「現在、日本の政治で何が起きているのか」

~小沢一郎氏の狙いはどこにあるのか~



ご存じのように、8月30日に行われた総選挙では民主党が308議席を獲得して歴史的勝利を収めた。社民党や国民新党との連立協議もまとまり、9月16日に鳩山由紀夫政権が誕生。これから、同政権は総選挙に際して公約した「脱・官僚依存=政治主導」に向けて大規模な行政改革に取り組むことになり、また外交政策についてもうまくいくかどうかは別にして米国一辺倒からの軌道修正が図られていくことになる。



まず、対米関係で焦点となるのが、在日米軍再編問題の行方だ。

ここで問題となっているのは、海兵隊のヘリコプター基地である沖縄県の普天間基地のキャンプ・シュワブ沿岸部への移転をめぐるもの。在韓米軍がこの基地に移るにあたり、海兵隊9,000人の移転先として以前には鳩山新首相は県外移転を主張していた経緯があるが、それを他の都道府県が受け入れるはずがないので、グアム島に移すことになった。(鳩山総理は、最近になって沖縄県内の移動の可能性も示唆し始めている。)

この移転にあたり、日本政府はすでに2兆円ほど支払っており、アンダーセン空軍基地以下、住民地区も含めてすべての電力設備を施設し直した。ところが、2月24日に小沢一郎新幹事長が米軍の日本防衛は「第七艦隊で十分」と発言したように、6,500億円もの「思いやり予算」をも含めて民主党はその資金を支払わない姿勢を崩していない。これに対し、米国としては従米政権だった小泉純一郎政権が結んだ協定に基づいて、移転費用をしっかり支払ってくれるかどうかについて図りかねているのが、現在の状況である。

そこで、国務省とは無関係のジョン・ルース駐日大使が新しく赴任したのである。

今、新大使がすでに動き出している。バラク・オバマ政権が打ち出している「グリーン・ニューディール政策」でグリッド(送電線網)や光ファイバーの敷設、環境関連での先端企業の交流を名分に米国から大勢の企業経営者に日本を訪問させる計画を打ち出しており、それに着手し始めた。新大使を選んだのは友人であるオバマ大統領自身であることがはっきりしており、大統領選挙の際にカリフォルニア州で資金を集めていたことに対する“論功行賞”である。



歴代の駐日米大使は副大統領や下院議長経験者といった政界の大物か国務省系の人物が多かったが、トーマス・シーファー前大使がジョージ・ブッシュ前大統領の友人だったので、二代続けて友人が大使に就任したことになる。大統領直属の人物が大使に就任したことは非常に大きな意味がある。これまで、自民党の親米派政治家や官僚と提携していたリチャード・アーミテージ元国務副長官、ジョゼフ・ナイ元国防次官補、マイケル・グリーン前NSC(国家安全保障会議)上級アジア部長、ジェラルド・カーティス・コロンビア大学教授といった対日工作班たちは、日本に対して資金提供させるべく、裏側で多くの汚い行いをしてきた。民主党首脳はそうしたことを知悉しており、会談するにしても嫌がることがわかっていることから、米政府はそうした人脈とは無関係な大統領直属の清潔な人物を選任したと思われる。

ところで、米国のような覇権国=帝国は、全世界の消費基地として世界経済における大部分の需要を創出する役割を担う宿命を負っているため、構造的に巨大な累積債務大国にならざるを得ない。そのため属国群から収奪することにより帝国運営を維持している。かつて、古代ローマ帝国やサラセン帝国はナイル川の砂金の産出に恵まれたエジプトを、スペイン海洋帝国はポトシ銀山を中心とする銀の生産に恵まれた中南米を、そして大英帝国は産業革命をもたらした綿紡績の原料の綿花の圧倒的な生産量を誇っていたインドと金本位制を維持するために不可欠だった圧倒的な産金量を誇る南アフリカを属国として直轄統治していたことで、長期にわたる帝国運営を維持してきた。

現在の米国においても、世界最大の原油の生産国にして圧倒的な輸出量を誇るサウジアラビアや、優秀な製造技術を武器に毎年巨額な貿易・経常黒字を積み上げ、最大の貯蓄大国である日本を実質、属国管理しているからこそ、世界帝国の地位を維持できている。だから、米国にとって日本が資金を提供するかどうかは、非常に重要な問題なのである。



もし、仮に日本が資金拠出を拒絶すれば、帝国は明日にも潰れるだろう。つまり、帝国を運営するためには、どんなことをしてでも日本から資金を調達する必要があるのである。

日本で新しく成立した民主党政権がこれまでの自民党政権のように米国に資金を提供するかどうかは、ルース新大使の外交手腕=脅迫力にかかっているといっても過言ではない。

このように考えると、国務省関係者の影響力を排除して対日交渉に乗り出しているオバマ政権首脳の戦略は的を射ている。一時、有力視されたナイ元国防次官補が赴任したのでは、国務省関係者が主導権を握ることで交渉がまとまらないのは目に見えていたからだ。その国務省では、ヒラリー・クリントン国務長官は“死んだフリ”をして前面に出てくることなく、自らの部下たちに世界的な外交政策を担わせている。

特に対日政策については、訪日して2月17日に小沢氏と会談した際に「対等な日米関係を求める」と要請されてやり込められて以来、自身では極力関知しないようにしているようである。



また、今回、誕生した民主党政権の基本性格は、端的には「鳩山-トヨタ内閣」と言ってもよいと思われる。とくに大きなカギを握るのが、トヨタ自動車の労働組合出身の直嶋正行前政調会長が経産相に就任したことである。また、鳩山首相の側近である平野博文新官房長官も松下電器産業の労組出身であるため、これに松下電器(現・パナソニック)を加えて三者による内閣とする見方もできよう。

そして、直嶋新経産相は神戸大学出身の関係から五百旗頭真(いおきべまこと)防衛大学長(父の故真治郎氏とともに同大学名誉教授)とつながりがあるようなので、典型的なジョン・D・ロックフェラー4世(通称ジェイ・ロックフェラー)上院議員の系列といえる。五百旗頭学長は米ハーバード大学に留学していた際、ジェイ・ロックフェラー上院議員と“ご学友”であり、同じ建物で食事をする場所も同じだったという。

そのご学友が小泉政権時代、靖国神社の参拝をめぐり関係が悪化した中国との関係好転に向けて防衛大学長に任命されたのは、まさしく上院議員の配慮だったともいえよう。それにより、評論家の岡崎久彦氏、古森義久産経新聞論説委員、ジャーナリストの櫻井よしこ女史、中西輝政京都大学大学院教授といった産経・読売新聞系の米国の一部で「ザ・カルト・オブ・ヤスクニ」と呼ばれている右翼言論人たちが色褪せてきている。



直嶋新経産相やジェイ・ロックフェラー上院議員が強い影響力を及ぼしている現在の状況では、奥田碩経団連前会長(トヨタ自動車相談役)の存在に再び、脚光が浴びるだろう。奥田氏の出身母体のトヨタ自動車では、リーマン・ショックにより昨年11月から急速に業績が悪化したことで(本当は破綻状態にあったゼネラル・モーターズの不採算の7工場を無理やり買わされるのを避けるために意図的に極端な赤字決算にしたとの穿った見方もあるが)、オーナーの豊田章一郎名誉会長が真っ青になり、6月23日に渡辺捷昭社長が副会長に退いて創業者一族の豊田章夫副社長が新社長に昇格した。この時、豊田章一郎名誉会長は同社の幹部たちの前で張冨士夫会長と渡辺前社長(新副会長)に対し、拡大路線でGMを超えて世界一の自動車会社に成長させてきたとはいえ、それまでの拡大路線を諌めている。これに対し、奥田相談役は積極的に世界中に工場を建設して生産設備を増強していくのではなく、慎重に対処すべきだと述べていた。トヨタ自動車は初の経常赤字に転落したが、少なくとも結果論からは相談役の主張が正しかったことになる。

しかし、一族の章夫現社長以外にも張会長、渡辺副会長はオーナーの豊田章一郎名誉会長の直系であるのに対し、奥田相談役はそうではない。ところが、この相談役が日本経団連の前会長であり、現在でも御手洗冨士夫現会長(キャノン会長)の背後で院政を行っていることで財界のトップに君臨していることから、オーナー名誉会長としては非常に“邪魔な存在”となっている。これに対し、奥田相談役は労働組合を守ることで豊田宗家と対立する構図になっている。

相談役はジェイ・ロックフェラー上院議員とつながっていたので、密かに以前から小沢民主党新幹事長を支援していた。幹事長の財界での支援者の大物は京セラの稲盛和夫名誉会長だが、それよりは奥田相談役の方がより実力者として大きな影響を及ぼしていた可能性もある。

2009年3月2日にキャノンの工場建設をめぐり大分県のコンサルタント会社大光の社長が逮捕されたが、これは自民党や警察官僚が小沢民主党政権(当時代表)の成立を阻止するため、御手洗現経団連会長を通じてその背後の奥田前会長に打撃を与えることに狙いがあったのだろう。

このため、今回成立した「鳩山-トヨタ(-松下)政権」は鳩山首相と小沢幹事長の二重権力状態だと揶揄されたり批判されているが、実際には幹事長が最高権力者以外の何物でもなく、そうした二重権力などと評している向きは見当違いも甚だしい。

官僚勢力にしても米国にしても、またその手先と化している米国べったり派の言論人たちの間でも、本当に怖いのは小沢幹事長だけであろう。

大光の社長が逮捕された翌3日に西松建設をめぐる献金事件で小沢代表(当時)の第一秘書が逮捕されたが、この時にナイ元米国防次官補の指示を受けたと思われる検察官僚は小沢代表自身を逮捕できなかった。その後も小沢代表が5月11日に代表職からの辞任を表明すると、岡田克也副代表(当時、現外相)をフィリピンに連れ出して説得して民主党代表選挙に出馬させたが、16日に行われた代表選挙で鳩山幹事長(当時、現代表兼首相)に敗れてしまった。

これにより、米国の対日工作班は、ある意味“タオルを投げた状態”になっており、小沢新幹事長はいよいよ権力者としての怖い顔を見せていくことになるはずだ。



一方、大敗した自民党は、一転、大変厳しい状況に立たされている。

自民党は企業献金が厳しく規制された(これは自分で自分の首を絞めてきたのだが、)こともあって巨大な債務を抱えており、永田町の党本部の建物の土地は国有地なので担保に差し入れることができないことから、銀行から融資を受けるには歴代の幹事長や経理局長が個人的に債務保証をしてきた。このため、幹事長という要職は選挙資金の配分を握ることで党内では実質的には総裁以上に強大な権限を握ることができるにもかかわらず、あまり、不人気なポストになってしまった。自民党では、これまでは党の収入の3分の2ほどを政党交付金が占めてきたが、今回の総選挙で大敗して議席数が300議席から119議席に激減してしまったので、今後受け取れる交付金も大幅に減少する。07年末の銀行からの融資残63億円のうち、国有化されたりそなグループが33億円と半分超を占めており、おそらく、いまでは40億円程度に達していると推測することができる。自民党としては同グループをめぐる国有化問題が最大の“アキレス腱”だったのであり、その実態を暴こうとした植草一秀元早大大学院教授が痴漢事件で陥れられたのも大いに納得のいくところである。

来年の参議院選挙に再び、自民党が惨敗して自民党という政党自体はなくなったとしても、地方の富裕層や資産家、企業経営者の利害を代弁する保守政党は絶対に存在するべきであろう。それがどのように成立するかは、現時点では全くわからない。

いずれにせよ、「小沢革命」が一段落して保守政権に回帰するときは、必ずやってくる。その時は、もし、自民党が残っているとすれば、石破茂前農相が米国の防衛産業の意向を受けて政権運営を担っていく可能性もまだ、残ってはいる。



すでに述べたように、野党になった自民党は28日に行われた総裁選挙で谷垣禎一元財務相が圧勝して新総裁に就任した。新総裁は以前には加藤紘一元幹事長の“片腕”だったのであり、00年11月20日の「加藤の乱」により宏池会が分裂した際には加藤派に残ったものの、その後、森喜朗首相(当時)や当時、最高実力者だった野中広務元幹事長の直系で宏池会から分かれた古賀誠前選挙対策委員長に“詫びを入れて”生き残った経緯がある。

宏池会は吉田茂元首相の系譜として池田勇人、大平正芳、鈴木善幸、宮沢喜一と歴代首相を輩出した名門派閥だが、「公家集団」と揶揄されるように極めて政局には弱かった。

旧田中・竹下・橋本派と旧福田・森派との政局争いのなかで埋没してしまい、かつての河野洋平前衆院議長の例に見られるように、総裁になっても首相にはなれな買ったケースもある。今回、谷垣新総裁が担がれたのも、現時点で総裁に就任すると首相になれないから押し上げられたともいえる。8月30日の総選挙では出馬した京都5区で民主党候補者に終始リードされていることが伝えられながら、終盤に逆転して当選したあたり、何らかの理由があったのかもしれない。

そうだとすれば、最初から自民党有力者が次期総裁に谷垣元財務相を担ごうとしていたことがうかがえる。小選挙区で落選して比例で復活当選して戻ってきた“傷だらけ”の政治家には、総裁職を任せられないからだ。

そもそも、今回の選挙戦では直前の予想では民主党が320~330議席に達し、自民党は100議席を割るとの見方が有力だったが、実際には民主党が308議席に、自民党も119議席にとどまった。冷酷な計算をしている選挙分析のプロたちが不可解な見解を示していたのも気になる。マスコミに出てくる解説委員の間では「実際に投票するにあたり、有権者の間であまりに自民党大敗の予想が伝えられていたので“判官びいき”の雰囲気になった」などと、説得力に欠ける見解を述べる向きが多かった。小選挙区では谷垣新総裁の他にも、神奈川2区では菅義偉前選挙対策副委員長が同様に終始リードされながら、終盤に不自然な逆転劇で当選している。

小選挙区で落選して比例で復活した政治家が70人ほどに達したのも不可解である。おそらく、民主党側の小沢幹事長との談合のうえで、何らかの細工が行われたことも考えられる。小沢氏としても、あまりに勝ち過ぎるのは良くないとして自民党側と妥協が成立した可能性も否定できない。



ところで、小沢氏の主張する「政治主導」によって何が変わっていくのだろうか。



まず、国土交通省管轄の建設官僚は道路利権を通じて旧橋本派や創価学会と癒着しているので、民主党としてもそれほど強力に攻撃することはできない。(ダム工事が取りあえず凍結されたが、復活の可能性もかなりあるのではないか)また経産省(通産官僚)は昔から「日の丸官僚」と呼ばれていたように大企業の利害に沿って動いており、国益を害する存在ではないので問題はない。それ以外に厚生官僚に対しては、金融官僚とともに国民の大事な年金をリーマン・ブラザーズやモルガン・スタンレーといった外資系投資銀行に運用を委託し、その多くが失われている責任をどのように取らせるかが最大の焦点である。

そこで、「ミスター年金」の異名をとる長妻昭新厚労相の手腕が試されることになる。年金の資金は米国でファニーメイ(米連邦住宅抵当公社)やフレディマック(米連邦住宅貸付抵当公社)が発行した機関債や、両公社が保証している住宅ローン担保証券(RMBS)やそれを組み込んだ仕組み債の証券化商品に多く投資されていたことで、80兆円ほどが消失していると推測される。この事実をいずれは国民に対して明らかにしなければならない。そのことが、民主党政権に大きな危機をもたらす可能性も否定できない。



旧内務官僚の系譜を引く総務省は通信行政における電波利権や、旧郵政官僚の利権である郵便貯金や簡易保険の資金を握っている。特に後者に対しては、かねがね国民新党が郵政改革の見直しを主張していたこともあり、亀井静香新郵政・金融担当相(同党代表)が“切り込み隊長”として、国民に対する“約束”として郵政民営化の見直しに取り組むことになる。亀井氏はあの「チェ・ゲバラ」の肖像を自分の事務所に掲げて張り切っているらしい。

マニフェストでは、自由化は認めるものの、株式公開を凍結することで民営化はしないとしており、民主党としても完全に元に戻すことはできないと考えている。このため、亀井新郵政担当相としては民主党の原口一博新総務相と折り合いをつけて推進していくことになるのだろう。米国の意向を受けて郵政民営化を推進した張本人である竹中平蔵元総務相が逮捕されるかどうかが密かに話題になっているようだが、すでに国民新党が刑事告訴していることもあり、逮捕される可能性も十分ある。その子分として手足となって動いていた木村剛フィナンシャル社長も、設立した日本振興銀行が潰されたうえで逮捕されるのではないか。おそらく、植草氏が指摘していたりそな銀行を国有化した際に、2兆3,000億円もの公的資金を拠出した際の株式操作疑惑がその直接的な容疑になるのだろう。



現実に米国への資金拠出の流れを変える上で、いかに財務官僚をコントロールするかがなんといっても大きな焦点になる。

財務省には米国への資金還流を推進するうえで国際金融局と主計局の二つのルートがある。このうち、国際金融局については2月14日のローマでの先進7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議の際に、反米的な中川昭一財務相(当時)に愛人の読売新聞女性記者を使って薬を漏らせて陥れた玉木林太郎財務官を更迭できるかが焦点である。

藤井裕久新財務相が特別顧問に迎えた行天豊雄国際通貨研究所理事長が、お調子者の榊原英資早大インド経済研究所所長と同じく外貨準備の米ドル一辺倒での運用の見直しを示唆している。両人とも国際金融局長、財務官の経験者であり“先輩”に当たるが、現状のままでの運用を主張している現役財務官玉木氏と対立している。

最近、24日の日米財務相会談で、藤井新財務相がティモシー・ガイトナー財務長官に対して円高になっても円売り・ドル買い介入を実施することに反対を表明したが、これはかつて、介入も辞さない姿勢を示した玉木氏の路線とは一線を画す。

ドル買い介入をするということは、自然に外貨準備に積み上げられて米国債で運用することになるので、金融危機や財政赤字に苦しむ米国を自動的に助けることになるからだ。

主計局のルートについては、この勢力を切り崩していくとすれば、当面は丹呉泰健)事務次官の更迭を諮っていくことになる。とはいえ、それだけで済ませてしまえば、武藤敏郎現大和総研理事長(元同省事務次官、前日銀副総裁)、坂篤郎現日本損害保険協会副会長(前内閣官房副長官補)と並び、斎藤次郎現東京金融取引所社長(元同省事務次官)直系の系列として日本の財政を取り仕切ってきた勝 栄二郎主計局長が事務次官に昇格するだけである。それでは、官僚権力の最高峰である旧大蔵・財務官僚の中核部門である主計局の勢力を変えることはとてもできない。もしかしたら、主計局ルートの財務官僚は最初から現事務次官が更迭されるのを織り込んでいる可能性があり、だとすれば二代続けて事務次官を更迭していかなければこの勢力を切り崩すことはできないはずだ。

ただ今回、新財務相に藤井元蔵相を再び就けたということは、財務主計局のルートには直接手を付けないことになったのかもしれない。勿論、新財務相に首を斬らせる“介錯人”の係をさせることにした可能性もなくはないが、この藤井新財務相は「ウサギ追いし、かの山~」という歌を、自身の後輩である20歳代から30歳代の若い財務官僚を相手に歌って聞かせる人物であるので、そうした人柄を考えるとなだめすかせることにした可能性も高い。ただ“腹を切らせる”ことでなだめることも、当然ながら考えられなくもない。

ただ、やはり重要なのは副首相や政調会長を兼務することになった菅直人新国家戦略担当相である。すでに各省庁の事務次官や局長クラスを呼びつけて、7月28日に公表された民主党のマニフェストを示しながら、それに沿った政策を進めるのかどうか迫ったのではないか。このマニフェストは国民の信託を受けて成立したものだから、これに従って各自の持分においては自らの仕事として忠実に実行するかどうかを聞いたはずだ。それに対して躊躇したり、嫌がったりした向きに対してははっきりと辞めていただくと言っているらしい。

内閣が成立する直前からすでに官僚の抵抗を切り崩す仕事に携わっており、これが“切り込み隊長”としての菅新国家戦略相の役割であり、小沢幹事長の意向に沿って動いている。さらに、100人もの民主党の若手政治家を各省庁の大臣、副大臣、政務官以外のところにまで送り込めるか、そしてそれが機能するのかが次の課題になってくるだろう。



今回の総選挙では民主党は比例での単独当選が59人いたが、この中に小沢幹事長直系が30人ほどを占めている。比例区では東京の川島智太郎衆院議員が、小選挙区当選組でも神奈川18区の樋高剛議員や北海道11区で中川昭一元財務相を破った石川知裕議員といった新人議員は小沢幹事長の家で15年ほど書生をやって苦労して修行した経験があり、料理以外は靴磨きから庭掃除まですべてやっていたという。

これは竹下登元首相を筆頭に海部俊樹、小渕恵三、森喜朗各元首相や青木幹雄前参院議員会長を輩出したことで有名な早大雄弁会から分裂した一派である「鳳志会」から成っている新政党青年部に所属している政治家たちだ。今回の選挙戦ではとくに事務所を構えることもなく、「小沢ガールズを」と呼ばれた新人女性候補たちを横で育てていたが、こうした若手政治家たちが議員になってきた。

また、小沢幹事長の系列でありながら労働組合上がりであり、「民主党農林族」といわれている勢力もある。中心になっているのは北海道12区選出の松木謙公常任幹事であり、戦前戦後で労働組合より強かったといわれる小作争議の伝統を引いている北海道農民同盟の系譜だ。それ以外にも新潟6区の筒井信隆農林水産委員会委員長、長野1区の篠原孝政策調査副会長といった政治家から構成されており、農民利権を守っているため、状況によっては自民党の集票基盤であるはずの農業協同組合(農協)と共同歩調を取りやすい。

この勢力はマニフェストを作成する際に、農協団体の上部機構である全国農業協同組合中央会(全中)の意向を受けて、関税が撤廃されると農業補助金が出なくなってしまい、国内のコメの値段の10分の1程度のタイ米が流入してくるのを防ぐため、FTA(自由貿易協定)の締結に向けたニュアンスを弱めるように働きかけた。実際に8月上旬に東京で大規模な反対集会を開いて圧力をかけた。これに対し、関税を撤廃するのは世界的な流れであり、それに抗することは許されるものではなく、菅新国家戦略担当相が率いていた政策調査会がこれに反対した。

両者の対立は、小沢幹事長が“鶴の一声”で「農協が既得権益を守ろうとしているだけ。相手にするな」と一喝したことで、この勢力による反対運動は一気に衰えた経緯がある。いうまでもなく、こうした農業団体からの保護主義的な動きについては産業界が嫌っているため、奥田前経団連会長が幹事長に働きかけたのだろう。

いずれにせよ、これにより全中を中心とする農協の動きが封じられたことで、この勢力に対する攻撃が一気に強まることになった。民主党は農家に対して個別所得保障政策を打ち出したが、これは農民への支持を集めるだけでなく、自民党の集表基盤であり、農水官僚の天下り先をも提供している農協潰しである。この政策は農産品を50万円以上出荷している人を農民と規定し、この人たちに個別に現金を渡すというものだ。自民党が農家を支援する政策を打ち出すとどうしても農協を経由して補助金を支給することになる。しかし、それでは農協が手数料を徴収してしまい、またその農協に多額の借金を抱えている農民が多いため、実際には資金が行き渡らないことが多い。これに対し、小沢幹事長主導で貧しい農民に直接資金を提供する政策を打ち出したことで、地方では圧倒的に民主党が人気を得ることになったわけだ。



ところで、この個別所得保障は世界的な貿易自由化の流れに反しないのだという。世界的な潮流は関税撤廃に加えて生産者への補助金の支給も非関税障壁として批判されているが、貧しい生産者に対して直接的に所得支援することは問題ではないという。またこの制度については、農水省の井出道雄事務次官がその実施を拒絶する姿勢を示していたが、赤松広隆新農相が就任するとその意向に従う姿勢を見せた。おそらく、菅新国家戦略相に民主党の政策に従うか、ポストを辞任するかを迫られてしぶしぶ屈服したのだろう。



また、民主党には「電波通信族」と呼ばれる勢力も存在している。中心になっているのはNTT労働組合出身で参院比例区の内藤正光選挙対策委員長代理であり、おそらく自民党の世耕弘成広報本部長代理とも良好な関係にあるのだろう。このNTT労組は民主党の支持母体である日本労働組合総連合会(連合)では日本郵政公社労働組合(旧全逓)に次ぐ大きな勢力だ。さらに参院京都府の松井孝治内閣委員会筆頭理事が京セラの稲盛名誉会長の直系の子分であり、同社やトヨタ自動車が出資しているKDDIの系列になるのでNTTに批判的な姿勢を示す傾向がある。かつて、強力に反NTTの姿勢を示していたのが愛知13区の嶋 聡前衆院議員(現ソフトバンク社長室長)であり、孫正義同社社長の意向を受けてNTT分割を強力に主張していた。しかし、郵政民営化をも唱えていたことから、NTT労組だけでなく郵政労組も圧力を強めたことで連合が推薦を出さなかったために先の総選挙では落選してしまった。それにより、NTT側が勝利したということなのだろう。



厚生労働省における郵政民営化問題以外の医療関連の「厚生族」については、参院大分県の安達信也副幹事長・政策調査副会長、大物議員である仙谷由人新行政刷新担当相、鳩山首相の側近である参院東京都の鈴木 寛政策調査副会長、同じく側近の松野頼久新官房副長官といった顔ぶれから構成されている。この勢力は舛添要一前厚労相が打ち出した混合診療への疑問を示し、自民党が医療の現場の危機を乗り越える姿勢を示したのを受け継いで医療行政担当の厚生官僚を押さえつける作業に取り掛かっているらしい。

法務省の警察・検察官僚に対しては、西松建設献金問題で小沢幹事長への攻撃に対する報復もあって強力な改革が推進されて不思議ではない。そこでは「検察審査会」が重要な役割を担うことになり、検察が不起訴にした事件について、その判断が疑問視された際に審査をし、「起訴相当」という判断を出すと検察は起訴しなければならなくなる。これに対し、検察側が起訴しないで「不起訴が当然である」という報告書を出すためには資料の提出が必要になり、いい加減な資料を出すと検察官たちの責任が問われることになる。強引に検察法による指揮権発動を行使するといろいろな問題が起こってくるので、こうした合法性を争うせめぎ合いを根気強く行って徐々に締め上げていく以外に妙案がない。

それでも、すでに警察官僚は守勢に立たされており、つい先日の14日には小沢現幹事長に対して西松建設事件で刑事事件を引き起こして正面から攻撃し、見事に敗北した漆間巌官房副長官(元警察庁長官)が辞任した。同じく、樋渡利秋検事総長も間もなく更迭されるか辞任させられるだろう。西松事件で陣頭指揮を取った佐久間達哉東京地方検察庁特捜部長や岩村修二検事正も責任をとらされるだろう。吉田正喜特捜副部長は意外にも上司の指示に素直に従わず、強制捜査に対して慎重な姿勢を見せていたという。このように、検察庁も小沢革命が自分たちに向かっていることを肌でひしひしと感じ始めているのではないか。

その過程で植草一秀氏の痴漢えん罪事件の真相究明に向けて特別委員会が開催されて実態が明らかになるにつれて、全国でどれほどの規模の人たちが痴漢事件でのえん罪ではめられていったかも明らかになるだろう。

例えばリクルートや日本生命保険で次期社長と呼び声が高かった人たちが、資産運用でこれ以上、米国債ならまだしも、機関債や仕組み債の購入を要請されたにもかかわらず拒絶したことから、電車内で痴漢事件を引き起こされてはめられてしまい、人生を棒に振っている事例が見受けられる。



それ以外に民主党政権は国税庁と社会保険庁を統合して「歳入庁」を設立する路線を打ち出しているのも大胆な改革であり、まさに「革命」と呼ぶに相応しいといえる。ただ、米国への資金還流や金融行政で大きな役割を担ってきた金融庁に対する改革がどのようなものになるか、まだ、まだその方向性が見えてこない。



親米派外務官僚に対しては、01年1月に発覚した機密費流用事件がどのように暴かれていくかが焦点になるだろう。衆院外務委員長に就任した鈴木宗男新党大地代表や田中真紀子元外相がどのような働きを見せるかが見どころだろう。鈴木新委員長は当時、田中元外相が徹底的に究明しようとする姿勢を見せたことに対して反対したが、元外相の姿勢は正しかったと今になって述べている。この問題が明るみになると大きな衝撃をもたらさずにはおかないことがうかがわれる。

ただ、インド洋給油継続を鳩山政権が拒否する姿勢を見せていることについて、米国防総省のジェフ・モレル報道官が継続を求めたのに対し、藤崎一郎駐米大使が「日米間は報道官を通じてやり取りする関係ではない」と述べて懸念を表明した。報道官を通して継続を要請されたということは大使の“顔に泥を塗られた”ことになるので当然の行動といえるが、民主党政権に対して従順な態度に転換しつつあるということかもしれない。



おそらく、来年の参議院選挙で自民党が敗北すれば、自民党という政党は危機的状況=解党的状況になるだろう。危機感の無さがそう言った状況を招くことが濃厚な現在から、予想できるのは、政界再編は、民主党の小沢一郎氏による民主党を割る形で実現するという可能性が極めて高いということではないか。



*参考資料 田中良紹の「国会探検}より



「農協の歴史的転換」



10月8日に開かれた農協グループの全国大会で、長年続いてきた自民党との関係を見直す特別決議が採択された。自民党の長期政権を支えてきた農協が自民党支持を見直す事は戦後日本の構造が大きく変わる事を意味している。



戦後日本の構造とは、戦時中に作られた「国家総動員態勢」に民主主義の衣をまとわせ、官僚が主導する計画経済を自民党と財界とが一体となって推進する仕組みである。「国家総動員態勢」では戦争遂行のためにあらゆる産業を政府の統制下に置く必要があり、そのため業界毎に「統制会」という組織が作られた。「統制会」はあくまでも業界が自主的に作るものだが、実態は政府による上意下達の道具である。

その「統制会」が戦後名前を変えて復活したのが「経団連」と「農協」である。「経団連」は製造業とサービス業に霞ヶ関の産業政策を浸透させる役割を果たし、「農協」は農業への保護政策を要求する組織として農家を自民党の票田に組み込んだ。

日本を占領したGHQは農地改革の延長で当初は行政から独立した欧米型の協同組合を作ろうとしたが、食糧難の時代であり食糧を管理・統制する必要があった。そのため戦前の統制団体「農業会」を「農協」に作り替えた。こうして昭和23年に「農協」が生まれた。

戦後の日本経済の進路を決めたのは冷戦である。1949年、アジアに共産主義の中国が生まれ、翌年朝鮮半島で中国、ソ連に後押しされた北朝鮮と韓国との戦争が勃発した。アメリカは朝鮮半島の共産主義化を阻止するため日本を出撃と補給の基地にする必要があった。日米安保条約を結んで日本に米軍基地を置き、一方で日本の工業力を復活させて戦争の補給に備えた。

こうして日本は工業による経済復興を目指すことになった。官僚は工業製品を海外に輸出して外貨を稼ぐシナリオを描き、日本は貿易立国として戦後をスタートさせた。その裏側で農業は保護を要する衰退産業にさせられた。農家を自立させる農業政策ではなく、鉄道や道路を建設する公共事業が地方振興の柱となり、その恩恵が農家にばらまかれた。また海外からの農産品輸入阻止、政府によるコメの買い上げなどの保護政策が主要な農業政策となった。税制でも農家は都市のサラリーマンより優遇された。

それらの優遇策を中央から運んで来るのが与党の政治家、すなわち自民党議員の役割である。こうして農村は自民党の票田となり自民党の力の源泉となった。一方で官僚にとって上意下達を可能にする農協は極めて便利である。従って農協には様々な特権が与えられた。農民から預金を集めて金融事業を行っても、他の金融機関とは異なり様々な事業分野に進出して多角的な経営を行う事が認められた。こうして組合員数500万人を越える農協は農水省の下部組織であると同時に、経団連と並ぶ自民党の一大支持母体として勢力を誇示してきた。

8月の衆議院選挙で農協はこれまで以上に自民党支持の立場を鮮明にし、民主党に敵対的な姿勢を取った。民主党がマニフェストに「アメリカとの自由貿易協定」を盛り込んだからである。「アメリカとの自由貿易協定で安いコメが輸入されれば日本農業は壊滅する」と自民党の候補者達は訴え、農協も反民主党キャンペーンを張った。自民党候補者の選挙事務所を訪れると、中心となって選挙を支えていたのは農協の政治団体「農政連」のメンバーである。

しかし農協が反民主党を叫んだ本当の理由は別にある。民主党がマニフェストに掲げた「農家への戸別所得補償」こそ農協にとって許す事の出来ない政策であった。農協は自民党と官僚が作り出した農家支配の道具であるから、農家の保護政策は全て農協を通して分配された。ところが民主党の「戸別所得補償」は政府が直接農家に金を配る仕組みで農協が入り込む余地がない。そこに民主党の政策のキーポイントがある。

「子育て支援」もそうだが、民主党の政策は企業や業界団体などの既得権益を通さずに直接国民に税金の一部を返還するところにミソがある。私は以前「民主党の政策をバラマキと言うが、これは一種の政策減税でアメリカのレーガノミクスに似ている」と書いたが、官僚支配の構造から生まれた既得権益を破壊する政策なのである。その事に農協は気付いて恐怖した。そして「アメリカの自由貿易協定反対」を叫ぶ方が農家の賛同を得やすいと考えて民主党を揺さぶった。

これに民主党が動揺した。慌ててマニフェストの見直しに言及し、「自由貿易協定の締結」を「自由貿易協定の交渉促進」とトーンダウンさせた。農協の影響力で農村票が減る事を怖れたのである。すると怒ったのが当時の小沢代表代行である。選挙も終盤の8月25日、「我々はどのような状況になっても生産者が生産できる制度を作る。何の心配もない。現在、中央の農協、農業団体は官僚化している。相手にする必要はない」と言い切った。おそらく農協の方が震え上がったに違いない。私はこの一言で「勝負あった!」と思った。

選挙の大勢は「政権交代確実」という時期である。そうでなくとも建設業界など政権与党につかなければ生きて行けない業界は自民党支援から距離を置いていた。その中で農協だけが突出して自民党に肩入れしていた。だからこそ農協は民主党を脅せると思っていた。民主党が言うことを聞けば自民党支援の手を緩めても良いぞというサインである。組合員数500万を越える農協には自信があった。ところが小沢氏は脅しに屈しない。それどころか「官僚と同じだから相手にする必要ない」と言った。それが本気なら政権交代後に農協は無力化される恐れがある。これを聞いて農協は自民党支援の力が抜けると私は思った。まさしく「勝負あった!」である。

そして農協は全国大会で自民党支持を見直し、政党との関係を「全方位」としながら、政権与党である民主党との関係強化に踏み出す姿勢を打ち出した。だからこれは歴史的転換なのである。経団連と並んで戦後日本の構造を形作ってきた大組織が今後どうなるかは知らないが、戦後体制は確実に変化していくことになる。

自民党にとって最大の拠り所であった支持母体が離れた。参議院選挙に自民党公認で候補者を送り込んできた各種団体が次々自民党から離れて行く。その変化に自民党はどう対応するのか。参議院選挙までもう10ヶ月しかない。

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