまり、多極主義者と米英中心主義者は、どちらもユダヤ的ネットワークに巣くう人々であり、ユダヤ人同士の対立である。「ユダヤの敵はユダヤ(他の勢力は、敵視が必要なほど脅威ではない)」というのは、よく言われることだ。ネットワークを、資本の回転のために使いたい人々と、帝国の維持のために使いたい人々がいて、延々と暗闘・談合しているともいえる。ユダヤ人が一枚岩だと勘違いしている分析者は談合の方ばかりに目がいくが、もし彼らが談合だけで暗闘していないのなら、世界はもっと安定する。金融危機や大きな戦争が何度も起きたりしない。

90年代末からのイスラム敵視策を皮切りとする4回戦目の暗闘は、多極主義者の優勢になりつつも、まだ続いている。今は見えていないが、米英中心主義者の意外な反攻が、まだあるかもしれない。逆に反攻がなければ、このまま英国やイスラエルは破綻を強めていく。スコットランドは独立して連合王国(UK)は崩壊する。イスラエルは、中東大戦争で核兵器を使ってハルマゲドン的に破滅するかもしれない。それを防ごうと、ネタニヤフ(イスラエル首相)はもがいている。ネタニヤフは、本当は和平をやりたいのだが、国内外の右派勢力(入植者、ネオコン)に邪魔されている。 英中心主義者による延命策や逆流策がうまくいかなければ、ドルは崩壊し、米英中心の世界体制は崩れ、米国は通貨と財政の破綻と、もしかすると米連邦の解体まで起きる。しかし米国が破綻するのは、英国など覇権を維持したい勢力に牛耳られてきた状態をふりほどくためであり、米国は恒久的に崩壊状態になるのではなく、システムが「再起動」されるだけである。

いったん単独覇権国型の米国の国家システムが「シャットダウン」された後、多極型の世界に対応した別のシステム(従来の抽象表現でいうところの「孤立主義」)を採用する新生米国が立ち上がってくるだろう。米国は技術面で潜在力があるので、製造業も生き返るかもしれない。再起動にかかる時間は、10-15年というところか。再起動プロセスの開始を、どの時点と考えるかにもよる。(01年の911事件か、03年のイラク侵攻か、07年のサブプライム危機か、08年のリーマン倒産か)

米国は、西半球の国、米州大陸重視の国是で再生し、カナダ、メキシコ、中南米諸国と協調するようになる。太平洋は、米中2国で共同管理になっていくだろう。だから中国は海軍力を拡大して空母を作り、米政界は「米中G2」を構想するとともに、中国の空母建造を助けると表明したりした。

従来は、日本が自律心に欠けた対米従属主義だったので、米中だけで太平洋管理という話だったが、今後、日本が頑張れば、太平洋は「米中日G3」の体制に移行していく可能性もある。

すでにブッシュ政権以来の隠れ多極主義者が「やりすぎ」によって暴露しているところではあるが、米英を中心とする先進諸国のマスコミは、人々の善悪観を操作するプロパガンダマシンの機能を持つことが、少しずつ人々にばれていくだろう。米英のマスコミは「人権」「民主化」「環境」といった、先進国が新興諸国を封じ込められるテーマにおいて人々の善悪観を操作する巧みな情報管理を行い、米英中心体制を維持することに貢献してきた(イスラム諸国に対する濡れ衣報道や、地球温暖化問題など)。大不況の中、広告収入の減少などによってマスコミ各社が経営難になって潰れていくことも、多極化をすすめていくことに繋がっていくだろう。

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