8月に考えること(再掲)

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8月 012013

*三年前のレポートです。(再掲します。)

「日本のあまりにも長い戦後はいつ終わるのか」

10年に一度と言われる暑い夏の8月が始まった。

終戦記念日の8月15日を含むこの月に戦争や戦後史に思いを馳せることにはそれなりの意味があるのではないだろうか。



ところで、「龍馬伝」というNHKの大河ドラマが人気のようである。

国民作家と呼ばれた司馬遼太郎氏が「竜馬がゆく」という小説を産経新聞に連載したのが、1962年から1966年、日本経済が奇跡の高度成長を始めた東京オリンピックを挟んだ時代であった。司馬氏の作品は、高度成長する、躍動する日本に相応しい読む者を元気づける素晴らしい大衆小説であった。ところで、小説というのは、作家による一つの小さな説に過ぎないのであって、勘違いする人々が多いが歴史ではない。

2010年の日本人としても、ドラマや小説のような龍馬が本当に歴史上の実像だったと信じたい処だが、これから、日本が本当に独立自尊の国なるためには、それはあまりにも拙いことだと言わなければならない。アヘン貿易で大儲けした「ジャーディン・マセソン商会」がグラバーという男を通して、坂本龍馬や長州、薩摩の藩士をサポート、操縦していたのであり、そこには、フリーメンソンという国家を超えた組織を通じて世界経済を牛耳りつつあった人々の意向が見事に反映されていると冷徹に見るべきであろう。



多くの従業員の明日を預かる経営者、子ども達の未来に関与する教師、国、地方の未来を決める立場にある政治家と称する人々ぐらいは、もう少しほんとうの事を知るべき時期にいよいよ日本も入ったと思われる。



ところで、「美味しんぼ」という人気漫画の原作者雁屋 哲氏が、「美味しんぼ日記」というブログに興味深い記事を書いている。過激な表現を故意にする人なので、文書表現等に問題があるかもしれないが、取りあえず、そのまま引用する。(長文のため、編集)

(以下引用)~中略~



私は、鳩山由紀夫氏は善意の人だったと思う。 ただ、辺野古問題は、上に書いた、竹の子みたいな物だったのではないか。氏は、掘ろうと思えば掘れると思った。ところが、どっこい、地下の根は複雑に入り組んでいて、しかも強力で、魑魅魍魎も跋扈していて、とても掘れない。私たちの場合は、悪戦苦闘の末に、竹の子を掘り出すことは出来たが、氏は出来なかった。長濱義和さんの使ったような、兇悪な竹の根も断ちきることの出来る刃の長いクワを鳩山由紀夫氏は持っていなかった。

氏を妨げた物は、端的に言えば、アメリカが日本の社会に張り巡らした醜悪な竹の根である。アメリカは日本中に根を張っていて、日本人がちょっと形の良い竹の子を掘ろうとすると邪魔をする。ときには、掘ろうとした人間の社会的生命を葬ってしまう。今回も、鳩山由紀夫氏はアメリカの張り巡らした節だらけの根に掴まって負けた。氏は、次の総選挙にも出馬しないという。実質的に政治家生命は絶たれてしまった。アメリカに逆らうとこうなると言うことが分かって、今度首相になった菅直人氏は勿論、これから誰が総理大臣になっても、沖縄に限らず日本の在日米軍基地に対して文句を言うことはないだろう。

話を続ける前に、今までに書いたことの中で、事実関係をきちんと示していない部分があったので、そこを補足する。まず5月4日に書いた昭和天皇と沖縄の問題である。

敗戦後、昭和天皇の御用掛を勤めた寺崎英成という人物がいる。

その寺崎英成の残した「昭和天皇独白録」が1990年に発見され、それを文藝春秋社が発表し、当時大きな反響を巻き起こした。「昭和天皇独白録」については、さまざまな研究書が出ている。

結果として、「昭和天皇独白録」は昭和天皇による自己弁護の書である。当時の連合軍司令官マッカーサーは、天皇を日本支配の道具として使いたいと考えていた。

じつはこれは、マッカーサー個人の考えではない。加藤哲郎・一橋大学教授が米国国立公文書館で発見した機密文書「Japan Plan」という物がある。

下記のページに、教授の詳しい記述が記載されているのでお読み頂きたい。

http://homepage3.nifty.com/katote/JapanPlan.html

これは、1942年6月3日の日付で作られた物である。



この中で、アメリカは既に戦後日本をどう取り扱うか構想を立てていた。その構想とは、戦後、「天皇を平和の象徴として利用する」という戦略だった。1942年6月と言えば、真珠湾攻撃からまだ半年しか経っていない。その時期に、すでにアメリカは戦後の日本の取り扱いについての構想を立てていたのだ。それも、思いこみによる構想ではない。日本を良く研究した上で、日本国民をどう取り扱えば占領政策が上手く行くか、論じているのである。日本の指導者たちが、悠久の大義に生きるとか、皇道精神などと、現実離れしたことを譫言のようにいっている時に、アメリカは戦後の計画を、冷静緻密冷徹に計画を立てていたのである。自分たちが勝つことを当然と考えている。これだけ頭の程度に差があっては、戦争に勝てる訳がない。

当時の日本の指導者たちは、アメリカの指導者たちに比べると、正に精神年齢12歳の子供同然であったことが、この文書を読むと痛感させられて、実に悲しくなる。

アメリカは最初から天皇を傀儡として使うつもりだったから、「東京裁判」に引っ張り出されて有罪にされたら困る。昭和天皇に戦争責任がない形にする必要がある。

そこで、寺崎英成がアメリカ側の意を体して、同時に昭和天皇自身が欲した保身のための術として作り上げたのが「昭和天皇独白録」である。天皇が東京裁判に引き出されるのを防ぐのが目的の弁明書だから、一般の目に触れることはなかった。

その「昭和天皇独白録」は1991年に、文藝春秋社から、半藤一利氏の解説を付けて発売された。同書には「寺崎英成・御用掛日記」も加えられた。これは、寺崎英成の残した1945年8月15日から、1948年2月15日までの日記である。

その1947年9月19日の記録に、次のような一文がある。

「シーボルトに会ふ 沖縄の話 元帥に今日話すべしと云ふ 余の意見を聞けり 平和条約にいれず 日米間の条約にすべし」

これだけでは何のことだか分からないが、1979年にアメリカの公文書館で発見された文書が、一体それがどう言うことだったのか示した。この文書は沖縄公文書館がそのコピーを入手し、以下のホームページで公開しているので、一度見て頂きたい。

http://www.archives.pref.okinawa.jp/collection/2008/03/post-21.html

そのページを開くと、その文書の内容についての簡単な説明があり、最後にPDF画像(2頁)と書かれている。そこをクリックすると、原文のコピーが出て来る。

これは、マッカーサーの政治顧問のSebaldが、1947年9月20日づけで当時の国務長官マーシャルに宛てた手紙で、寺崎英成が、マッカーサーに伝えた天皇の言葉を報告した物である。寺崎が伝えた天皇の言葉は、大略すれば次の通りである。

天皇はアメリが、沖縄と琉球諸島の軍事的占領を続けることを望む。

天皇は、アメリカの沖縄(必要であれば他の島々も)の軍事的占領は、主権は日本のままで、25年から50年またはそれ以上の長期リースの形で行われるのが良いと言った。

寺崎氏は、アメリが沖縄とその他の島々を、軍事的基地として獲得する権利は、日本とアメリカ二国間の条約とするべきで、連合国との平和条約の一部とするべきでない、と言った。(主語は寺崎氏となっているが、この文書の性格として天皇の言葉を伝える物だから、この言葉も天皇の物と考えるのが自然だろう)このような一次資料を基にして、私は5月4日の日記の中で、沖縄をアメリカの基地にしたのは昭和天皇である、と書いたのだ。無責任な憶測でも、噂話の又聞きで書いたのでもない。

事実が文書としてこうして残っていて、みんなが良く知っているのに、みんなが、言わないようにしている。正しい事実を公に論じることをしない日本という国は、不思議な国なのだ。天皇が、戦争犯罪に問われなかったのは、戦争は天皇が自分の意志で始めたのではなかったからだという理由による物ではなかったか。それを主張する物が「昭和天皇独白録」である。

戦争犯罪を問われそうになると、自分は立憲君主だから部下の言う事を認可してきただけで、主体的に戦争を指導したのではないと言った昭和天皇が、戦争が負けたら相手の国の元帥に、沖縄をずっと占領していてくれなど主体的に言う。こう言うことが許されるのだから、日本は不思議な国だ。

米軍が沖縄を占領し続けることを天皇が主体的にアメリカに頼んでいるのである。

具合が悪いと、それは部下がしたことで自分は知らないと云い、自分の命に関わってくるところになると相手の元帥に自分の国を民ごと切り渡して与える。

しかも、他の国にはやらない、君だけにやるんだから、後はよろしく頼むよ、と言う。先に挙げた「昭和天皇独白録」「寺崎英成御用掛日記」(文藝春秋社刊)の259ページに、秦郁彦教授が、マッカーサー記念館の「総司令官ファイル」の中から発掘した文書として、寺崎英成と思われる政府高官が伝えた天皇の言葉が記されている。

それによると

「(前略)日本人の国民性には美点も多いが欠陥もあるから、占領は長期間つづくほうが望ましいと、陛下は感じている」

昭和天皇自らが、アメリカの支配を望むと仰言られたのだ。どうして、下々の人間が天皇陛下のお言葉に反することが出来ようか。その陛下の有り難い大御心を奉じたてまつって、アメリカは日本占領をいまだに続け、以来ずっと日本はアメリカの奴隷であり続けているのである。~中略~



ところで、1945年8月15日までの昭和天皇は、元帥帽をかぶり、いかめしい天皇服を着て、白馬にまたがって、皇軍を率いていた大元帥の勇ましい姿だった。

戦争当時、昭和天皇の側近を務めた木戸幸一の記した「木戸幸一日記」という物がある。公共図書館に行けば置いてあるから読んで欲しい。

その中には、昭和天皇の生々しい言動が記録されている。木戸幸一日記に寄れば、昭和天皇は、対米開戦を決める前に、海軍や陸軍の指導者の話を何度も何度も、聞いた後に

「海軍大臣、総長に、先ほどの件を尋ねたるに、何れも相当の確信を以て奉答せる故、予定の通りに進むる様首相に伝へよ」と言っている。

昭和天皇は、アメリカとの戦争を始める前にさんざん検討を重ねているのである。

それは、勝つか、負けるか、の検討であって、戦争の善悪の検討ではない。

戦前の昭和天皇は操り人形ではなかった。(同じ人間が、戦後には、アメリカの傀儡、操り人形になったのだが、戦争を始める時点では、人形ではなく自分の意志で動いていた) 同じ、「木戸幸一日記」の1942年(昭和17年)2月16日に、次の記述がある、(日本がシンガポールを陥落させた直後のことである)

「シンガポール陥落につき祝辞を呈す。

陛下には、シンガポール陥落を聴こし召され(お聞きになって)、天機殊の外麗しく(天皇の機嫌は大変に良かった)、次々赫々たる戦果の挙がるについても、木戸には度々云う様だけれど、全く最初に慎重に充分研究したからだとつくづく思ふと仰せあり。誠に感泣す。(これまでに充分研究して戦争を始めたんだから、勝つのは当たり前だ、と天皇は言ったのだ。それに対して、木戸は感動して泣いた)」とある。



もうひとつ、木戸幸一日記から。

1942年3月9日、前々日に、日本軍がインドネシア、ビルマを陥れたという知らせを聞いて、

「(前略)竜顔(天皇の顔のことをこう言う)殊の外麗しくにこにこと遊ばされ『あまり戦果が早く上がりすぎるよ』との仰せあり。」

もう一つ。

1942年6月8日、ミッドウェーでの敗戦を聴いた後で、

「今回の損害は誠に残念であるが、軍令部総長には之により士気の阻喪を来さざる様に注意せよ。尚、今後の作戦消極退嬰とならざる様にせよと命じ置いたとのお話しあり。英邁なる御資質を今目の当たり景仰し奉り、真に皇国日本の有り難さを痛感せり」

もともと、この「昭和天皇独白録」は、昭和天皇を戦争犯罪人にせずに、傀儡として戦後の日本を支配したいというアメリカの意志の元に作られた物だ。こう言うアメリカの工作のお陰で、昭和天皇は戦争責任を問われることなく「平和を愛する天皇」として、歴代天皇としてはまれな長寿まで生き続けたのだ。

昭和天皇が、まず、自分自身を立憲君主国天皇と言いながら、その範囲を自分で超えて、「沖縄をアメリカの基地にしろ」「日本も出来るだけ長く占領を続けろ」と言った。こう言う時の天皇の言葉の力は大きいらしく、いまだに、天皇の言葉のままだ。

日本全体のアメリカの隷属化の第一は昭和天皇の言葉による物であることは明らかになった。言葉は力である。

昭和天皇は、当時は非常なる権力者であったから、昭和天皇の言葉はそのまま強力な力となった。



では、次に日本をアメリカに隷属し奴隷となることを推進したのは誰か。それは、過去半世紀にわたって日本を支配してきた「自民党」である。

2007年にニューヨーク・タイムズの記者ティム・ワイナーが「Legacy of Ashes. The History of the CIA」という本を出版した。「Legacy」とは遺産のこと。

「Legacy of Ashes」で「灰の遺産」と言うことになる。



これは、もともと、アイゼンハウワー大統領の言葉だそうだが、どのような状況で何をさしていったのか、この本からだけでは分からない。しかし、戦争直後に言った言葉であり、戦後のヨーロッパやアメリカの各地のあの壊滅的状態を思い起こせば、そして、この本のあちこちの表現を見ればその意味は想像がつく。

あの当時のドイツと言えば、遺産としては灰しか残っていなかったのだから。

「The History of the CIA」という副題から推察すると、CIAから次世代のアメリカが(現代のアメリカのことである)受け継ぐのは戦後のヨーロッパのように「灰だけだ」と言うことになる。

ずいぶん、厳しい言葉だが、この本を読んでみると、この題名に納得がいく。



私たちは、CIAというと、大変に優れた諜報機関で、全世界にスパイ網を持ち、世界中の情報を収集し、と同時にアメリカにとって邪魔な国を倒すための陰謀を巧みに企んできた恐ろしくもあり強力な存在だと思ってきた。

ところが、この 「Legacy of Ashes」では、如何にCIAが無能で、情報機関としても陰謀機関としても、大きな失敗ばかり重ねてきたか暴いているのだ。

例えば、自発的にCIAのスパイになってくれたソ連での人々を、CIAがわのソ連のスパイが密告して全員殺された。レーガン大統領の時に、イランに武器を売り付け其の代金を中東で使うというイラン・コントラ事件が起こって、CIAも、中東での関係もめちゃくちゃにしてしまった。恐ろしく情報能力が低下して、ソ連の軍事能力を過信し、アフガニスタンに武器を大量に提供してソ連のアフガン侵攻を阻止しソ連を崩壊させる一助となったのはいいが、其の大量の武器が今アメリカを困らせている。大統領がCIAを信じないし、CIAも大統領を喜ばせることしか伝えない。CIAは大統領に嘘をつくのである。イラク戦争の時も、CIAは大量破壊兵器があると強調して戦争を始めたが、結局、全て偽の情報でイラクに大量破壊兵器はなかった。CIAの組織力はくずれ、世界中にいるCIAの人間は、ニューヨークのFBIの職員の数より少ない。  2004年にブッシュ大統領は、CIAのしていることは「just guessing」だといった。

「guess」とは推量とか、あて推量で言い当てる、と言う意味だ。要するに、CIAは「事実に基づいた判断ではなく、勝手に思いこみで言っているんだろう」、とブッシュは言ったのだ。これは、「Political death sentence(政治的死刑宣告)」だとワイナーは書いている。こんなことを今までに言った大統領はいない。

2005年に中央情報長官の職が廃止されたことでCIAがアメリカの政治の中心で果たしてきて役割は終わった。アメリカは、情報機関を立て直さなければならないが、遺産として目の前にあるは「Ashes」である。というのが、ワイナーのこの本に書いてあることだ。

実に恐ろしいくらい、愚かな失敗をCIAは繰返している。

CIAと言えば泣く子も黙る恐ろしい存在だと思い込んでいた私など、それじゃ、幽霊と思ってススキにおびえていたのか、と愕然となった。今まで、CIAとソ連の諜報機関との戦いを描いていたハリウッド製のスパイ映画は何だったのと言うことにもなる。なお、ワイナーによれば、ここに書いたものは、CIA、ホワイト・ハウス、連邦政府の55000以上の文書、2000以上の、アメリカ情報機関担当員、兵士たち、外交官たち、のオーラル・ヒストリー(自分の歴史的体験を口述したもの)、そして、1987年以来行われた、300以上の、CIAの職員、退役職員、(その中には10人の元長官も含まれている)に対して行われたインタビューを元にしている。

この文書は、全て実名の情報に基いている。出所を明らかにしない引用、匿名の情報、噂話の類は一切用いていない。この本はCIAの真実の全てを書いたものとは言えないかも知れないが、ここに書かれたことは全て真実である、とワイナーは述べている。

幸いなことにこの本が2008年に文藝春秋社によって日本語訳が出版されたので、日本人も容易に読めるようになった。(なお、文藝春秋社版の日本訳と私の持っているアメリカのAnchor Books版とでは、この第12章の内容が甚だしく違うところが多い。

文藝春秋社の編集部の解説によれば、文藝春秋社版の第12章の前半と、第46章は日本語版のために著者が追加執筆した物だという。他にも、Anchor Books版になくて、文藝春秋社版にある部分がある。結果として、本来は50章の本なのに、日本版にはおまけで1章付け加えられた。私は、アメリカのAnchor Books版を元にしていたので、危うくこの付け加えられた一章を見落とすところだったが、後で述べるように、1994年にワイナーによって書かれたNew York Timesの記事には、もっと厳しい内容が書かれているので、この付け加えられた章がなくとも、私には問題がなかった。

(英語版が手に入らない日本の読者には意味があるだろう)逆に、英語版で大事なところが、文藝春秋社版では欠けているところがあるので、私は一応Anchor Books版を基本に、文藝春秋社版を参考にすることにした。)

さて、改めて言うが、この本を読んで、私はCIAがこれ程までに無能な機関であり、ここまで数々失敗を重ねてきたひどい政府機関であることを知って驚いた。

そして、一番驚いたのは、この駄目機関であるCIAがただ一つ成功した例があることである。それは、ああ、なんと、この日本という国の支配なのである。

今回の眼目は、この本の第12章である。その章のタイトルは、「We ran it in a different way.」となっている。「run」とは、動かす、管理する、指揮する、支配する、と言う意味である。ここでの、「it」は日本の政治のこと。すなわち日本のことである。「we」はCIAのこと。「in a different way」とは、当時日本を占領していた連合軍司令官であるマッカーサー元帥とは、違う方法で、と言う意味である。

なぜ、わざわざこの部分を英語の原文のまま示したか、それは、この「We ran it in a different way」という言葉の持つ、冷酷さ、非情さ、おごり高ぶった情感をはっきり読者諸姉諸兄に味わって頂きたいからである。これを、文藝春秋社の日本語訳のように「別のやり方でやった」などとしてしまっては、このアメリカの非情さが分からない。

英語と言う言語の持つ実に直裁的な冷酷な味わい、そして、それが、アメリカ人の心理をそのまま反映した物なのだが、それが消えてしまう。我々日本人は、アメリカ人に、「run」されたのだ。「rape」と変わらない。其の屈辱感を、しっかり身にしみて貰いたいために、あえて英語の原文を示したのだ。

始まりは、1948年の末。 ワイナーは次のように書いている。

「2人の戦争犯罪人が、他の戦争犯罪人たちが絞首台に連れて行かれた前日に、戦後三年間入れられていた巣鴨刑務所から釈放された」その2人とは岸信介と、児玉誉士夫である。

岸信介は、1896年山口県生まれ。東京大学の法学部を卒業して農商務省に入り、東条内閣の対米宣戦時の商工大臣であり、敗戦後A級戦犯に指定されたが、釈放され、その後総理大臣になって対米安全保障条約・新条約の締結を行った。

児玉誉士夫は、1911年福島県生まれ。 戦前右翼の活動家として活躍し、戦中は海軍の庇護の元に中国で「児玉機関」と言う組織を動かし、強奪的にタングステン、モリブデン、などの貴金属、宝石類を大量に集め、それを海軍の力を利用して日本に送り届けた。(それを自分の物としたのが凄い)敗戦後、A級戦犯とされるが釈放された後、中国から持ち帰った巨額の資産を元に、政界に影響を及ぼし、やくざ・暴力団・右翼のまとめ役、フィクサーとして力を振るった。

Anchor Books版に書かれていて、文藝春秋社版に書かれていない文章は、以下の物である。

「Two of the most influential agents the United States ever recruited helped carry out the CIA’s mission to control the government.」Anchor Books

拙訳「かつてアメリカがリクルートした二人の一番影響力のあるエイジェントがCIAの日本政府を支配する任務を遂行するのを助けた」で、其の二人の男とは、岸信介と児玉誉士夫である。

リクルート、エイジェント、この二つの言葉の持つ意味は重い。会社にリクルートされて其の会社に勤めたら、貴方は其の会社の人間だ。エイジェントとなったら、貴方はその会社の人間だ。これが、会社でもなく、アメリカ政府なのだ。

岸信介と児玉誉士夫は、アメリカ政府に雇われて、アメリカ政府のために働く人間になったのである。もっと正確に言えばアメリカ政府の人間になったのである。

岸信介と児玉誉士夫は日本人のためではなく、アメリカ政府のために働く人間になったのだ。文藝春秋社版では、この岸信介が「アメリカのエイジェント」だったことを明確に書かない。文藝春秋社が翻訳に使った底本が、そうなっていたのかも知れない。しかし、ワイナーの本は、まずアメリカで出版され、非常に高く評価されたのだ。アメリカの恥部を暴いた其の著者が、国ごとによって違う内容の版を出すとは思えない。この一文が無くては、自民党の本当の姿を理解出来ない。この一文を見のがしてはならないのだ。岸信介は、アメリカにリクルートされたエイジェントだった。

エイジェントとは軽い言葉ではない。アメリカのエイジェントとなったら日本のために働くのではなく、アメリカのために働くのだ。正確に言えば、岸信介はアメリカに魂を売ったアメリカの手先、「売国奴」、だったのだ。何度でも繰り返したい。この一文は非常に重い意味を持っているのだ。日本国民が、日本の首相だと思っていた人間が、実は日本人のためではなくアメリカのために働いていたのだ。我々日本人は「売国奴」を首相として崇めていたのだ。こんな事があっていいものだろうか。ワイナーの記述は、まだまだ続く。 分かりやすいようにまとめよう。

(念のために断っておくが、ワイナーが言明しているように、以下に書くことは真実である。すべて、文書や記録が残っている。)

岸信介と児玉誉士夫は、CIAのエイジェントとなった。

CIAの助けによって、岸信介は自民党の党首となり、首相となった。

児玉誉士夫は暴力団のナンバーワンとなり、CIAに協力した。

岸信介と、児玉誉士夫が、戦後の日本の政治の形を作った。

岸信介は、児玉誉士夫の金を使って選挙に勝った。

代議士になると、岸信介はその後50年に渡って日本を支配する自民党を作り上げた。  岸信介の作った「自由民主党」は自由主義的でもなければ民主主義的でもなく、戦争で亡びたはずの日本帝国の灰の中から起き上がってきた右翼的で封建的な指導者たちのクラブだった。

CIAと自民党との相互の間で一番重要だったのは、金と情報の交換だった。その金で党を支援し、内部情報提供者をリクルートした。アメリカは、一世代後に、代議士になったり、大臣になったり、党の長老になったりすることが見込める若い人間たちとの間に金銭による関係を作り上げた。岸信介は党の指導者として、CIAが自分の配下の議員たち1人1人をリクルートして支配するのを許した。

この部分、Anchor Books版では、次のように書かれている。

「As the party’s leader, he(岸信介)allowed the CIA to recruit and run his political followers on a seat-by-seat basis in the Japanese parliament.」

文藝春秋社版では、そこのところが、

「岸は保守合同後、幹事長に就任する党の有力者だったが、議会のなかに、岸に協力する議員を増やす工作をCIAが始めるのを黙認することになる」と書かれている。

Anchor Books版に描かれた岸は、自分の配下をCIAに売る悪辣な男である。

岸信介は、トップに上り詰めるための策動をする間に、日本とアメリカの間の安全保障条約を作り直す作業をCIAと一緒にすると約束した。岸信介は、日本の外交政策をアメリカの要求を満たすように変えると約束した。それによると、アメリカは日本に軍事基地を保持し、核兵器を貯蔵しても良いというのである。

それに対して、岸信介はアメリカの秘密の政治的な協力を要請した。

もう充分だろう、と思うが、先ほど書いたように、実は、ワイナーは、1994年10月9日付けのNew York Timesに「CIA Spent Millions to Support Japanese Right in 50s and 60s. 」(CIAは日本の右翼を助けるために1950年代から60年代に書けて何百万ドルもの金を使った)と言う記事を書いている。その記事の内容は、今回の本の内容に近いし、文藝春秋社版用に書き下ろしたと言う部分も、実はこの中に含まれている。この本よりももっと具体的なことも書いてある。



そこから幾つか拾ってみよう。

1970年頃に、日本とアメリカの貿易摩擦が起こっていたし、その頃には自民党も経済的に自立出来ていたので、自民党に対する資金援助は終わった。しかし、CIAは長期間にわたって築き上げた関係を利用した。1970年代から1980年代初期に東京に駐在していたCIA職員は「我々は全ての政府機関に入り込んでいた」と語った。

「CIAは首相の側近までリクルートしており、同時に農林省とも同じような関係を結んでいたので、日米農産物貿易交渉で、日本がどのようなことを言うか事前に知っていた」とも語った。元警察庁長官で、1970年代に自民党の代議士になり、1969年には法務大臣になった後藤田正晴は、自分が諜報活動に深く関わってきた1950年代60年代について「私はCIAと深いつながりを持っていた」と言っている。

1958年に、当時の自民党の大蔵大臣だった佐藤栄作が選挙資金の援助をCIAに要求して、その資金で自民党は選挙に勝った。1976年にロッキード事件が起こって日本は騒然としたが、それは、同時にCIAにとって、それまでの工作が暴露される恐れのある危険な事件だった。ハワイで隠退生活をしている元のCIAの職員は電話で、次のようなことを語った。

「この事件は、ロッキードなんかよりもっともっと深いのだ。もし、日本という国のことについて知りたかったら、自民党の結党時のことと、それに対してCIAがどれだけ深く関わったか知らなければ駄目だ。」



もう、本当に充分だろう。日本を半世紀にわたって支配してきた「自民党」はCIAのエイジェントによって作られたCIAのために働く党だったのだ。狡猾な旧日本帝国の官僚である岸信介、中国で強奪して来た資産で力を持ったやくざ・暴力団の親玉である児玉誉士夫。この2人の魂をアメリカに売り渡した売国奴によって作られた党だったのである。作られただけでなく、自民党は長い間、政治的・金銭的援助と引き替えに日本をアメリカの代わりに支配を受け付け続けていたのだ。日本人は長い間、自民党を支持し続けて来たが、実はアメリカの政策に従っていただけだったのだ。我々は、アメリカに支配されてきたのだ。

CIAが、有望な若い者達にも金を与えていたと言うことも忘れてはならない。官僚から自民党の政治家になった者は大勢いる。CIAの金は官僚にまで回っていたのだ。

事実、1970年代後期、80年代初めに東京に駐在したCIA局員はワイナーに「われわれは全ての政府機関に浸透した」と述べている。

CIAは首相側近さえも取り込み、農林水産省とも非常に有力なつてがあったので、日本が通商交渉でどんなことを言うか、事前に知ることが出来たとはなんと情けないことだろう。日本の官僚たちもアメリカに逆らえない弱みを握られているのだ。

これで、日本がアメリカに隷属し続けた原因が分かるだろう。



自民党議員も政府官僚はみんなアメリカから金を貰って弱みを握られているからアメリカに反することは出来ない。自民党の二世・三世議員も同じことだ。祖父と父が従ってきたボスにどうして息子が反抗出来るか。だから民主党政権になって、辺野古問題でアメリカの意志に反することを言い出したら、日本の官僚組織が一団となって、小沢一郎氏、鳩山由紀夫氏を引きずり下ろすために全力を傾けたのだ。

誰なのか正体の知れない「市民団体」に訴えさせて、一旦不起訴と決まった小沢一郎氏を検察審議会に、「起訴相当」の判決を出させたりもした。

どうして、あんな事をさせるのか。考えてみれば、日本の官僚は上下関係でがんじがらめになっている。自分たちの先輩の決めたことを自分が覆したら、官僚世界から追放される。官僚は官僚の世界から追放されたら生きて行けない。東大法学部を卒業した人間はその肩書きしか人間としての力はない。その肩書きが通用するのは官僚に関係する社会だけであって、実社会に放り出されたら、全く無能力である。だから、日本では改革などと言葉で言っても、絶対に改革が実行されない。

それと同じで、現在の官僚は、米軍の沖縄基地の自由使用と言う過去の先輩たちの決めた慣例をひっくり返したらえらいことになると怯えたのだろう。で、人間としての価値もない無能な官僚全体がよって、たかって民主党攻撃に回っているという訳だ。

さて、もう一つ言わなければならないことがある。それは、日本の新聞、テレビ、など、いわゆるマスコミの問題である。民主党をけなし続けているのは、大新聞、テレビ各局である。では、その報道機関、マスコミが、アメリカの魔手から逃れていたのか。これが、実はそうではない。民主党攻撃に必死になったマスコミも、実は、アメリカの手先なのだ。

(引用終わり)



言葉遣いはともかく、興味深い事実を雁屋氏は、提示している。

ニーチェに「善悪の彼岸」という本ある。政治の世界を見る場合は、善悪の彼岸に立って見るべきであろう。我々の先人は、欧米列強の圧力を受けた結果とは言え、命がけで時代に合わせた国民国家をつくり、近代史における列強の帝国主義に遅れて参戦した。そのため、欧米によって巧みに日清、日露という戦争に誘導されたが、何とかそれらを切り抜け、国際連盟の常任理事国になる等、一定の成果を上げた。そして、「大東亜共栄圏」という欧米列強を排除した経済圏の創設を夢見、元帥である天皇もその先頭に立って奮戦したが、戦略欠如のため、見事に負けてしまったのである。

ところで、戦争とは、国同士の喧嘩である。どちらか一方が全面的に正しい、悪であるなどということが、あるはずがない。その意味で戦勝国が敗戦国を裁く裁判には、政治的な意味はあるにせよ、本当に意味での正当性はないはずである。だからこそ、あのチャーチルでさえ、「現代文明の倫理の原則は、戦争に敗れた国家の指導者は、戦勝国民によって死刑に処せられるべきであると規定しているようである。ローマ人は反対の原則に従った。彼らの征服は、その勇敢なる行為と同じくその寛大さに負うところが多かったのである。」などと言い訳しているのである。

ところで、広島、長崎で人類初の原爆被害を受けている日本人が、普通に米国のその悪を連想できなくなっている現象をどう解釈すべきか。

米国のウオーギルティープログラムGHQのWGP=戦争贖罪プロパガンダ戦略によって巧みに「日本人は、今回の戦争において大変残虐なことをしたので、ジュネーブ条約に違反する一般市民を含む無差別爆撃を核兵器によってされてもしようがない」と洗脳されているのである。

米国は、国家戦略にしたがって、この半世紀にわたって、日本を占領し、自国の国益のために巧みに利用してきた。たまたま、冷戦が存在したことが、日本の経済成長、経済自立を可能にしただけなのである。(もちろん、軍事的、政治的には自立はしていないが、)自民党も、既に解党した社会党もそういうバランスの時代に存在価値があった政党である。雁屋氏は自民党が、CIAからお金を貰っていたことを非難しているが、第二次世界大戦後の発展途上国であった国々では、よくあったことである。

1950、1960年代の日本は、自由主義陣営の発展途上国であったということを意味しているに過ぎない。



今まで、何度も指摘させていただいたが、冷戦が終わった時から、日本は、米国から収穫すべき対象になったのである。これも何度も指摘させていただいているが、1985年のプラザ合意がその分岐点なのである。戦後政治の流れを考えれば、ベルリンの壁が崩壊した時点で、自民党も社会党もその存在意義を失っていたとも言えよう。

おそらく、日本の政治が混乱しているのは、左も右も米国依存症という病気にかかっていることにある。今までの自民党の政治家の「従米」も、そんなことお構いなしに平和憲法を唱えている左の脳天気な人々も、日本という国が米国軍に占領されている、人によっては駐留しているというかもしれないが、そのことによって成り立っている現実を直視しようとしていない。すなわち、これらの人々も日本を自立させようとは、思っていないのであろう。

ところで、政治というのは現実である。米国が覇権国でなくなる「帝国以後」の時代に入ったら、そんなことを言っていることも、ご機嫌伺いしているだけでは生き延びていくことも、できないのである。ビル・トッテンという青い目の日本人が興味深い指摘を「アメリカ帝国の衰退」という題名でしている。



(引用はじめ)

第三世界の国は工業製品のほとんどを海外から輸入し、代わりに天然資源を輸出している。また、第三世界の国の経済は国内資本が不足しているため、外国からの資本に依存している。まさにアメリカはこの条件に当てはまる。そして第三世界のもう一つの特徴は医療などに問題があることだ。これも、先進国の中でアメリカの平均寿命が最も短いことは偶然ではない。特にアメリカでは、所得格差の拡大からここ20年間で富裕層と貧困層の平均寿命に大きな差ができつつある。例えば、貧しい黒人男性の平均寿命は66.9歳だが、裕福な白人女性は81.1歳と、14歳以上も離れている。また乳児死亡率も他の先進国より高く、これは高度医療設備がありながらも医療保険がないために、貧しい家庭では乳幼児の病気に対して何もできないという格差の現われであろう。

その一方で、貧しい第三世界の国々と大きく異なる点が少なくとも2つある。一つはエネルギー資源の消費量が世界のどの国よりも格段に多いこと、そして、どこよりも多く軍事にお金をかけ、複雑で高度かつ高額の兵器を大量に保有していることだ。そしてこの2つが、アメリカ帝国が没落に向かう理由と深く関連している。

アメリカが世界に誇る軍隊を持っているのは国民の健康や安寧のためではない。帝国がいつの時代にもそうであったように、それは帝国を支配する者が富を手にするためであり、そのために世界のあらゆるところに軍隊を派遣している。そしてその結果として、アメリカ国民は世界人口の5%に過ぎないにもかかわらず、世界の資源の3分の1を使い続けることができるのだ。

今から100年前、イギリス帝国は世界中から富を集めることで国民の生活水準をあげた。同じように帝国主義のアメリカは今、大量のエネルギーを使って高い生活水準を保っている。しかしこの途方もない贅沢な暮らしをしているアメリカも、イギリスが衰退して帝国の地位をアメリカに引き渡したように、水準を徐々に下げざるを得なくなってきている。帝国を維持するコストは、それがもたらす便益をもはや大きく上回り、また、ますます格差の広がる国内の国民から不満の声が高まってくるからだ。

中国へのアヘン戦争、イギリス東インド会社の拡大からインドを支配下におき、エジプトの実質支配、さらにはカナダ、オーストラリア、南アフリカといった自治領を持つイギリス帝国が衰退することを、誰が1910年に想像したであろうか。

それから100年たった2010年、同じようにアメリカ帝国の衰退は誰にも止められない。もちろん帝国の属国である日本であっても。そしてそれは、われわれも身の振り方を改める時期にあることを意味している。

(引用終わり)

時を合わせるように、野中広務氏がまた、爆弾発言したようである。

*岩下俊三のブログより引用

「機密費がマスコミへ」につづく野中広務・第二の「爆弾発言」



前提として野中広務はボケては、いない。また個人的な思惑もない、というよりいまさら陰謀をめぐらす根拠がない。そこそこの名誉と金と己の限界を知り、しかも年齢的に先は長くはない。あらゆる欲望から離脱した人間の「爆弾発言」に揣摩憶測は不要である。単に墓場まで秘密にすることと、死ぬ前に言っておきたいこがあるということだろう。そのひとつが「官房機密費」がマスコミに流れていたという事実の暴露であった。

そして今回「鳩山前首相が1ヶ月半前に、外務省の元高官を通じて沖縄県知事のところに行って辺野古に移設することを決めるように、そして、小沢氏を道連れに辞任するように、米国から命じられた。自分は、元高官から話をきいた」と発言した。さらに「みんなの党の後ろには、竹中平蔵氏がついているので、木村剛の逮捕があったが、今後、同党に関わる市場原理集団の問題がアレコレ出て来るのではないか」とも言っている。

過去の野中の怪人ぶりからして、なんかの思惑や陰謀、怨念であるとして受け流す人もいるだろうが、それは事実を知れれたくない人間の言い分であって、僕は野中がこの歳になって嘘をいっているとは到底思えない。理由は上に述べた通り、発言によって得することもないし、たとえこの発言によって利することがあったとしても、その成果が生きているうちにある保障もなければ、そもそも権力に対する欲望も嫉妬も枯れているはずだ。これは老人になって見なければたぶん理解できないだろうが、そう思われてならない。

自分の漏れ聞くところでも、鳩山はアメリカに辞めさせられたし、菅も恫喝されているという。つまりこれは明らかにアメリカの内政干渉であるが、基本的に属国である国民は戦後一貫してきたこの体制に表立って無関心を装っている。しかし国民は去年民主党のマニフェストに騙されただけであったのか、そうではない。心の奥底でアメリカのいいなりになるのはもういやだという国民感情に、民主党とくに鳩山が答えてくれそうな「幻想」をもったからではないだろうか。その鳩山をアメリカの手先=官僚にこまされた関係閣僚が説得し、最後はその後ろ盾が直接鳩山に辞任を迫ったのだ。5月の鳩山の虚ろな目を覚えている。そして今の菅の恐怖に怯えた目を再認識する。木村逮捕も何処か不思議な感じがする。もと警察である亀井の怨念という説もあるが、いずれにしても新自由主義=小泉・竹中路線=アメリカナイズに反する野中なりの警告であるとも思われる。つまりトカゲの尻尾(木村)切りだけでは終わらないということであり、大胆に「みんなの党」は竹中一派であると断言しているところに、野中のなみなみならぬ決意が垣間見える。

野中広務は反戦の人でもある。ここはひとつ、長い確執と恩讐を超えて「悪魔」と手を組んででも、日本を売り渡そうとしている勢力に抵抗して欲しいものだ。

(引用 終わり)



現在、地球上で異変が起きているとしか思えない事件が頻発している。「中国でエイズに似た謎のウイルスが拡大か」、「中国では洪水被害により一億人以上が被災」、「異常高温と干ばつに見舞われているロシア」、「南米では凍死者、ペンギンの大量死」、「大連のパイプライン爆発事故」「ハリケーン「ボニー」がメキシコ湾へ」、「地球を保護していた「熱圏」が崩壊してしまった?」大きな時代の変化を予感させる事件ばかりである。

1945年以降、都合よく、米国による永久占領状態におかれ、惰眠を貪ってきた日本も冷戦が終わり、米国の覇権が衰退するなか、そろそろ目を覚まさなければならない時代を迎えたようである。暑い夏だが、心ある人には、日本の自立について、本気で考えてもらいたいものである。

<参考資料>

*「毎日・夕刊の衝撃記事 「日本の政治の黒幕はアメリカ」」

5大紙と言われる新聞に、【日本の政治の黒幕はアメリカ】と発言したのを、記事として掲載されたのは、おそらく初めてだろう。7月30日毎日夕刊「特集ワイド」記事「日本の政治これから」の中に、毎日新聞夕刊編集長の近藤勝重氏が、同紙小菅洋人政治部長との対談で述べている。以下はその発言の前後である。

小菅洋人政治部長:・・・先の人事では菅さんが小沢さんの影響力を排除して支持率のV字回復を果たしましたが、党内はねじれ国会を前にして、小沢批判だけでは事は済まないという空気です。菅さんと小沢さん、さらには鳩山由紀夫前首相との間で代表戦後の党のあり方について心理戦が始まっているのです。

近藤編集長:小菅さんは前回、「小沢さんは辞めた方がいい」と言いました。集団の中で自己主張の強い人間を嫌うと、歴史的に「黒幕化」します。そういう意味でも、「辞めた方がいい」ということかもしれませんが、本当の意味で【日本の政治の黒幕はアメリカ】だと思います。沖縄の基地問題など、この最大の黒幕に太刀打ちするには、相当な力業が必要です。そこにも小沢待望論が出てくる素地があると思います。

小菅氏:公明党と組むとか、自民党との大連立を仕掛けるとかは、小沢さんにしかできないかもしれない。しかし問題は小沢さんが何をしたいのかが分からない。かって「日本改造計画」では自己責任を強調したが、今はあの輝きは感じられない。小沢さんが代表選に立って「俺はこの国をこうするんだ」という場面を見たい気はします。(引用終わり)

ところで、外務省国際情報局長だった孫崎 亨氏が驚くべき本を昨年の夏に出版した。下記の本である。この本を読まれれば、上記のレポートがすべて事実だということがわかる。ただ、「満州の妖怪」と呼ばれた岸信介氏の腹の中をどう読むかという違いがあるだけである。外務省の要職にいた方がこのように本当の事を暴露し始めている。大きく時代が動いていく前兆ではないかと思われる。

「シェールガス革命」の裏を読む

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7月 162013

一部日本のマスコミが囃し立てている「シェルガス革命」について、大変、興味深い指摘があるので、紹介する。以前、高貴なる嘘という概念を紹介したが、(「高貴な嘘」(ノーブル・ライ)という概念はプラトンの「法律」という本に書かれていたものだ。悪意で解釈すれば、「嘘も100回言えば真実だ」(ゲッペルス)ということだ。善意で解釈すれば「子供には神話を最初に教える必要がある。ある程度物が分かるようになってから科学を教えても遅くはない。それが教育的な配慮だ。」と言うものである。大衆を騙すのは権力者にとって必要悪?であるという考え方である。)現在、米国勢が囃し立ているシェルガス革命についても、過去の原子力平和地用や、二酸化炭素による地球温暖化のように、いろいろ思惑があるようである。

今回は、ル・モンド記事と元外交官原田武夫氏の興味深い指摘をご紹介する。(以下)



~エネルギー事情の大転換となるか、景気の一時的活性化に終わるか?~


「大いなるペテン、シェールガス」


ナフィーズ・モサデク・アーメド


(政治学者)ブライトン開発政策研究所(イギリス)所長


(訳:鈴木久美子)



安価なエネルギーと引き換えに長期にわたる汚染を引き受けねばならないのだろうか。シェールガス・シェールオイルの採掘に関わるジレンマにアメリカの企業も政府も悩んでいない。10年もたたないうちにこの新しい資源はアメリカの経済成長を軌道に乗せ、雇用を活性化し、国際競争力を復活させるだろうというのだ。しかしこの《エネルギー革命》がすぐつぶれるバブルに過ぎないとしたらどうか? [フランス語版編集部]



« 原文 »



アメリカメディアによるとシェールガス・シェールオイル「革命」による経済の飛躍的発展が予測され、アメリカは間もなく「黒い金(きん)」の恩恵に浸ることになるという。国際エネルギー機関(IEA)の『世界エネルギー展望2012年版』によれば、2017年度にはアメリカはサウジアラビアから世界第1位の産油国の座を奪って、エネルギーに関して「ほぼ自給自足」となる。IEAによると炭化水素の計画的な生産上昇は、2011年の一日当たりの8400万バレル[原油1バレルは約159リットル――訳注]から2035年には9700万バレルになるだろうとされ、それは「すべて液化天然ガスと非在来型エネルギー資源(主にシェールガスとシェールオイル)から」生じるとされている。一方で在来型エネルギー資源の生産量は2013年から下降するであろう。



シェールガスは水圧破砕(水と砂と洗剤の混合物に圧力をかけ注入して頁岩にひび割れを作り、そこからガスを取り出す)と、水平掘り(これにより必要な地層をより長時間にわたって叩くことが可能になる)によって採掘されるが、広範にわたる環境汚染を代償にして得られるものである。しかしアメリカでの採掘は数十万人の雇用創出へとつながり、豊富で安価なエネルギーという利点を与えてくれる。2013年の『エネルギー予想――2040年に向けて』(エクソンモービル・グループ)のレポートによれば、世界のガス需要の急速な伸びという状況にあっても、アメリカはシェールガスのおかげで、2025年から明らかに炭化水素の輸出国となるという。



そして「シェールガス革命」が回復期にある世界経済を強くするばかりでなく、投資バブルをはじけんばかりにふくらませるとしたらどうだろう? 経済は病み上がり状態だし、近年の経験から言っても、このような浮かれ騒ぎに対して慎重な態度を促さなくてはならないはずなのだが。スペイン経済を例にとると、かつては隆盛を誇っていたのが(2008年にはEU圏で第4位の勢力)、盲目的にしがみついていた不動産バブルが突然崩壊して以来、ひどい状態になっている。政治家たちはこの2008年の危機からほとんど教訓を引き出してはいない。彼らは同じ過ちを化石燃料で繰り返す危険があるのだ。

ニューヨーク・タイムズの2011年6月の調査報告はシェールガス「ブーム」のなかでメディアと石油・ガス業界の間に早くも生じた亀裂を暴露している。その号では専門家たち(地質学者、弁護士、市場アナリスト)が抱いた疑惑を公にしているのである。

石油会社の発表は、「故意に、不法なまでに採掘生産量と埋蔵量を多く見積もっている(注1)」という疑惑が表明されている。同紙の説明によれば、「地下の頁岩からのガスの抽出は石油会社がそうみせかけているよりももっと難しく、もっとコストがかかるはずで、その証拠として、この問題について業者間で交わされた数百の電子メール、資料ばかりでなく、数千の採掘抗について集められたデータの分析報告がある」。



2012年の初頭に、アメリカの2人のコンサルタントがイギリスの石油業界の主要誌『Petroleum Review』で警鐘を鳴らしている。二人は「アメリカのシェールガスの鉱床の信頼性と持続性」について検討を加え、業者たちの予測がアメリカ証券取引委員会(SEC)の新しい規則に沿って行われたものであることを強調している。SECは投資市場の監視をする連邦委員会である。この規則は2009年に採択されたもので、石油会社に備蓄量を好きなように計上することを許可しており、独立機関による調査は行われないのである(注2)。



業者たちは頁岩のガス鉱床を過大に見積もることによって、採掘に伴うリスクを二義的な問題にしてしまうことができる。ところが水圧破砕は環境に有害な影響を及ぼすだけではない。まさに経済的な問題をも引き起こす。水圧粉砕は非常に寿命の短い生産しかおこなわないからだ。雑誌『ネイチャー』で、英国政府の元科学問題顧問のデヴィッド・キング氏はシェールガス井の生産性は最初の1年の採掘で60~90%低下すると力説する(注3)。



これほど急激な生産性低下では明らかにわずかな収益しかもたらされないことになる。ガス井が涸れてしまうと作業員たちは大急ぎで他のところへ採掘に行って生産量のレベルを維持し、資金返済に充当しなくてはならない。条件が整えば、このような自転車操業で数年間は人の目を欺くことができる。このようにして、シェールガス井採掘は脆い経済活動と結びつき(持続力はないが、短期間には瞬発力を発揮して)、アメリカで急激な天然ガスの価格低下を引き起こした。2008年には100万BTU(イギリス熱量単位)7、8ドルだったものが2012年には3ドルを割った。



投資の専門家たちは騙されない。「水圧粉砕は景気を粉砕する」とジャーナリストのウルフ・リヒターは『ビジネス・インサイダー』で警告している(注4)。「採掘は猛スピードで資本を食いつくし、生産が行き詰ると業者に借金の山の上を残してきた。この生産量の低下で経営者たちの懐を痛めないようにするために、企業は次から次へと汲み上げなくてはならなくなり、涸れた油井の分を他の油井で補うのである。他の油井も明日には涸れるだろう。悲しいかな、遅かれ早かれこういう図式は壁に突き当たる。現実という壁である」。



ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)との合併前の石油会社アモコ(Amoco)で働いていた地質学者のアーサー・バーマンは「信じられない速さ」で鉱床が涸れていくことに驚きを示している。バーマン氏はテキサスのイーグル・フォード鉱区(最初のシェール油田)を例に挙げて、そこでは「年間採掘量が42%以上低下した」と言う。安定した生産量を保つためには業者は「毎年追加で約1000の油井を同じ鉱区で掘らなくてはならない。それは、1年に100億から120億ドルの支出となる。全部合計すると2008年の金融業界への資金投入額の合計に達する。企業はどこでこの資金を調達できるというのだろう?(注5)」。



ガスバブルの最初の影響はすでに世界大手石油企業に及んでいる。2012年の6月にエクソンモービルの代表取締役のレックス・ティラーソン氏が窮状を訴えた。アメリカの在来型天然ガス価格の下落は消費者にとっては確かに幸運だったが、売り上げの激減の痛手を受けたエクソンモービルには致命傷となったと述べた。そして株主を前にエクソンモービルはガスによる損失はないと偽ったものの、ティラーソン氏はアメリカでもっとも影響力のあるシンクタンクの一つである外交問題評議会(CFR)でお涙頂戴型の演説をして「わが社は資産が尽きようとしている。もう収入は得られない。経営は赤字だ(注6)」と述べている。



ほぼ同時期に、イギリスのガス会社であるBGグループが「アメリカの天然ガス事業部門で資産が13億ドルに低下したこと」すなわち「中間決算で明らかな減益」の窮地に立たされていることを認めた(注7)。2012年11月1日、ロイヤル・ダッチ・シェルの四半期の決算報告が3期連続で不振で年間累積24%の低下となったのを受け、ダウ・ジョーンズの広報担当はこの悪いニュースを伝えるに当たって、証券業界全体におけるシェールガスブームによって引き起こされるであろう「損害」について警告した。



万能薬からパニックへ



シェールガス競争の中のパイオニアであるチェサピーク・エナジー社もバブルは免れなかった。負債の重みに押しつぶされたチェサピーク・エナジーは債権者の手形決済のために資産の一部売却(ガス田とパイプラインの合計69億ドル)を余儀なくされた。「チェサピーク・エナジーは社長のおかげでシェールガス革命のリーダーになったのに、活動領域を少々減らすようになった」とワシントン・ポストは遺憾の意を表した(注8)。



どうしてこの「革命」のヒーローたちはこれほどまでに落ちたのだろうか? 経済評論家ジョン・ディザードは2012年5月6日付『フィナンシャル・タイムズ』でシェールガス企業が「自己資本を2倍、3倍、4倍さらに5倍も上回る額を使い果たして土地を購入し、井戸を掘り自分たちの計画を実現しようとした」と指摘している。ゴールドラッシュの資金繰りのためには、膨大な金額を「複雑で面倒な条件で」借りなければならない。しかし、ウォール街は通常の行動規則を曲げてくれるようなことはしない、ディザードによればガスバブルはそれでもふくらみ続けているという。その理由は経済的な危険性をはらんだこの資源にアメリカが依存しているからである。「シェールガス井の生産性の持続しない一時的性格を考慮して、掘削は続けられなければならない。シェールガス価格は高くなり、高騰すらして落ち着くだろう。過去の負債だけでなく現在の生産にかかる費用に充当するためである」。



それでもなおいくつもの大手石油会社が同時に経営崩壊に直面するということはありうる。もしこの仮説が立証されるなら「2、3社の倒産か大掛かりな債務処理にまきこまれてしまい、債務処理の名目で各企業はシェールガス事業を撤退し資本が消えてしまうだろう。これは最悪のシナリオだ」とバーマン氏は語る。



言い換えれば、シェールガスはアメリカ、あるいは全人類を「ピークオイル」(「ピークオイル」とは、地理的制約と経済的制約から原油の採掘が困難で巨額を要するとされるレベル)から守るという議論はおとぎ話にすぎないことになる。最近公表された独立性の高い科学レポートによれば、シェールガス「革命」はピークオイルに猶予を与えてくれないと確証している。



雑誌『Energy Policy』に発表された研究によると、キング氏のグループは、石油産業は化石燃料の世界埋蔵量を3分の1多く見積もったという結論に達した。まだ採掘可能な石油鉱床は8500億バレルに満たないのに、公式な見積もりではおよそ1兆3000億バレルと言われている。『Enegy Polocy』の寄稿者たちによると、「化石燃料資源が地球の深いところに確かに大量に存在しているが、世界経済が通常持ちこたえられるコストで採掘できる石油の量は限られており、短期間のうちに衰退の一途を辿るはずだ(注9)」という。



水圧破砕によって得られた宝、シェールガス・シェールオイルがあるにもかかわらず、現実の埋蔵量は年間推定で4.5ないし6.7%のペースで減少している。そのためキング氏らの研究チームはシェールガスの採掘がエネルギー危機を救うという見解を断固として拒否している。キング氏と同じ立場で、経済評論家のゲイル・トヴェルバーグ氏は在来型化石燃料の世界生産量が2005年をピークに伸び悩んでいることをあげている。彼は2008年と2009年のリーマンショックの主な原因のひとつはこの停滞にあると見て、これが現在の景気後退をさらに深刻化させる可能性を予告しているという(シェールガスがあろうが、あるまいがこれは起こるという)(注10)。それだけではない、新経済基金(NEW)はIEAの報告書に続いて出した新しい研究で、オイルピークの出現を2014年ないし2015年と予測しており、そのとき採掘と供給にかかる費用が「世界経済がその活動に致命的なダメージを受けることなく引き受けることのできる費用を追い越すだろう」(注11)とみている。



この研究はメディアの関心を引かなかったし、エネルギー業界のロビイストの宣伝文句に浸りきっている政治家たちの関心も引かなかった。遺憾なことである。この研究の結論はわかりやすいからだ。景気を修復するどころか、シェールガスは作り物のバブルをふくらませ、根本的に不安定な構造を一時的にカムフラージュしているのである。バブルがはじけると供給の危機と価格高騰をおこし、世界経済に甚大な悪影響を及ぼす危険性があるのだ。

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<注>

(1)«Insiders sound an alarm amid a natural gas rush», The New York Times, 25 juin 2011.

(2)Ruud Weijermars et Crispian McCredie, «Inflating US shale gas reserves», Petroleum Review, Londres, janvier 2012.

(3)James Murray et David King, «Climate policy : Oil’s tipping point has passed», Nature, no 481, Londres, 26 janvier 2012.

(4)Wolf Richter, «Dirt cheap natural gas is tearing up the very industry that’s producing it», Business Insider, Portland, 5 juin 2012.

(5)«Shale gas will be the next bubble to pop. An interview with Arthur Berman», Oilprice, 12 novembre 2012, http://oilprice.com

(6)«Exxon : “Losing our shirts” on natural gas», The Wall Street Journal, New York, 27 juin 2012.

(7) «US shale gas glut cuts BG Group profits », Financial Times, Londres, 26 juillet 2012.

(8)«Debt-plagued chesapeake energy to sell $6,9 billion worth of its holdings», The Washington Post, 13 septembre 2012.

(9)Nick A. Owen, Oliver R. Inderwildi et David A. King, «The status of conventional world oil reserves – Hype or cause for concern ?», Energy Policy, vol. 38, no 8, Guildford, août 2010.

(10)Gail E. Tverberg, «Oil supply limits and the continuing financial crisis», Energy, vol. 37, no 1, Stamford, janvier 2012.

(11)«The economics of oil dependence : A glass ceiling to recovery», New Economics Foundation, Londres, 2012.



(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2013年3月号)

 

201344


「シェール革命という高貴なウソを信じる日本」


~インテリジェンスのプロ、原田武夫氏が大胆分析~

先日、杜の都・仙台に出張したときの話だ。繁華街・国分町の片隅で設けた会食に出席された地元財界幹部の一人の方が、上気した面持ちで私に向かってこう語りかけてきた。

「原田さん、『シェール革命』ってやつはすごいね。何せこれからアメリカでは無尽蔵に採掘できて、しかも温暖化効果ガスの排出量が圧倒的に少ないっていうのだから、エネルギーの未来は、もうこれで決まりなのではないですか」



シェール革命に納得できず



同席していたわが国アカデミズムの重鎮の一人も、続いて口を開いた。「確かにそうですね。仮にアメリカがシェール革命を推し進めるとなると、今、東北大学を中心に取り組んでいる地域経済活性化のための次世代移動体研究プロジェクトがこのままでは失速してしまう危険性があるのです。なぜならばその柱のひとつである電気自動車(EV)は、現状では原子力発電が安定的に継続することを前提としていますから」

私からすれば、いずれも人生の大先輩である。普段ならば黙ってうなずくだけで、特に何も申し上げなかったはずだ。しかしこのときだけは違った。どうにもこうにも納得するわけにはいかなかったからである。「申し訳ありませんが、『シェール革命』は本当に起きるのでしょうか。私は正直言ってかなり懐疑的です」。居住まいを正して私はそう切り返した。



私の著書最新刊『「日本バブル」の正体~なぜ世界のマネーは日本に向かうのか』(4月4日刊行)でも詳しく書き、かつその新刊記念講演会(リンクはこちら)でもじっくりお話しすることなのであるが、「シェール革命」と聞くとどうしても納得がいかないことがいくつかあるのだ。思いつくままに書くならば次のとおりとなる。



◎鳴り物入りで始まった「シェール革命」だが、特にシェールガスはパイプラインがなければアメリカは輸出することができない。その肝心のパイプラインがまったく整っていないのが現状である以上、シェールガスがアメリカから世界、とりわけわが国に向かって噴き出してくるのは“今”ではなく、“将来”である。今から大騒ぎすべき話ではない。



◎つまり「シェール革命」が最盛期を迎えるまでにはまだ時間があるのだが、その間、ほかの国々が指をくわえて待っているとは考えづらい。ナイジェリアなどほかの産出国は温暖化効果ガスこそ大量に出るものの、従来型の天然ガスや原油のダンピング(廉売)を一斉に始めるはずだ。そうなった場合、採掘に費用がかかるため高めの価格設定しかできないシェールガス/シェールオイルにまで触手が伸ばされるのかは甚だ疑問である。



さらには「シェール革命」と言いつつ、アメリカ自身が次世代移動体として電気自動車や水素燃料電池車の開発を加速させているのが大いに気になる。実際、オバマ政権はこの方向に具体的な形で歩み出しており、3月15日にイリノイ州で行った演説で同大統領はこれら「ガソリンを使わない自動車」の実用化のため、今後10年間で20億ドルほどを拠出すると表明したばかりなのである。「シェール革命一本であくまでも行く」という気合いは微塵も感じられないのだ。



「高貴な嘘(noble lie)」という言葉がある。「リーダーたるもの、全体利益の実現のためには時にウソをつかなくてはならないこともある」といった意味合いだ。アメリカはこれまで何度となく「高貴な嘘」でわが国、そして国際社会を翻弄してきた。2003年に行われたイラクに対する武力行使の際、「イラクで大量破壊兵器を見つけた」と国連安保理の場で生真面目な軍人・パウエル国務長官(当時)を使って一大プレゼンテーションを行わせたのがその典型例だろう(その内容はその後、同国務長官自身が吐露したように「真っ赤なウソ」であったことが明らかとなる)。

よもや「あのアメリカがここまで正々堂々とウソをつくとは」と思うかもしれないが、それが国際場裏における現実なのだ。そして現状を見るかぎり、誰でも気づくことのできる上記のような「疑問」を踏まえれば、私には「シェール革命」が手の込んだ「高貴な嘘」に思えて仕方がないのである。



アメリカの深謀遠慮とは?



「なぜそこまで手の込んだことをアメリカはするのか。シェール革命でいちばん儲けられるのは自分なのであるから、ウソなどつく必要ないのではないか」。読者からそんな反論が聞こえてきそうだ。しかし大変失礼ながら、そう思われた読者の方は人気漫画「北斗の拳」ではないが、“お前はもう死んでいる”のである。なぜならばまさにここにこそ、アメリカの深謀遠慮が潜んでいるからである。考えられるシナリオはいくつかある。



まずいちばん単純に「シェール革命」が本当に推し進められる場合を想定しよう。実のところシェールガス/シェールオイルの鉱床は確認されているだけでもアメリカ以外の世界各地に存在している。中国や中南米などであるが、問題は現状の天然ガスや原油の価格では採算がとれない点にある。したがってこのシナリオにおいて関係各国はいずれも、石油・天然ガスが最も産出されている中東地域が「有事」となり、そこでの生産が不可能となることを強く期待することになる。イスラエルによる対シリア攻撃をきっかけとしたイランとの本格的な戦闘開始、そして「中東大戦争」への発展がその先には見えてくる。

現状では今年秋にもありうる展開であるが、そうなった場合、世界中の株式マーケットは全面安だ。マネーは逃げ場所を求めて日本円に殺到、強烈な「円高」となるわけである。オイルショックに見舞われた世界は、アメリカに「シェール革命」の推進を要請するはずだ。一方、サウジアラビアやイスラエルは戦乱で勝ち残るため、アメリカ製兵器を続々と購入し続けるに違いない。アメリカにとっては一挙両得というわけなのである。

だがここで困るのが中東地域以外の産油国、特にロシアである。通常の天然ガスや石油をめぐる最大のプレーヤーであるロシアは「シェール革命」に反対すべく、中東開戦を阻止し続けようとする可能性が高い。その結果、このシナリオは頓挫してしまう危険性をはらむ。



問題はアメリカにとっても、「そんなことは先刻お見通し」であるはずだという点なのだ。つまりこのとき、アメリカの真意は「シェール」にはない。そしてそうであるとき、アメリカは実のところ周囲をアッと驚かせる次世代エネルギー技術をすでに開発しているはずでもあるのだ。しかしそれをあえて出さずに「シェール革命」なる用語を“捏造”し、しかも天然ガスを今や世界中で買い漁っているわが国にこうささやきかけているのである。



「パイプライン設置のために投資をしてくれたらば、最優先でシェールガス/シェールオイルを特別に分けてあげてもいい。福島第一原発事故の余波で貴国は大変でしょう」



これに“日米同盟”という美辞麗句がつけられれば、わが国要人たちがこれに抗することはまずない。進んで資金提供し、巨大プロジェクトの完成を今や遅しと待つことになるはずだ。むろん、アメリカも日本側協力者に鼻薬をかがせることを忘れないはずだ。たとえば時代はさかのぼって第2次世界大戦後の1950年代、アメリカ国防総省の支援により設立された「日本開発会社」は、いくつかの復興のための巨大インフラプロジェクトに関与していたことが史料から明らかになっている。

しかしそのための資金としてアメリカ国防総省から捻出された資金は、戦後最大の政治プロデューサー「児玉誉士夫」を経由して、わが国政財界の闇へと消えて行ったのである(有馬哲夫『児玉誉士夫 巨魁の昭和史』(文春新書)参照)。「インフラ開発に日本を絡ませたときには駄賃がいる」。そうアメリカ側は伝統的に認識しているはずなのであって、わが国からパイプライン建設にマネーが流れれば流れるほど、その一部がわが国へと還流され、再びわが国政財界の闇に消えることは大いにありうる、と歴史家ならば断言するはずだ。むろん、私や読者の皆さんのような庶民の知らないところで。



それでは私たち日本人は、ただひたすら手をこまぬいて見ていなければならないのか。またそもそもアメリカはこの場合、いわば「捨て駒」となるシェール革命ではなく、実際のところ何を追求しているというのであろうか。



次世代の「本命」はシェールではなく、水素



簡単に書くならば、まず前者についてひとつの「光」を先日、わが国の神奈川県・寒川にあるとあるヴェンチャー企業Q社で私は目の当たりにした。シェールガスといっても炭酸ガスは出てくる。ところがこの企業が開発した技術ではこれを「炭酸化ナトリウム」と「水素ガス」へと分離できるのである。つまり「排ガスから燃料ができる」わけで、驚愕の技術なのだ。アメリカがシェール革命を推し進めれば進めるほど、その後ろについてこれを売ることで、わが国は巨利を得ることができる代物なのである。こうした革新的な技術を私たちは大切に育て、全面開花させなければならない。



一方、後者について言うならば、アメリカにとっては実のところ宿敵であるイギリスの態度を見れば答えはすぐ出てくる。上記の拙著でも書いたことだが、イギリスは2015年までに水素エネルギーによる燃料電池車の完全商用化を公的に宣言している。そう、時代は「水素」なのであって、シェールであろうが何であろうが、化石燃料ではもはやないのである。



しかしそれを真正面から追求すると、アメリカはイギリスから何をされるかわからない。それをアメリカが最も恐れているであろうことは、中東の石油利権を争ってきたのが、ほかならぬ米英両大国であったことを思い起こせばすぐわかるのである。だからこそ「シェール革命だ」とアメリカは騒ぎ、「高貴な嘘」をついていると考えると合点が行く。



わが国にとって今、必要なのはバカの壁に入ることなく、老練な米欧各国が国際場裏で公然とつく「高貴な嘘」をあらかじめ見破り、私利私欲を捨てて人知れず備えるべく全国民を指導するリーダーなのである。今夏行われる参議院選挙の本当の争点は、実のところ「この一点」なのである。そのことを私たち有権者は忘れてはならない。

放射線を浴びたX年後

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7月 102013

このドキュメンタリーを見ると、フクシマの原発事故は、このような歴史の流れで起きたことが、本当によくわかります。たしかに人類の歴史は、試行錯誤の連続ですが、20世紀に人間が手にした核兵器は、決して「宇宙船地球号」のなかで、使用の許されるものではないでしょう。宇宙船地球号そのものが、壊れてしまいますから。

現在、国際政治の舞台で、覇権国を維持するためなら、超大国である米国のエゴが何処までも罷り通るという「現実的と称する考え方」は、あまりにも傲慢だと言わなければなりません。

原爆の唯一の被爆国である日本が、「原子力の平和利用」という美名の下、地震列島に54基もの原子力発電所を覇権国アメリカに抱えさせられている現状は、あまりにも皮肉だと言えましょう。

もしかすると、現在の日本の状況は、これからの世界がどうなっていくのか、私たち、日本人自身が試されているリトマス紙なのかもしれません。世界のパワーポリティックスのなかで、何が起きているのか、また、大きな力の中で、弱者がどのような扱いを受けてきたのか、を知るためにも是非、見ていただきたい映画です。

(*マグロの刺身が好きな人も是非、見て下さい。)



ところで、今回、このよくできたドキュメンタリー映画が豊橋市でも自主上映されます。是非、多くの方に見ていただきたいと思いましたので、ご紹介します。



日    時  平成25728日(日)

(1)10:30~ (2)14:00~ (3)18:00

3回上映



場    所  豊橋市民文化会館 リハーサル室



主    催 「放射線を浴びた「X年後」」上映委員会



問い合わせ先  090-8556-8301 (担当:林 美春)



*劇場映画「X年後」公式サイトよりhttp://x311.info/





プロデューサー 大西 康司



はじめに、何故「もうひとつの第五福龍丸事件」を愛媛の放送局が?という疑問を持つ方が多いと思います。今から8年前、私にとっても1954年に起きたいわゆる’第五福龍丸事件’は遠く、歴史上の、そして教科書上の出来事に過ぎませんでした。しかし伊東英朗ディレクター(監督)が掴んできた「ビキニで被災した元マグロ漁船乗組員が、愛媛にもいるらしい」という思わぬ情報は「不思議な感覚」を私に呼び起こしました。それは歴史がに生きている「不思議さ」であり、広島・長崎・第五福龍丸だけと思っていたこの国の被ばく者が、自分の近くに共存している「驚き」でした。



2004年から始めた取材。伊東ディレクター(監督)との約束事は一つ。それは、被取材者と近い位置にいるローカル局制作者として「一人の人間の痛みを忠実に丁寧に描くこと」によって、「個人と国家」の関係が問われるこの事件の実態・本質に迫っていこう、ということでした。そう、「一人の人間に寄り添うことから本質へと迫る」…これはローカル局の限界ではなくローカル局だからできる可能性なのです。手探りの中、ひたすら、ひたすら現地を訪ね、一人一人の証言を積み重ねていく取材…「小さな井戸を掘り続け、それを’普遍’につなげていく」…8年の取材を重ねる中、社の理解を得てローカルで粘り強く放送を続けることができたこと、そして何より日本テレビ系「NNNドキュメント」で2回に渡り全国放送できたことが、この’小さな井戸’を掘り進んでいく大きな勇気となりました。



そんな取材の集大成として突き進んだ映画化。

この映画が発掘した事実を’一人’でも多くの方に知って欲しい。この映画を見て頂いた’一人’が、その立場や考え方を超えて噛みしめて欲しい。この映画を’一人”一人’にしっかりと届けたい。

…’一人’の人間にこだわる私達の願いです。



最後に、南海放送というローカル局が’テレビ’というメディアを超え’映画’に挑戦する試みが可能になった背景には、日頃「メディアとメディアの新しい組み合わせ」を積極的に推進してきた南海放送トップの後押し、様々な現場の仲間による社を挙げての協力・応援がありました。そして勿論、’映画’という未知の航海への’灯台’となって頂いた 日本テレビ系「NNNドキュメント」関係者の皆様のご指導、御協力があったればこそです。改めて深く感謝致します。



大西 康司【プロフィール】

昭和57年南海放送入社。以来、様々な番組を制作、プロデュースを行う。報道情報本部制作部長などを経て、現在 執行役員テレビ局長。



監督 伊東 英朗



『高校生で訪れた広島』



原爆で焼かれた一人ひとりの壮絶な死を知り、その苦しみに自らを重ね合わせた時、深い絶望と強い怒りを覚えた。10代だった僕はその思いを「忘れること」は、加害と同じだと考えた。以来、折にふれ広島を訪れるようになった。そしていつからか「忘れない」ではなく「何かできることをしたい」と思うようになった。



『8年前』



インターネットで番組リサーチをしていた時。元高校教師 山下さんの活動を伝える記事が目に飛び込んできた。『…第五福竜丸以外の多くの被ばく船を調査…』「第五福竜丸以外の船?そんな話聞いたこともない。僕だけが知らないことなのか。」まるで狐につままれたような感覚だった。



『確かめたい』



番組制作を共にやってきたプロデューサーの大西と、4時間をかけ高知県の山下さんを訪ねた。山下さんは静かに語り始めた。「多くのマグロ漁船、貨物船が被ばくし、汚染された魚が水揚げされ食卓に運ばれた。いつしか事件は第五福竜丸事件として記憶された」と言う。それまで当たり前のように使ってきた「広島、長崎、唯一の被ばく国」というフレーズは正確ではなかった。「なぜ事件が記憶から消え去ったのか」僕は、その理由をこの手で解き明かしたいと思った。

その日からこの事件の取材が始まった。抱えている番組制作の隙間を見つけては現場に通った。費用を節約するため山下さんの自宅を宿舎兼取材拠点とさせてもらった。カメラマンと2人、愛媛西部から高知東部まで300キロを何十回となく往復。被ばく者を訪ね歩く日々。時に怒鳴られ凄まれ、飯が喉を通らないこともあれば「よう来てくれたなあ、ありがとう。お父さんが生きとったらあんたら大歓迎するに。腹減っちゅうがやろ」とカレーをおご馳走になることも。取材で疲れた体で車を運転し会社まで4時間をかけ戻る。その繰り返し。その年2004年には、日本テレビ系列(NNNドキュメント)で全国の人にその事実を伝えることができた。以降、新事実が見つかるたびにローカルでの放送を繰り返した。しかし、番組が事件解明へつながることはなかった。



『乗組員の証言も積み重ねた』



日米両政府の公的文書、調査記録も検証した。しかし乗組員が被ばくしたことを裏付けることができないままだった。ところが2009年、米エネルギー省の機密文書を発見。放射性降下物が漁場を中心に拡大、日本全土までもが放射性降下物で覆われていたことが分かった。



『2011年3月11日』



その日を境に人々の関心は放射能に集まった。「直ちに健康に影響はない」という言葉に疑心し、目に見えない放射線に怯え、風評被害が起こった。

「ついにあの時がやってきた」

テレビの前で呆然と立ち尽くす自分の姿があった。

『人々に向けられる線量計』



風で舞い上がり、雨で落下する放射性物質。セシウム、ストロンチウム、ホットスポット、シーベルト…専門用語が飛び交い、新聞紙上に、牛乳やお茶、魚、水などから放射線が検出されたと記事が踊る。風評被害が起こり、わずかの期間で政府は、終息宣言をした。

僕が、港を歩き老人や未亡人から聞いた半世紀前の話が、目の前で起こっていることと重なる。心の中で叫んでいた。

「半世紀前に身の回りで同じことが起こっていたんだ。皆知らないのか。同じ轍を踏んではいけない。」

過去の被ばく事件を未清算のまま放置してはいけない。この事件を解明しなければ、今後起こりうる被害を防ぐことができない。

2012年1月、日本テレビ系列(NNNドキュメント)で1時間番組として8年ぶり2回目となる放送を行った。全国から大きな反響を得、多くの若い世代が見てくれたことが分かった。



『今度は映画化』



映画館での上映はもちろん、その後の小さな自主上映が調査などにつながって欲しい。それが僕の強くささやかな願いだ。事件はほぼ未解明なままだ。全国津々浦々にかつてマグロ船に乗った人がいる。生存していれば70歳台から80歳台。核実験は、太平洋だけとっても1954年から1962年まで続けられた。被害者の数は計り知れない。解明の第一歩となる被害の実態を調査し、救済の道筋をつけなければならない。小さな行動が積み重なれば光が見えてくると信じている。

日本テレビ日笠プロデューサーには番組製作から映画化まで親身になってアドバイス頂いた。また、当時のマグロ漁をとらえた「荒海に生きる」、そして高校生たちの取り組みを記録した「ビキニの海は忘れない」などの映像によって、よりリアリティをもってビキニ事件の実相に迫ることができた。



今、被ばく者たちは自らの死をもって被ばく事件のX年後を伝えている。僕らはそれを重く受け止め、事件を伝え続けなければならない。

人々が事件を知ることが、被ばく事件解明の一歩につながると信じている。



伊東 英朗【プロフィール】

1960年愛媛県生まれ。16年間公立幼稚園で先生を経験後、テレビの世界に入る。東京で番組制作を経験した後、2002年から地元ローカル放送局 南海放送で情報番組などの制作の傍ら、地域に根ざしたテーマでドキュメント制作を始める。2004年ビキニ事件に出会い、以来、8年に渡り取材を続ける。





*キーワード解説



<ビキニ水爆実験>

米国が1954年3月1日から5月まで、中部太平洋のマーシャル諸島ビキニ環礁で行った実験。キャッスル作戦と名付けられた実験は6回(うち1 回はエニウェトク環礁)。3月1日に爆発させた「ブラボー」は広島に落とされた原爆の1千倍以上の破壊力があるとされ、近海で操業中の第五福龍丸(乗組員23人)が被ばく。同年9月、無線長の久保山愛吉さんが死亡した。





<ビキニ被災事件の補償問題に関する日本側書簡返信>

日本政府は、1954年12月、被ばくした魚は、人体に影響を及ぼすものではないとして、放射線の検査をすべて打ち切った。そして翌日からは、すべての魚が水揚げされた。 その直後、日本政府とアメリカ政府は、公文書を取り交わしている。アメリカ政府が「完全な解決」を条件に、慰謝料として200万ドル(当時、日本円にして7億2千万円)を支払うという文書。日本政府は、その条件を受け入れ、事件は完全な解決とされた。 慰謝料は、4分の3が、魚の廃棄や魚価が下がったことによる損害に、残りは、第五福龍丸乗組員の治療費などにあてることが閣議決定されている。





<アメリカ原子力委員会の機密文書>

南海放送は2009年、アメリカエネルギー省から、水爆実験を所管した米原子力委員会の機密文書を入手。これは、米国気象局のロバート・J・リストが、1955年5月(実験のおよそ1年後)にまとめたNYO-4645と呼ばれるもので、非公開資料として長年機密扱いされてきた、しかし、1984年8月に一部の数値や文章を削除した状態で公開したものである。「キャッスル作戦からの世界的規模の放射性降下物」と題された機密文書には、世界規模の放射性降下物の広がりが記録されている。各水爆実験の広がりの他、1日毎の広がりが記録されている。この機密文書から、多くのマグロ漁船が放射性降下物に覆われた場所で操業していたこと、日本全土が放射性降下物で覆われていたことが裏付けられることになった。 また、この文書から、実験の1年前に、すでに122ヶ所のモニタリングポストが設けられていることが分かった。日本では、三沢や東京など5ヶ所。さらに広島や長崎ではABCCが利用され測定が行われていた。





山下正寿(やましたまさとし)と幡多ゼミ(はたぜみ)

元高校教師の山下正寿氏らが顧問を務める高校生ゼミナール(1983年設立)。高知県幡多地区の高校生が主体となり「足もとから平和と青春を見つめよう」をモットーに、地域の現代史調査活動をしている。1985年から地域のビキニ事件を調査。その姿は「ビキニの海は忘れない」(1990年)で描かれた。
教師になって高知に帰ってきた山下さんは、仲間の教師や教え子たちと共に、被災者の聞き取り調査を始め、高知県の沿岸部を3年に渡り調査した結果、消息が分かった乗組員は241人。生存していれば50代から60代のこの時期に、既に3分の1が死亡していた。被ばくした魚を水揚げした船は、東北から九州まで全国に渡っていた。その内、3分の1が山下さんの地元、高知船籍の船だった。山下先生は現在も、被災した乗組員たちに、被爆者健康手帳が交付されるように働きかけている。



<推 薦 コ メ ン ト>



「知らず学ばず、 忘れたふりして、燥ぎ過ぎた平和と繁栄の中を生きてきた日本は、3.11と共に壊滅した。今こそ僕らは正しい日本の未来を手繰り寄せるためにも、例えばこの「X年後」を見なければ、体験しなくてはならない。積年のテレビ番組を

注目してきた僕としては、今、その映画化の成果を、諸手を挙げて応援します。これは貴重な日本と日本人の記憶です……」

~大林 宣彦(映画作家)~



「放射能汚染の歴史は深くて広い。

その途方もない裾野を分け入って、曖昧な被ばくの実態を丁寧にあぶり出していく、、、そのプロセスがドキュメンタリーの神髄だ。

本作には東京電力福島原発事故以後を生きる私たちにとって非常に重要なメッセージが含まれている。 体制や権力の側がやろうとしてきたことの本質がここにも現れているからだ。 被ばくについてだまされないために踏みにじられないために、 何ができるか、この作品は問いかけてくる。」

~鎌仲 ひとみ(映画監督)~



「私がこれまで観たドキュメンタリー映画の中でも1、2を争う作品です。

自分はこれほど何も知らなかったのかと思いました。できるだけ多くの人に観てもらいたいと思います。ぜひ!!」

~斎藤 貴男(ジャーナリスト)~



「久々にドキュメンタリー映画の真実を手繰る力の確かさに衝撃を受けた。

第五福竜丸も、チェルノブイリも、フクシマも見えない負の絆でつながっている。それは生命の尊厳を冒涜する絆にほかならない。

人類はその絆を消滅させるために英知を結集しなければならない、と考えさせられた。」

~志茂田 景樹(作家)~



「衝撃を受けました。よくぞ撮ってくれたと思いました。大変なご苦労だったと思います。

ついこの前のことなのに、我々はすっかり忘れていた。又、忘れさせられていた。

同じことを何度も何度も繰り返すのか。アメリカに、こんなにひどい目にあわされて、それでも、アメリカにすがりつこうとするのか。我々は目をさます必要がある。

全国民に見てほしい。そして明日の日本を考えてほしい。とても勉強になりました。」

~鈴木 邦男~



「おらんちの池”を返せ!

土佐のよさこい節じゃないけれど、南洋はおらんちの池だ。その南洋の海をヒロシマの原爆の千倍の核実験で大破壊した奴がいる。

何百人の遠洋漁民が被爆して死んだ。日本は海で生きてきた国じゃないか。日本国は海を棄てるつもりか。

現代のジョン万次郎たちの命を、海の底で死んだ数えきれない生き物たちの命を返せ!

おらんちの海を返してくれ!」

~早坂 暁(作家・脚本家)~



「過去の不当な暗黒に学んで、その暗黒を切断することによって、まともに明るい将来を望める。

国際連合の五つの常任理事国は、すでに万を単位とする核爆弾を所有している。

人類のみじめな自滅を防ぐには、人類みんなで、何をしなければならないか、 何をしてはならないか、映画「X年後」はそのための切実な歴史の証言だ」

~むの たけじ(ジャーナリスト)~



「放射能は見えない。

匂いもないし音もない。もしも被曝しても痛みはない。症状もすぐには現れない。

だから怖い。気づけない。そして馴れてしまう。 今からおよそ60年前、第五福竜丸の乗組員たちが被曝した。それは史実。でも史実はひとつではない。

見えなくてすぐには症状が現れないからこそ、長い観察が必要になる。この映画はとても重要な視点を僕たちに提供する。まずは観てほしい。そして考えよう。

3・11を経過した今だからこそ、僕たちは何を為すべきなのかを。」

~森 達也(映画監督・作家)~



「ひとりの誠実な高校教師が不誠実な日本とアメリカの政府に対して抗議行動をしている。

その映像は、かのビキニの水爆実験は一回ではなくて105回、 被害は第五福竜丸だけではなく同時に出漁していた何百人の船員たち、さらには日本全土が放射能の被害を受けていたという恐ろしい事実を観客に伝え、この誠実な高校教師を絶望させてはならない、と静かに訴える。」

~山田 洋次(映画監督)~

村田光平元スイス大使の手紙

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7月 062013

参議院選挙が始まり、フクシマ原発が、今も大変な状況にあり、収束など全くしていないことも完全に忘れられているようである。日経CNBCでは、株価の上昇のために原発再稼働を早くすべきだ、地元住民の賛否の投票をすれば、賛成の方が多いのでは、というコメントをアナリストが、明言するほど危機感がない状況に現在の日本はなっているようだ。

少々古くなったが、以前、ご紹介した信念をもって脱原発を言い続けている元スイス大使村田光平氏の手紙を紹介させていただく。

(以下)

発信を続けております。

一つの大きな山場が来たような感じがします。現状では破局の接近を感じざるを得ません。

あらゆる立場の相違を乗り越えてその到来を未然に防ぐことが求められております。

全方位に発信を続ける所以です。



大島原子力規制委員宛メッセージ及び池田原子力規制庁長官(前警視総監)宛メッセージをお届けいたします。

別添の9年前の私の警鐘「日本の命運を左右する電力会社」を是非ご一読願います。



福島第一第1号機に関する地震事故原因説の取り扱いに同委員会の信頼がかかっております。 世界は安全保障問題として日本の原発の耐震基準の見直しを求め出しております。

事故処理国策化の第一歩となり得ます。



大飯原発再稼働は日本の恥です。

15日報じられた現地調査担当の原子力規制委員による「決定的欠陥はない」との発言が嘆かれます。田中俊一委員長の「灰色は黒とみなす」との初志は今いずこの感があります。内外でもはや疑われていない第1号機に関する地震事故原因説の取り扱いに同委員会の信頼がかかっております。世界は安全保障問題として日本の原発の耐震基準の見直しを求め出しております。

ご参考になればと存じます。




原子力規制庁



池田克彦長官殿

平成256月13日


村田光平

拝啓

初めてメッセージをお送りする失礼をお許し願います。

1999年に駐スイス大使になられた国松孝次元警察庁長官の前任者の村田です。



引退後、原子力政策の危険性を確信し、その転換を訴えて参りました。

別添の「日本の命運を左右する電力会社」と題する警告は現実となりました。

現在は、福島事故処理は世界の安全保障問題であり、国策化を急ぐよう訴えております。





安倍総理、菅官房長官宛メッセージをお届けいたします。

読めば誰もが恐ろしさを感じる別添の小沢・小出対談もお送りしてあります。

画期的会談です。



このたび日仏首脳は「原子力独裁」が国際的なものであることを改めて立証しました。

反省もなく巻き返すところは同じ父性文化の軍国主義を想起させます。騎士道精神、武士道精神の喪失が嘆かれます。



9年前の上述の警告は「世界の命運を左右する電力会社」として発信して行く必要があります。使命感を覚えております。





天地の摂理による民事、軍事を問わない核廃絶の実現が「原子力独裁」の終焉をもたらすと信じております。倫理の逆襲は始まっております。

ユネスコクラブ世界連盟が311日を地球倫理国際日と決めたことはその一例です。





福島事故は原発の存在そのものが安全保障問題であることを立証いたしました。

原子力規制庁はこの上ない重責を担うことになりました。



ご指導、ご支援をお願い申し上げます。

貴長官のご活躍、ご健闘をお祈り申し上げます。

敬具

2004年9月9日付
小論「日本の命運を左右する電力会社」を各党党首宛発出

日本の命運を左右する電力会社


現在、誰もが大きな時代の変化の到来を予感し、不安を強めております。経済至上主義は、リストラに見られる通り「人間排除」を生んでいます。今こそ人間復興を目指す文化の逆襲が必要とされます。この文化とは、揺らぎつつある戦後の政・官・財文化に取って代わる「地球市民文化」です。
市民社会が支えることとなるこの新しい文化は、脱原発を含む地球の非核化を追求し、環境破壊に脅かされた地球を救うものとなりましょう。

核関連事業につきまとう「タブー」

国民がこの目標に向かって歩み始めるには、大きな障害があります。それは、日本社会全体を覆う原子力のタブーです。これを破るものは不利益を被ることになる仕組みが存在するのです。このため国民は、原発の危険性について十分知らされないでおります。
このタブーには、電力会社が深くかかわっていると指摘されています。
今年の8月9日に発生した関西電力・美浜原発の死傷者を出した大事故は、「原発は絶対安全」としてきた原子力関係者に反省を迫るものです。これから国民は、例えば次のような原子力をめぐる異常性に目が覚めるものと思われます。このように明確な異常性に対し、見て見ぬふりをしている関係者の責任は重大です。


1 マグニチュード8を超える未曾有の巨大地震が予測されている東海地域のど真ん中に、中部電力の原発(浜岡原発)が存在すること。
2 中央防災会議(会長・内閣総理大臣)は、東海巨大地震による被害予測の中で、最も懸念される浜岡原発の事故(原発震災)の可能性を全く無視していること。
3 原発の建設や中間貯蔵施設の誘致を、隣接県・近隣県の参画のないまま一町長の実質的権限に委ねていること。
4 青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場(最悪の場合、原発一千基分の被害をもたらしうるとされている)で300余りの不正溶接が見つかったが、このズサン工事は単に監督強化で済ませることのできない体質の問題であるのに、結果的には不問に付されていること。
5 40年として設計・建設されてきた原発の寿命を、限られた関係者のみの判断で60年に延長していること。

電力会社の無責任な体質

このたびの美浜原発事故は、関電の管理体制が恐ろしい程ズサンであることを示しました。私は今年6月下旬に、関電が3600を上回る不正報告を行ったことを新聞報道で知り、衝撃を受けました。早速、政府関係者を始め、日本経団連、電気事業連合会等に対し、関電には原子力を扱う資格はなく、まして危険性の高いプルサーマル計画を実施することは論外である旨、訴えておりました。美浜原発事故は、その直後発生したのです。
国民の安全を守るためには一切の妥協を排し、最も厳しい対応が求められることを改めて思い知らされました。


このような立場からすれば、今年8月25日付の共同通信ニュース及び8月26日付の福島民報が報じた、東京電力のズサン極まりない管理体制には深刻な危機感を覚えます。
東電は、8月18日に国と県に報告した配管点検状況の調査結果において1500を上回るミスを犯し、なおかつ、「点検漏れはないという結論に変わりはない」としていることが判明したのです。同社は、一昨年には「トラブル隠し」の不祥事を起こしており、また昨秋には圧力抑制室に1023個もの異物を放置していたことが報じられました。許されざる過ちを繰り返しているのに、自らの非を認めようとしないのです。


このような事実は、東電の体質が関電と全く同じであることを示しています。しかし残念ながら、全国紙を始めマスコミは、このような重大な事実を、タブーの存在により大きく取り上げようとはしないのです。
私は関電の場合同様、関係方面に東電に対し監察を行う必要性を訴えるとともに、東電のトップに対し記者会見で釈明するよう申し入れております。この際、徹底した対策を講じなければ、東電が管轄する17基の原発の安全は、到底確保しがたいと思われます。独占的公益企業である電力会社のあり方の見直しは急務の課題です。このような監察は全ての電力会社に対して実施する必要があります。
原発推進をうたうエネルギー国策の中心的存在である電力会社の影響力は絶大です。国民の安全を脅かすものとなった原子力のタブーも、電力会社の協力なしには打破できません。日本の命運は、電力会社の手中にあると言っても過言ではありません。

世論は脱原発に動いている

最も大切なことは、原発大事故がもたらす想像を絶する破局を未然に防ぐことです。


現在、浜岡原発の運転停止を求める全国署名が進められております。この活動は、哲学者の梅原猛氏、京セラ名誉会長の稲盛和夫氏、田中康夫長野県知事などの賛同者(呼びかけ人)を得て、幅広い基盤の上に立った国民運動として盛り上がりつつあります。すでに25万人余りの署名を集め、来年3月には100万人を目指しています。
世論がこうして脱原発への「雪崩現象」に向かうならば、マスコミも目覚めるはずです。原子力のタブーが打破されれば、国民は原発立地に関する財政的な「特典」などの罪深さを悟るでしょう。そして必ずや、原子力を推進するエネルギー国策の転換を求め、これを実現するものと信じて疑いません。


問題の重要性に鑑み、超党派的立場より万全の対応をとられますよう、心よりお願い申し上げます。

米国の恐るべき情報活動の一端

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7月 032013

ところで、だいぶ前になるが、米国が日本という国で行っている諜報戦の一端を知ることのできる一文をお送りしたレポートで紹介したことがある。元外交官原田武夫氏のものである。



(引用開始)



日本のメディアは米国によって徹底して監視されているのである。かつて、作家・江藤淳は第2次世界大戦における敗戦後、占領統治を行ったGHQの下で、約8000人近くもの英語の話せる日本人が雇用され、彼らを使った日本のメディアに対する徹底した「検閲」が行われていた歴史的事実を検証した。しかし、その成果を示した著作「閉ざされた言語空間」(文春文庫)においては、この8000人近くの行方はもはや知れないという形で閉じられている。あたかも、米国による日本メディアに対する監視とコントロールが1952(昭和27)年のGHQによる占領統治の「終焉」とともに終わったかのような印象すら受ける。

しかし、現実は全く違う。「彼ら」は引き続き、日本メディアを監視し続けているのである。しかも、その主たる部隊の一つは神奈川県・座間市にあり、そこで現実に77名もの「日本人」が米国のインテリジェンス・コミュニティーのために働き続けているのである。そして驚くべきことに、彼らの給料を「在日米軍に対する思いやり予算」という形で支払っているのは、私たち日本人なのだ。

「監視」しているということは、同時にインテリジェンス・サイクルの出口、すなわち「非公然活動」も展開されていることを意味する。」



(引用終わり)



そして、今回のスノーデン暴露事件で、米国がとんでもない規模で情報収集活動をしていることが世界的に明らかになった。いろいろな情報を総合して考えると、日本という国でも、徹底した諜報・情報活動が行われていることは、間違いない。

おそらく、米国の利害関係に関わる政治家、官僚、言論人、大企業経営者、独自技術を持ちベンチャー企業経営者、団体の要職に就いている人間、そう言った人たちすべてが情報収集活動の対象であると推測できる。もしかすると、あなたのやっている仕事によっては、あなたもその対象になっている可能性がある。軍事評論家の田岡氏が差し支えない最小限の事を教えてくれているので、是非、ご一読いただきたい。



*ダイヤモンドオンラインより



(2013年6月27日)



スノーデン暴露で欧米に大波乱


日本も狙う米情報機関NSAの正体


田岡俊次 [軍事ジャーナリスト]



~米国の通信情報機関NSAと契約しているセキュリティ会社の社員エドワード・スノーデン氏(30)が、NSAの世界的な電話盗聴、Eメール監視などを暴露した事件は欧米で大波乱を巻き起こした。だが日本メディアの関心は比較的低い。巨大な闇の権力NSAに対する予備知識が欠けているためだろう。



存在自体が極秘だった



National Security Agency(NSA)は「国家安全保障局」と訳すのが日本の慣行だが、これは誤訳だ。この場合「セキュリティ」は「機密保全」の意味だから、「国家保全庁」が適訳だろう。米国には第2次大戦前から陸・海軍に通信情報組織があり、1921年のワシントン海軍軍縮会議で、日本側が「主力艦の5・5・3」の比率を呑む腹積もりであることも予知していた。

日本の外務省の電報は日本大使館より早く解読していたし、海軍、陸軍の暗号の解読にも成功した。戦後も米陸・海・空軍にそれぞれ通信傍受・解読部隊があり、これらは自軍の暗号の作成や秘話電話網の開発などもするため表向きには「セキュリティ(保全)部隊」と称した。19521024日のトルーマン大統領命令でこれらを統括する国家レベルの保全庁が設立されたが、その存在自体が極秘とされ、日本の省庁の設置法に当たる政令はいまも秘密だ。法案を議会にかければ存在が露見するから、秘密政令にしたのだろう。



設立当初でも人員は推定約1万人もいたのだが、国防総省の外局だから経費は国防予算にまぎれ込ませていると考えられる。NSAは米政府の組織表にも載せず、職員はNSAという語を使うことが厳禁され「連邦政府職員」と称した。歯科医院で麻酔中に口が滑るのを警戒し、指定医院以外に行くことも禁止だった。

1960年9月、2人のNSA暗号職員がソ連に亡命し、米国の同盟国を含む40ヵ国以上の通信を傍受していることをモスクワでの記者会見で述べたため、NSAの名が世界に知れ渡ったが、米政府は否定したためNSAは“No Such Agency”(そんな庁はない)の略称との冗談が広まった。この当時、日本の記者もはじめてNational Security Agencyの名を知り、何をする役所か分らず、National Securityは「国家安全保障」だから、それを扱うのかと思って「国家安全保障局」と誤訳したのが定着したようだ。



世界最大の諜報機関



米政府はいまではNSAの存在を認め、長官、次長等の名は公表されているが、人員、予算などの基本的事実までがなお秘密だ。本部はワシントンの北東約30キロメートルの陸軍駐屯地メリーランド州フォート・ミードにあり、約2.6平方キロメートルの敷地に約20棟のビルが並ぶ。東京の霞が関の官庁街をはるかに上回る規模で、金網のフェンスに「写真撮影、スケッチは処罰される」と米国では例外的な表示がある。一応広報室もあるので、私も一度連絡して訪れたが、丁重に金網の外の「暗号博物館」に案内されただけだった。

地元紙「ボルチモア・サン」はNSA特集をしたことがあり、その記者によれば、本部だけで推定2万人が勤務、米国最高の数学者、語学者、電子技術者の集団で、半導体工場まであるという。海外に無人局も含め約3000の受信所を設け、総人員は約3万人とされている。冷戦期には中国の協力で新疆にも受信所を設けてソ連の通信を傍受していた。NSA傘下には陸、海、空軍、海兵隊、沿岸警備隊などの「保全」(実は傍受)部隊計約10万人がいるとされる。CIA(中央情報局)は1万数千人と推定され、NSAは世界最大の情報機関だ。



NSAは、組織上は国防総省に属する外局で、長官はキース・B・アレクサンダー陸軍大将だが、情報活動はCIAを通じて伝えられるホワイトハウスのNSC(国家安全保障会議)の指示によって行っている。海外の重要拠点としては日本の三沢、英国のメンウィズ・ヒル、オーストラリアのパイン・ギャップなどがある。

米英は第2次大戦中、日独の暗号解読で密接に協力したが、戦後もそれを発展させ、NSAは英国の「政府通信本部」(GCHQ)、カナダの「通信保全機構」(CSE)、オーストラリアの「国防通信総監部」(DSD)、ニュージーランドの「政府通信保全局」(GCSB)と秘密の協力協定を結び、アングロサクソン5ヵ国の通信情報部隊はほぼ一体となって活動している。自国民の電話、Eメールなどを国内で許可なく傍受することが違法となる場には、他の国に頼んでやらせる“相互乗り入れ”も可能で、サッチャー英首相は閣僚の一部がサッチャー降ろしを図っていると疑い、カナダに頼んで閣僚の電話を盗聴させていたことを、カナダCSEの職員が内部告発したことがあった。



日本、欧州の経済情報狙う



冷戦中のNSAはもっぱらソ連とその同盟諸国の情報収集を行ったが、冷戦終了で情報機関は人員、予算削減を迫られた。このため1990年4月にはW・ウェブスターCIA長官が「日本や欧州などの米国の経済上の競争相手に対する情報戦略を扱う企画調整局を設けた」と講演で述べ、92年4月にはR・ゲーツCIA長官(2006年に国防長官)が「業務の約4割は経済分野とし、予算の3分の2を回す」と述べた。



95年6月、ジュネーブでの日米自動車交渉では日本側代表の橋本龍太郎通産相と東京との電話をNSAが傍受、CIAがその要約を毎朝M・カンター米通商代表に届けていたことがN.Y.タイムズで報じられ、日本政府は米国に真偽を問い合わせたが、米国は回答を拒否した。インドネシアでの電話網の建設やサウジアラビアへの旅客機輸出などで、米情報機関が他国企業の贈賄や不正を探知して地元政府に伝え、米企業の成約に貢献した、とか日本で開発中の次世代電池の情報を米自動車産業に伝えた、など存在価値を示す「手柄話」がリークされ報道された。贈賄はする方に非があるが、米企業がやっても米情報機関は関知せず、他国の企業を監視するのだから、米国に有利となるわけだ。



日本でのNSAの拠点、米空軍三沢基地の「セキュリティ・ヒル」と呼ばれる一角では、冷戦終了後にかえって衛星からの通信を受けるためなどのアンテナが増え、同盟国の経済情報を狙う「エシュロン」活動が活発化していることを示していた。英国以外の欧州ではエシュロンに対する警戒が高まり、欧州議会(EU諸国から人口比で議員が選出される)は1998年にこの問題を取り上げ、2000年に特別委員会を設置して調査、019月に「エシュロンの存在は疑えない」との報告書を採択した。

三沢にはNSAと米軍の「保全」部隊計約1600人がいると見られる。日本が自国も狙われている「エシュロン」のために用地を無償で提供し、「思いやり予算」で電気、水道、ガス代や、周辺で働く基地従業員の給与を負担し、宿舎の建設もするのは滑稽の限りだ。



大量傍受で選別が大変



NSAは1時間に数百万件の通信を傍受している、と言われる。宇宙には直径150メートルものアンテナを拡げる傍受衛星「トランペット」や「メンター」が周回し、地球上の弱い電波も捉える。米大使館や米軍施設などに配置された有人、無人の受信局でも携帯電話などを傍受する。

有線の固定電話でも途中がマイクロ回線になっていて簡単に傍受されることが多い。海底電線は光ケーブルに代わって安心か、と思えば、近年ではそれも傍受可能と言われる。携帯電話はデジタル化し、チャンネルを変えつつ交信するのでアマチュアの盗聴は難しくなったが、情報機関の手に掛かると「少し面倒なだけ」とも言う。インターネットは隣国との交信でも米国を経由することが多いし、NSAは主要IT企業9社の協力を得ていたことが今回スノーデン氏の暴露で分かった。



だが、あまりに大量の傍受をしても、それを翻訳し、情報価値のある通信だけを抽出するのは大変だ。NSAは記憶装置に取り込んだ通信を巨大なコンピューターを使って自動翻訳し、「ディクショナリー」というシステムで、キーワード検索して抽出するようだ。当初は「私、爆発寸前よ」と電話で友人にボヤいた主婦をマークし、その通信を追い続けたような失敗もあったが、今日では単語だけではなく前後の文脈などもコンピューターが勘案し、怪しいものだけを抜き出す技術がある、とも言われる。自動翻訳は不完全としても第1段階の選別程度には有効だろう。



これは一般の監視であり、政治家や、官僚、経済人、軍人、メディア、技術者あるいはテロや密輸に関係する疑いのある人物などは、自宅や事務所の携帯電話の番号、Eメールアドレスなどのほか、声紋登録によってどこから電話しても傍受可能らしい。要人の素行も筒抜けだから、失脚させたり、脅迫することで、他国を支配する道具にもなりうる。

NSAは多数の優秀なハッカーを抱え、コンピューターに侵入して、必要があるときに信号を送れば作動する「トロイの木馬」を仕掛けることもできる。暗号化や秘話装置でそれを防ごうとしても、米国製の暗号システムはNSA傘下の機関が許認可権を持ち、解読が不可能なものは海外に出さない、とか、OS(基本ソフト)に「バック・ドア」(裏口)を設け、情報を取り出せるようにしている、などの疑惑も出ている。日本のコンピューターセキュリティは米国に留学するなど、アメリカから学ぶことが多いから、孫悟空がお釈迦様の手の上ではね回るような感がある。



他国人の人権はほぼ無視



スノーデン氏はテロ対策のための「プリズム」作戦では監視の規制が緩められたとし、「米政府が極秘で世界の人々のプライバシーを調べ、基本的自由を侵していることは看過できない」と内部告発の動機を語ったが、オバマ大統領はこれに対し「テロ防止に必要で、外国人が対象だ」と釈明した。



だが、通信の片側が外国、あるいは米国内の外国人だと、相手側の米国人も傍受される。1978年10月以降は米国内の傍受には「外国情報監視裁判所」の令状が必要となったが、もちろん非公開で反対側の弁論もなく、傍受対象が外国か外国人であることを証明さえすれば自動的に許可されることになっている。1979年から2012年まで3万3900件の令状請求に対し却下は11件という。外国と米国の通信や、外国での通信の傍受はやりたい放題だ。

そもそも通信の秘密は基本的人権の1つで(「市民的及び政治的権利に関する国際規約」第17条)、自国民に対してやってはならないことを、外国人にはやってよい、という米政府の主張は変だ。それならば外国での人権侵害に口を出すのは矛盾した行動だ。諜報の世界では、外国の官吏を買収したり、脅迫して情報を取ることは日常的にあり、ときには拉致して拷問することまである。キューバの米軍基地グァンタナモでは、いまなおテロ関係者と疑われて他国から連行された約160人が裁判もなしに檻に拘束されている。



今回の問題でも、米国メディアや議会の関心はもっぱら米国民の人権が侵されたか否かであり、他国人の人権はほぼ無視されている。テロ防止や安全保障のためには、若干違法性のある諜報活動も慣行として認めざるをえないとしても、あまりに野放図な外国人の人権侵害は米国の信用を傷つけ、大害をもたらすだろう。



サイバー戦争を準備



米国では1980年代からコンピューターへの侵入で軍の指揮システムや電力、交通、金融、工場の制御などに混乱が起きる危険が指摘された一方、それを攻撃に使うことが論じられ、1993年に「空軍情報戦センター」がテキサス州ケリー空軍基地に作られ、約1000人がサイバー戦争の防御と攻撃の研究に当っていた。

1997年6月には35人のハッカーが市販の機材を使って米軍を攻撃する演習「エリジブル・レシーバー(受信資格者)」を行ったが、ハワイの太平洋軍司令部を始め36ヵ所の枢要なコンピューターが侵入され、指揮系統は麻痺し動員や補給も大混乱に陥った。指揮・情報系統のコンピューターは専用回線を使い、外部と絶縁したLAN(Local Area Network)のはずだったが、補給系統のネットは発注や輸送の都合上民間企業とつながざるを得ず、それを伝って指揮系統に入り込んだらしい。この後、米軍のサイバー戦部隊は急速に拡大され、20105月に「サイバー軍」が誕生した。陸、海軍に続いて空軍が生れたような形だ。その司令部はNSA本部と同じフォート・ミードに置かれ、初代司令官はNSA長官アレクサンダー大将が兼務だ。

コンピューターもインターネットも米国で軍用に発明されたものだし、第2次大戦前から暗号解読にたけ、戦後も巨大な組織を有して最先端の技術を磨いてきたNSAの情報能力がサイバー軍と合体し、サイバー戦争の戦力となるのだから、「もう1つの水爆を持った」との評価が米国で出るのも自然だ。2010年9月イランのナタンズにあるウラン濃縮施設のコンピューターが侵入を受け、遠心分離機8400本が稼働不能となったが、これは米国とイスラエルの共同作戦だったことが判明した。サイバー軍の初仕事だ。



6月7、8日のオバマ大統領と習近平国家主席の会談では「サイバー・セキュリティにおける共通のルール作りの重要性で一致。7月の米中戦略・経済対話でこの問題の作業部会を設置する」との合意に達したが、この分野で世界のどの国に対しても絶大な優位に立つ米国が、駆け出しの中国と「共通のルール」を決めて、最大の得意技を「禁じ手」にするとは考え難く、作業部会で骨抜きのルールになる可能性が高そうだ。

サイバー攻撃の真の発信源の特定は困難で、例えば日本のコンピューターへの侵入で直近の発信地が中国と分かっても、素人の落書きならともかく、情報機関のプロによる侵入は、コンピューターの遠隔操作などにより世界各地を経由して行うのが普通で、直近の発信地は真の発信源ではない可能性が高いだろう。これを「中国がやった」と言うのは日本警察が昨年6月から9月の脅迫メール「なりすまし」事件で4人を誤認逮捕したのと同様だ。中国の簡略化した字体があったといっても、通信情報機関は翻訳のために練達の語学者を揃えているから、それも根拠にならない



本当の発信源が不明では、国家間で規制のルールを作っても実効はないし、仮にそれが分かっても国家の行為か個人か企業かは突きとめにくい。各国で軍や警察がサイバー攻撃に対する防衛に努めても、多分軍自身や官庁の防衛がせいぜいで、企業の防衛にまで十分手が回るとは考えにくい。また大企業はますますグローバル化するから、本社だけでなく海外の子会社、工場なども守る必要があろうが、軍や警察は外国にある現地法人を守る権限も責任もない。



企業はセキュリティ会社と契約し世界で企業グループ全体を守ってもらい、またその能力を悪用してライバル企業の情報を得ようとすれば、そもそも国境のないサイバー空間で、無国籍化したグローバル企業が雇った傭兵ハッカー達が戦うバーチャル戦争になり、それが近未来のボーダレス時代の戦争様相となるのかもしれない。

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