米国の恐るべき情報活動の一端

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7月 032013

ところで、だいぶ前になるが、米国が日本という国で行っている諜報戦の一端を知ることのできる一文をお送りしたレポートで紹介したことがある。元外交官原田武夫氏のものである。



(引用開始)



日本のメディアは米国によって徹底して監視されているのである。かつて、作家・江藤淳は第2次世界大戦における敗戦後、占領統治を行ったGHQの下で、約8000人近くもの英語の話せる日本人が雇用され、彼らを使った日本のメディアに対する徹底した「検閲」が行われていた歴史的事実を検証した。しかし、その成果を示した著作「閉ざされた言語空間」(文春文庫)においては、この8000人近くの行方はもはや知れないという形で閉じられている。あたかも、米国による日本メディアに対する監視とコントロールが1952(昭和27)年のGHQによる占領統治の「終焉」とともに終わったかのような印象すら受ける。

しかし、現実は全く違う。「彼ら」は引き続き、日本メディアを監視し続けているのである。しかも、その主たる部隊の一つは神奈川県・座間市にあり、そこで現実に77名もの「日本人」が米国のインテリジェンス・コミュニティーのために働き続けているのである。そして驚くべきことに、彼らの給料を「在日米軍に対する思いやり予算」という形で支払っているのは、私たち日本人なのだ。

「監視」しているということは、同時にインテリジェンス・サイクルの出口、すなわち「非公然活動」も展開されていることを意味する。」



(引用終わり)



そして、今回のスノーデン暴露事件で、米国がとんでもない規模で情報収集活動をしていることが世界的に明らかになった。いろいろな情報を総合して考えると、日本という国でも、徹底した諜報・情報活動が行われていることは、間違いない。

おそらく、米国の利害関係に関わる政治家、官僚、言論人、大企業経営者、独自技術を持ちベンチャー企業経営者、団体の要職に就いている人間、そう言った人たちすべてが情報収集活動の対象であると推測できる。もしかすると、あなたのやっている仕事によっては、あなたもその対象になっている可能性がある。軍事評論家の田岡氏が差し支えない最小限の事を教えてくれているので、是非、ご一読いただきたい。



*ダイヤモンドオンラインより



(2013年6月27日)



スノーデン暴露で欧米に大波乱


日本も狙う米情報機関NSAの正体


田岡俊次 [軍事ジャーナリスト]



~米国の通信情報機関NSAと契約しているセキュリティ会社の社員エドワード・スノーデン氏(30)が、NSAの世界的な電話盗聴、Eメール監視などを暴露した事件は欧米で大波乱を巻き起こした。だが日本メディアの関心は比較的低い。巨大な闇の権力NSAに対する予備知識が欠けているためだろう。



存在自体が極秘だった



National Security Agency(NSA)は「国家安全保障局」と訳すのが日本の慣行だが、これは誤訳だ。この場合「セキュリティ」は「機密保全」の意味だから、「国家保全庁」が適訳だろう。米国には第2次大戦前から陸・海軍に通信情報組織があり、1921年のワシントン海軍軍縮会議で、日本側が「主力艦の5・5・3」の比率を呑む腹積もりであることも予知していた。

日本の外務省の電報は日本大使館より早く解読していたし、海軍、陸軍の暗号の解読にも成功した。戦後も米陸・海・空軍にそれぞれ通信傍受・解読部隊があり、これらは自軍の暗号の作成や秘話電話網の開発などもするため表向きには「セキュリティ(保全)部隊」と称した。19521024日のトルーマン大統領命令でこれらを統括する国家レベルの保全庁が設立されたが、その存在自体が極秘とされ、日本の省庁の設置法に当たる政令はいまも秘密だ。法案を議会にかければ存在が露見するから、秘密政令にしたのだろう。



設立当初でも人員は推定約1万人もいたのだが、国防総省の外局だから経費は国防予算にまぎれ込ませていると考えられる。NSAは米政府の組織表にも載せず、職員はNSAという語を使うことが厳禁され「連邦政府職員」と称した。歯科医院で麻酔中に口が滑るのを警戒し、指定医院以外に行くことも禁止だった。

1960年9月、2人のNSA暗号職員がソ連に亡命し、米国の同盟国を含む40ヵ国以上の通信を傍受していることをモスクワでの記者会見で述べたため、NSAの名が世界に知れ渡ったが、米政府は否定したためNSAは“No Such Agency”(そんな庁はない)の略称との冗談が広まった。この当時、日本の記者もはじめてNational Security Agencyの名を知り、何をする役所か分らず、National Securityは「国家安全保障」だから、それを扱うのかと思って「国家安全保障局」と誤訳したのが定着したようだ。



世界最大の諜報機関



米政府はいまではNSAの存在を認め、長官、次長等の名は公表されているが、人員、予算などの基本的事実までがなお秘密だ。本部はワシントンの北東約30キロメートルの陸軍駐屯地メリーランド州フォート・ミードにあり、約2.6平方キロメートルの敷地に約20棟のビルが並ぶ。東京の霞が関の官庁街をはるかに上回る規模で、金網のフェンスに「写真撮影、スケッチは処罰される」と米国では例外的な表示がある。一応広報室もあるので、私も一度連絡して訪れたが、丁重に金網の外の「暗号博物館」に案内されただけだった。

地元紙「ボルチモア・サン」はNSA特集をしたことがあり、その記者によれば、本部だけで推定2万人が勤務、米国最高の数学者、語学者、電子技術者の集団で、半導体工場まであるという。海外に無人局も含め約3000の受信所を設け、総人員は約3万人とされている。冷戦期には中国の協力で新疆にも受信所を設けてソ連の通信を傍受していた。NSA傘下には陸、海、空軍、海兵隊、沿岸警備隊などの「保全」(実は傍受)部隊計約10万人がいるとされる。CIA(中央情報局)は1万数千人と推定され、NSAは世界最大の情報機関だ。



NSAは、組織上は国防総省に属する外局で、長官はキース・B・アレクサンダー陸軍大将だが、情報活動はCIAを通じて伝えられるホワイトハウスのNSC(国家安全保障会議)の指示によって行っている。海外の重要拠点としては日本の三沢、英国のメンウィズ・ヒル、オーストラリアのパイン・ギャップなどがある。

米英は第2次大戦中、日独の暗号解読で密接に協力したが、戦後もそれを発展させ、NSAは英国の「政府通信本部」(GCHQ)、カナダの「通信保全機構」(CSE)、オーストラリアの「国防通信総監部」(DSD)、ニュージーランドの「政府通信保全局」(GCSB)と秘密の協力協定を結び、アングロサクソン5ヵ国の通信情報部隊はほぼ一体となって活動している。自国民の電話、Eメールなどを国内で許可なく傍受することが違法となる場には、他の国に頼んでやらせる“相互乗り入れ”も可能で、サッチャー英首相は閣僚の一部がサッチャー降ろしを図っていると疑い、カナダに頼んで閣僚の電話を盗聴させていたことを、カナダCSEの職員が内部告発したことがあった。



日本、欧州の経済情報狙う



冷戦中のNSAはもっぱらソ連とその同盟諸国の情報収集を行ったが、冷戦終了で情報機関は人員、予算削減を迫られた。このため1990年4月にはW・ウェブスターCIA長官が「日本や欧州などの米国の経済上の競争相手に対する情報戦略を扱う企画調整局を設けた」と講演で述べ、92年4月にはR・ゲーツCIA長官(2006年に国防長官)が「業務の約4割は経済分野とし、予算の3分の2を回す」と述べた。



95年6月、ジュネーブでの日米自動車交渉では日本側代表の橋本龍太郎通産相と東京との電話をNSAが傍受、CIAがその要約を毎朝M・カンター米通商代表に届けていたことがN.Y.タイムズで報じられ、日本政府は米国に真偽を問い合わせたが、米国は回答を拒否した。インドネシアでの電話網の建設やサウジアラビアへの旅客機輸出などで、米情報機関が他国企業の贈賄や不正を探知して地元政府に伝え、米企業の成約に貢献した、とか日本で開発中の次世代電池の情報を米自動車産業に伝えた、など存在価値を示す「手柄話」がリークされ報道された。贈賄はする方に非があるが、米企業がやっても米情報機関は関知せず、他国の企業を監視するのだから、米国に有利となるわけだ。



日本でのNSAの拠点、米空軍三沢基地の「セキュリティ・ヒル」と呼ばれる一角では、冷戦終了後にかえって衛星からの通信を受けるためなどのアンテナが増え、同盟国の経済情報を狙う「エシュロン」活動が活発化していることを示していた。英国以外の欧州ではエシュロンに対する警戒が高まり、欧州議会(EU諸国から人口比で議員が選出される)は1998年にこの問題を取り上げ、2000年に特別委員会を設置して調査、019月に「エシュロンの存在は疑えない」との報告書を採択した。

三沢にはNSAと米軍の「保全」部隊計約1600人がいると見られる。日本が自国も狙われている「エシュロン」のために用地を無償で提供し、「思いやり予算」で電気、水道、ガス代や、周辺で働く基地従業員の給与を負担し、宿舎の建設もするのは滑稽の限りだ。



大量傍受で選別が大変



NSAは1時間に数百万件の通信を傍受している、と言われる。宇宙には直径150メートルものアンテナを拡げる傍受衛星「トランペット」や「メンター」が周回し、地球上の弱い電波も捉える。米大使館や米軍施設などに配置された有人、無人の受信局でも携帯電話などを傍受する。

有線の固定電話でも途中がマイクロ回線になっていて簡単に傍受されることが多い。海底電線は光ケーブルに代わって安心か、と思えば、近年ではそれも傍受可能と言われる。携帯電話はデジタル化し、チャンネルを変えつつ交信するのでアマチュアの盗聴は難しくなったが、情報機関の手に掛かると「少し面倒なだけ」とも言う。インターネットは隣国との交信でも米国を経由することが多いし、NSAは主要IT企業9社の協力を得ていたことが今回スノーデン氏の暴露で分かった。



だが、あまりに大量の傍受をしても、それを翻訳し、情報価値のある通信だけを抽出するのは大変だ。NSAは記憶装置に取り込んだ通信を巨大なコンピューターを使って自動翻訳し、「ディクショナリー」というシステムで、キーワード検索して抽出するようだ。当初は「私、爆発寸前よ」と電話で友人にボヤいた主婦をマークし、その通信を追い続けたような失敗もあったが、今日では単語だけではなく前後の文脈などもコンピューターが勘案し、怪しいものだけを抜き出す技術がある、とも言われる。自動翻訳は不完全としても第1段階の選別程度には有効だろう。



これは一般の監視であり、政治家や、官僚、経済人、軍人、メディア、技術者あるいはテロや密輸に関係する疑いのある人物などは、自宅や事務所の携帯電話の番号、Eメールアドレスなどのほか、声紋登録によってどこから電話しても傍受可能らしい。要人の素行も筒抜けだから、失脚させたり、脅迫することで、他国を支配する道具にもなりうる。

NSAは多数の優秀なハッカーを抱え、コンピューターに侵入して、必要があるときに信号を送れば作動する「トロイの木馬」を仕掛けることもできる。暗号化や秘話装置でそれを防ごうとしても、米国製の暗号システムはNSA傘下の機関が許認可権を持ち、解読が不可能なものは海外に出さない、とか、OS(基本ソフト)に「バック・ドア」(裏口)を設け、情報を取り出せるようにしている、などの疑惑も出ている。日本のコンピューターセキュリティは米国に留学するなど、アメリカから学ぶことが多いから、孫悟空がお釈迦様の手の上ではね回るような感がある。



他国人の人権はほぼ無視



スノーデン氏はテロ対策のための「プリズム」作戦では監視の規制が緩められたとし、「米政府が極秘で世界の人々のプライバシーを調べ、基本的自由を侵していることは看過できない」と内部告発の動機を語ったが、オバマ大統領はこれに対し「テロ防止に必要で、外国人が対象だ」と釈明した。



だが、通信の片側が外国、あるいは米国内の外国人だと、相手側の米国人も傍受される。1978年10月以降は米国内の傍受には「外国情報監視裁判所」の令状が必要となったが、もちろん非公開で反対側の弁論もなく、傍受対象が外国か外国人であることを証明さえすれば自動的に許可されることになっている。1979年から2012年まで3万3900件の令状請求に対し却下は11件という。外国と米国の通信や、外国での通信の傍受はやりたい放題だ。

そもそも通信の秘密は基本的人権の1つで(「市民的及び政治的権利に関する国際規約」第17条)、自国民に対してやってはならないことを、外国人にはやってよい、という米政府の主張は変だ。それならば外国での人権侵害に口を出すのは矛盾した行動だ。諜報の世界では、外国の官吏を買収したり、脅迫して情報を取ることは日常的にあり、ときには拉致して拷問することまである。キューバの米軍基地グァンタナモでは、いまなおテロ関係者と疑われて他国から連行された約160人が裁判もなしに檻に拘束されている。



今回の問題でも、米国メディアや議会の関心はもっぱら米国民の人権が侵されたか否かであり、他国人の人権はほぼ無視されている。テロ防止や安全保障のためには、若干違法性のある諜報活動も慣行として認めざるをえないとしても、あまりに野放図な外国人の人権侵害は米国の信用を傷つけ、大害をもたらすだろう。



サイバー戦争を準備



米国では1980年代からコンピューターへの侵入で軍の指揮システムや電力、交通、金融、工場の制御などに混乱が起きる危険が指摘された一方、それを攻撃に使うことが論じられ、1993年に「空軍情報戦センター」がテキサス州ケリー空軍基地に作られ、約1000人がサイバー戦争の防御と攻撃の研究に当っていた。

1997年6月には35人のハッカーが市販の機材を使って米軍を攻撃する演習「エリジブル・レシーバー(受信資格者)」を行ったが、ハワイの太平洋軍司令部を始め36ヵ所の枢要なコンピューターが侵入され、指揮系統は麻痺し動員や補給も大混乱に陥った。指揮・情報系統のコンピューターは専用回線を使い、外部と絶縁したLAN(Local Area Network)のはずだったが、補給系統のネットは発注や輸送の都合上民間企業とつながざるを得ず、それを伝って指揮系統に入り込んだらしい。この後、米軍のサイバー戦部隊は急速に拡大され、20105月に「サイバー軍」が誕生した。陸、海軍に続いて空軍が生れたような形だ。その司令部はNSA本部と同じフォート・ミードに置かれ、初代司令官はNSA長官アレクサンダー大将が兼務だ。

コンピューターもインターネットも米国で軍用に発明されたものだし、第2次大戦前から暗号解読にたけ、戦後も巨大な組織を有して最先端の技術を磨いてきたNSAの情報能力がサイバー軍と合体し、サイバー戦争の戦力となるのだから、「もう1つの水爆を持った」との評価が米国で出るのも自然だ。2010年9月イランのナタンズにあるウラン濃縮施設のコンピューターが侵入を受け、遠心分離機8400本が稼働不能となったが、これは米国とイスラエルの共同作戦だったことが判明した。サイバー軍の初仕事だ。



6月7、8日のオバマ大統領と習近平国家主席の会談では「サイバー・セキュリティにおける共通のルール作りの重要性で一致。7月の米中戦略・経済対話でこの問題の作業部会を設置する」との合意に達したが、この分野で世界のどの国に対しても絶大な優位に立つ米国が、駆け出しの中国と「共通のルール」を決めて、最大の得意技を「禁じ手」にするとは考え難く、作業部会で骨抜きのルールになる可能性が高そうだ。

サイバー攻撃の真の発信源の特定は困難で、例えば日本のコンピューターへの侵入で直近の発信地が中国と分かっても、素人の落書きならともかく、情報機関のプロによる侵入は、コンピューターの遠隔操作などにより世界各地を経由して行うのが普通で、直近の発信地は真の発信源ではない可能性が高いだろう。これを「中国がやった」と言うのは日本警察が昨年6月から9月の脅迫メール「なりすまし」事件で4人を誤認逮捕したのと同様だ。中国の簡略化した字体があったといっても、通信情報機関は翻訳のために練達の語学者を揃えているから、それも根拠にならない



本当の発信源が不明では、国家間で規制のルールを作っても実効はないし、仮にそれが分かっても国家の行為か個人か企業かは突きとめにくい。各国で軍や警察がサイバー攻撃に対する防衛に努めても、多分軍自身や官庁の防衛がせいぜいで、企業の防衛にまで十分手が回るとは考えにくい。また大企業はますますグローバル化するから、本社だけでなく海外の子会社、工場なども守る必要があろうが、軍や警察は外国にある現地法人を守る権限も責任もない。



企業はセキュリティ会社と契約し世界で企業グループ全体を守ってもらい、またその能力を悪用してライバル企業の情報を得ようとすれば、そもそも国境のないサイバー空間で、無国籍化したグローバル企業が雇った傭兵ハッカー達が戦うバーチャル戦争になり、それが近未来のボーダレス時代の戦争様相となるのかもしれない。

先般、人生の先輩方とお話をしている内に、はっきり言えないが、間違いなく「日本というもの」が古代から続いているという話が出た。私なりの考えを再掲させていただくことにした。

どうも、日本人が意識していない日本人の独自性というものが、厳然と存在しているようだ。

そしてそのことが、日本という国、日本人の世界での生存を危ういものにしている可能性も否定できない。かつて、グレゴリー・クラーク氏が「ユニークな日本人」(講談社現代新書)という本で次のような論旨を展開したことがある。

日本人のユニークさは、たんにヨーロッパ人と比してだけではなく、インド人や中国人と比しても際立っている。要するに日本人と非日本人という対比がいちばん適切なほどにユニークである。

そのユニークさは、日本以外の社会には共通しているが日本にはないものによってしか説明できない。それは外国との戦争、すなわち外国からの征服である。
明治維新までの日本には、幸せなことに異民族に侵略され、征服され、虐殺されるというような悲惨な歴史がほとんどなかった。日本人同士の紛争は多くあったが、その紛争でも一神教の欧米のように徹底した虐殺に至ることは、ほとんどなかった。しかし相手が異民族であれば、自民族こそが正義であり、優秀であり、あるいは神に支持されているなどを立証しなければならない。「普遍的な価値観」によって戦いを合理化しなければならない。
他民族との戦争を通して、部族の神は、自民族だけではなく世界を支配する正義の神となる。武力による戦いとともに、正義の神相互の殺し合い、押し付け合いが行なわれる。社会は、異民族との戦争によってこそよりイデオロギー的になる。
ところが日本は、異民族との激しい闘争をほとんど経験してこなかったために、西洋的な意味での神も、イデオロギーも全く必要としなかったのだ。イデオロギーなしに自然発生的な村とか共同体に安住することができた。だから日本の都市には西洋や中国、朝鮮のように城壁が築かれたことがない。闘争の歴史に明け暮れた西洋人は、当然のごとく一神教の宗教やイデオロギーのよう原理・原則の方が断然優れていると思っている。「イデオロギーを基盤にした社会こそが進んだ社会であり、そうしないと先進文化は創れない」と盲信している。

ところが日本は強力な宗教やイデオロギーによる社会の再構築なしに、村落的な共同体から逸脱しないで、それをかなり洗練させる形で、大人しくしかも安定した、高度な産業社会を作り上げてしまった。ここに日本のユニークさの源泉があるというのだ。
このような日本人の特質は、ヨーロッパだけではなくアジア大陸の国々、たとえは中国や韓国と比べても際立っているという。中国人や韓国人は、心理的には日本人より欧米人の方にはるかに近い。欧米風のユーモアをよく理解するし、何よりも非常に強く宗教やイデオロギーを求めている。中国人や韓国人は、思想の体系や原則を求めるが、日本人は求めない。
西欧だけではなく、アジアのほかの国々とも区別される日本人のユニークさは、自然条件だけでは説明できるものではない。日本が稲作中心の文明であったことは重要だが、それが日本文化のユニークさを生んだ主因ではない。韓国も稲作中心だったが、クラーク氏がいう日本人のユニークさと共通のユニークさがあるわけではない。結局、彼は大陸の諸国に比べ、異民族との闘争が極端に少なかったという要因こそが、イデオロギーに拘泥しない(あまりに人のいい)と言われる日本人のユニークさ:独自性を作り上げているというのである。
クラーク氏は、日本の社会の素晴らしさの一つとして平等主義を挙げている。日本人の態度のうえにもそれが見られ、その素晴らしさは世界一ではないかという。店に入っても、まちに行っても、どこに行っても階級的な差がまったく感じられないというのだ。イデオロギー社会では、こういう平等性が成り立たない。
その理由を著者は明確にしているわけではないが、日本に、西欧に見られるような階級差が見られないのは、やはり異民族に征服された経験がないからだろう。その点は、同じ島国でありながらイギリスと好対照をなしている。イギリスの階級差は、明らかに征服民と被征服民の差を基盤としている。
さて、以上のようにクラーク氏は、日本人のユニークさの要因を、異民族との闘争のなさだけに求めている。

しかし、それも確かにひとつの大切な要因であるが、このひとつの理由だけで日本人のユニークさを論じるのはやはり無理がある。

私は、日本人のユニークさは狩猟・採集を基本とした「縄文文化」が、抹殺されずに日本人の心の基層として無自覚のうちにも生き続けていることが一番大きな要因だと考える。

それを哲学者・梅原 猛氏は「森の文化」だと言っている。日本人は、「ギルガメシュ神話」のように「森の神」を殺さなかったのだ。そして、ユーラシアの穀物・牧畜文化に対して、日本は穀物・魚貝型とで言うべき大陸とは全く違うユニークな文化を形成していったのである。
世界でも稀な縄文時代という土器文化を異常に長く続けた歴史こそ、おそらく日本人のユニークさの源泉なのであろう。このような歴史を歩めた幸運が日本人の独自性を創り上げたと考えるべきだと思われる。

また、日本語を母国語とすることによる脳の使い方の違いも考えるべきであろう。角田忠信博士が書いた「日本人の脳」という本はそのことを解明した画期的な本であった。

東京医科歯科大学の教授であった角田博士によると、日本人と西洋人とでは、脳の使い方に違いがあるという。すなわち、日本人の場合は、虫やある種の楽器(篠 笛などの和楽器)などの非言語音は言語脳たる左半球で処理される。もしそれが事実とするならば、欧米人が虫や楽器の音を 単なる音として捕らえるのに対して、日本人はその一部を言葉的に捕らえる、つまり意味を感じていると考えることができる。この事は日本人の認識形態、文化に取って非常に重要だ。一般的に意味、つまり、言葉を発する主体は意識体として認識される。しかしながら、日本人にとって楽器などの奏でる非言語音がその一部とは言え、言語脳を刺激して語り掛けているならば、それが人間から発せられるものでない以上、別の意識体、つまり、霊魂、神々、魔物 などの霊的意識体として感じ取られる感受性の高さに結び付くのではないか。また、その事が日本人の精神の基層を為していると考えることもできるからだ。

このことから日本語を使う日本人の脳は本来的にアニミズム的であり、多神教的であると言えよう。そして、おそらくは日本特有の言霊の概念もこの様な認識の上に成り立つ。

ところで、角田氏に拠ると幼年期を欧米で過ごし、英語やフランス語などで育った日本人は欧米型の脳に成り、日本語で育った欧米人は日本型の脳に成る。つまり、幼年期に使う言葉によって、脳の機能が決定されることになる。母国語は、脳にとってパソコンのOS(オペレーションシステム)のようなものであるらしい。

もし、日本語がその様な脳を作り出す特性を持っているとしたら、どのような異文化が流入しても、日本の根底に在る文化、精神は変化しないのか。また、この様な日本語の特質は果たしていつ頃からできたのか。博士の研究に拠ると、この日本人特有と思われたパターンが他の民族からも見付かっている。いわゆる黄色人種の中には日本型の脳はなかった。日本人に最も近いとされる韓国人にしても欧米型であった。しかし、太平洋に点在する島々の住人、つまり、その現地語を話すミクロネシアなどの人々は日本型と判断された。ポリネシアの言語もその形態の近い事から同様の脳を作ると考えられる。

実を言えば、現在、縄文人の直系の子孫と思われるアイヌの人々は遺伝的にポリネシアンに近い事が分かっている。また、哲学者梅原 猛氏が言うようにアイヌ語は縄文の言語の形態を色濃く残していると考えられている。最近の研究ではミクロネシアン、ポリネシアン、縄文人、アイヌなどは氷河期以前のモンゴロイドと言う意味で旧モンゴロイドと名付けられ分類をされている。ミクロネシア系の言語が日本型脳を作るのなら、そして縄文語から発展した日本語が日本型の脳を作るのなら、アイヌ語も日本型の脳を作ると推測できる。つまり、旧モンゴロイド系の言語は本来的にアニミズム的な多神教的な脳を産み出すと考えられる。むろん、文明を持つ以前の人類は、アルタミラの洞窟壁画を見ればわかるように旧モンゴロイドに限らず、アニミズム的な世界観を抱いていた。もちろん、自然との対話から直感を得、自然との関わり方を学ぶ能力は旧モンゴロイドの専売特許ではなかったことは言うまでもない。しかしながら、人類の多くはその様な能力を伝える言語を失った?が為に、文明の進展と共にその様な能力を失っていった。使われぬ能力が退化をするのは自然の摂理だ。

しかしながら、我々日本人の言語はその様な能力を脳に与える潜在的力を秘めている。この能力は非常に貴重であり、文明の進んだ今日こそ、改めて見直されるべきであることは言うまでもない。

日本語はおそらく、縄文語が渡来人の言語を取り入れる事で進化をした言語である。そういった変化の中でも、縄文時代からの基本的な部分、つまり、日本型の脳を基礎付ける要素:母音中心の言語であることは変わらなかった。そのために我々日本人は、縄文の心性を無意識の内に持ち続けることになったと考えてもいいのではないか。

ところで、現在の日本人がしっかり肝に銘じなければいけないことは、一部の欧米の超エリートたちには、普通の日本人が意識していないこの日本人の独自性というものがどうにも我慢ならないということである。彼らから見ると、「原始の尻尾」を引き摺っている野蛮人の日本人がハイテク技術の最先端を行っているのが許しがたいという処だろう。




今回は、そのことを本当によく伝えているわが郷土が生んだ珍しい本を紹介したい。

それは、「自由民権 村松愛蔵とその予告」(柴田良保著)である。昭和55年に地元の東海日日新聞に連載されたものをまとめたほんとうに不思議な本である。

田原出身の村松愛蔵という戦前、衆議院議員を何期か務めた自由民権の運動家でもあった政治家の評伝である。

明治維新以降の近代史を知る上でいろいろなエピソードの(吉田が徳川家康所縁の地であったために豊橋に改名を命じられ、維新政府に冷遇されてきた等の)一つ一つが興味深いがやはり、一番は題名の一部にもなっている予告の部分であろう。

この本の中で二回、ユダヤ人と思しき恐るべき学識の人間が登場し、日本という国と世界の仕組みについてそれぞれ講義をするのだが、驚くべきことは、明治30年に村松愛蔵氏がパリでロシア系ユダヤ人に聞かされた内容と昭和55年にこの本を書いた柴田良保氏が東京においてあるユダヤ人から受けた講義の内容が全く同じだったと言うことだろう。

明治30年に村松氏はこのように言われた。



「世界の経済を動かしているもの、それはロスチャイルド、モルガン、ロックフェラーのユダヤ財閥である。その背後にフリーメーソンがある。フリーメーソンはキリスト教国が異教徒に占領されることを許さない。」

「日本政府はキリスト教を弾圧している。よろしくない。なぜ、弾圧するのか。キリストは唯一の神である。天皇を唯一の神とする日本に、唯一の神であるキリストが入ることが許せないからだ。そしてやがて、日本は、キリスト教国と戦争する日がくる。その時は、キリスト教国が連合して日本を叩きのめすだろう。」

「いまの神道を国教とする天皇教国、日本はいつの日かキリスト教連合国と大戦争をやって敗北するだろう。」

そして、昭和55年、この評伝を書いた柴田良保氏の前に、またしてもユダヤ人が現れて同様の講義を彼に聞かせるのである。

「太平洋戦争は、キリスト教連合と天皇教大日本帝国との戦争であった。すなわち、宗教戦争であった。」

GHQ(連合国総司令部)の日本占領政策は、フリーメーソンの意図による「天皇制宗教」の打破撲滅であった。」

「日本人が自発的に日本人でなくなる道をとるなら、それは日本民族の集団自殺であるが、それでも良い。だが、もしも日本人がその歴史的民族的伝統を復活させるようなことが、あれば我々キリスト教、ユダヤ財閥、フリーメーソン連合はただちに日本を包囲して今度こそ、日本民族を一人残らず、皆殺しにする作戦を発動するであろう。」

とんでもない恐喝である。

しかしながら、フリーメーソン、ユダヤ財閥、キリスト教徒という言葉に惑わされないで考えると、これらの言葉の中には、欧米の超エリートが日本人に対して本質的に考えていることがはっきり表明されているのではないかと私には思われる。かつて山本七平氏は、「日本教徒」という本の中で、日本には、仏教徒、キリスト教徒、神道教徒というものは存在しない。日本教徒仏教派、キリスト派、神道派がいるだけだというようなことを書いていたが、全くその通りで、意識する、しないは別として、日本人は一万五千年前から、アニムズム的共生思想の中で生き続けてきたのである。

そして、どうも地球上の日本以外の地域ではそのような幸せな歴史を歩むことができなかったようなのである。そういった意味では、「文明の衝突」という本でサミュエル・ハンチントンが言うように「日本文明」は世界の中で孤立した文明なのであろう。というより本当の意味で地球オリジナルの文明として唯一残ったのが日本文明だと考えることができるかもしれない。

であるならば、我々日本人が二十一世紀を生き抜いていくためには、今一度、日本人としてのアイデンティティの確立が求められているのではないだろうか。

*村松愛蔵は田原藩の家老の家に生まれ,藩校成章館や豊橋の穂積清軒(ほづみせいけん)主宰の洋学校好問社 で儒学(じゅがく)・英語などを学んだ。16歳で上京した後,東京外国語学校(現東京外国語大学)ロシア語学科に編入する。彼はそのころ盛んになりつつあった自由民権運動に関心をもち,田原に帰郷後,同士を集めて恒心社という政治結社をつくり, 国会開設の運動を盛り上げた。また,25歳の時に新聞に発表した「日本憲法草案」は,一院制の国会,国民の権利を無制約的に保障し,税額を問わず国税納付者・婦人戸主・満18歳以上の男子の選挙権を認めるなど,当時としては非常に斬新なものであった。しかし,長野県飯田の自由党員たちと挙兵暴動計画に加わり,事前に発覚したため処罰され,服役した(飯田事件)。
その後,憲法発布の大赦により釈放された後は,大同団結運動,立憲自由党に加わった。そして,1898年(明治31)に衆議院議員に初当選後,1909年(明治42)に政界を去るまで,立憲政友会に所属して政界で活躍した。晩年は宗教人として生涯を終えた。



グレゴリー・クラーク(Gregory Clark, 1936年5月19日 – )

イギリス生まれ、オーストラリア育ち、日本在住の外交官・学者である。

現在、国際教養大学副学長。多摩大学名誉学長。日本人論の論客。専門は政治学。父親は産業分類で知られる著名な経済学者コーリン・クラーク。

<経歴>

1936年 イギリス・ケンブリッジ生まれ

1957年 オックスフォード大学卒業

1956年 オーストラリア外務省勤務(中国担当官、駐ソ大使館員)

1965年 対外投資研究のため来日

1976年 上智大学教授に就任

1995年 上智大学退職、多摩大学学長に就任

2000年 教育改革国民会議委員

2001年 多摩大学学長退任

2004年 国際教養大学副学長

梅原 猛(うめはら・たけし)

1925年、宮城県仙台生まれ。京都大学文学部哲学科卒。立命館大学教授、京都市立芸術大学学長、国際日本文化センター所長などを歴任。『隠された十字架 法隆寺論』(毎日出版文化賞)、『水底の歌』(大佛次郎賞)など著書多数。近著に五木寛之氏との共著『仏の発見』(平凡社刊)など。



*参考資料 「日本人の脳」 角田忠信著より
右脳と左脳、それぞれの機能の特徴(欧米人の脳モデル)。

【左脳】 【右脳】
言語脳、理性、デジタル的、ストレス脳。 イメージ脳、感性、アナログ的、リラックス脳。
顕在意識(意識)、理解・記憶を求める、段階的に少量ずつ受け入れる、低速で受け入れる、直列処理する、手動処理、意識処理。 潜在意識(無意識)、理解・記憶を求めない、一度に大量を受け入れる、高速で受け入れる、並列処理する、自動処理、無意識処理。
言語、観念構成、算術処理などに適し、分析的、抽象的、論理的。 音楽、図形感覚、絵画、幾何学処理などに適し、合成的、全体的、感覚的、直観的。
もちろん、右脳と左脳はバラバラに働いているのではなく、普通は協働的に機能している。ただし、「言語」が発せられたとき、言語脳である左脳が優位となる。例えば、楽器の音色を聴いているとき、右脳が受容処理の主体となっているが、言葉が聞こえてくると、その音楽を含めて左脳で処理され始めるのである。しかしこれは多数派のWindowsのOSで働く脳の場合である。
Mac-OSとでも言うべきOSで働く日本人の脳の場合は、最初から特殊である。洋楽器の音色こそ右脳受容であるが、三味線など邦楽器となれば初めから左脳で受容されるのである。前述したが、虫の音も左脳(欧米人は右脳)だし、言語は母音・子音とも左脳(欧米人は母音は右脳、子音は左脳)である。さらに、日本人は情動(感情、パトス)も左脳にその座がある。音関係について、まとめよう。

〈左脳で受容〉 〈右脳で受容〉
【日本人の脳】 言語(母音・子音)、情動的な人声(喜怒哀楽の声、ハミング)、虫や動物の鳴き声、波や雨音、邦楽器音 洋楽器音、機械音
【欧米人の脳】 言語(子音) 言語(母音)、情動的な人声(喜怒哀楽の声、ハミング)、虫や動物の鳴き声、波や雨音、邦楽器音、洋楽器音、機械音
それぞれ〈右脳で受容〉の音だけが聞こえている間は右脳優位となるが、〈左脳で受容〉の音が聞こえ始めた途端、左脳優位となり、〈右脳で受容〉の音も左脳経由で処理される。

西欧思想を学ぶ者にとって、ロゴス(論理)とパトス(情念)というのは基本タームであり、この二項対立が西欧思想を形作っていることは常識である。例えば、理性と感情、霊魂と肉体、精神と身体などというのは、このヴァリエーションである。ここからデカルト的にさらに引き延ばせば、思惟と延長、精神と物体、人工と自然、人間と世界などの二元対立項も引き出せる。

欧米人のこの二元論思考には、実に生理学的根拠があったのだ。彼らのOSでは、

【左脳】 【右脳】
ロゴス(言葉) パトス(言葉ではないもの)、人間以外の自然、もの(物体、延長)
と脳は作動している。
ところが、日本語OSに従う日本人の脳の場合はどうか。

【左脳】 【右脳】
こころあるもの(ロゴス、パトス、自然) こころがない、ただの「もの」(物体)

4月 022013

 戦後史を見直し、独立自尊の国を目指すべき時がきている。そのためには、私たちは、日本国憲法、サンフランシスコ講和条約、日米安保条約、日米地位協定、日米原子力協定について本当の事実を知る必要がある。そして、現在、話題になっているTPPも、マスコミが報道しない本当の事を知る必要があることは言うまでもない。だが、その前に、決して、西洋のエリートがおくびにも出さないが、腹のなかで、日本人に対して抱いている観念を知らなければ、この状況を打開することなどできないだろう。私たち日本人は、高度成長後、「名誉白人」扱いされて勘違いしてきたが、西洋のエリートの根強い黄色人種に対する偏見を今一度、冷徹に見つめる時を、迎えているような気がしてならない。

「我々は西洋のエリートからこのように見られている!?」 

 

 チャールトン・ヘストン主演の「猿の惑星」というSF映画をご覧になった方も多いのではないか。実はあの映画に登場する猿たちはどうも日本人のことらしい。日本人が白人捕虜を虐げていたかのような妄想を映画化し、それをさらに妄想を広げて、今度は日本人が地球を支配してしまったらどうするという根も葉もない白人の中にある恐怖心を煽るために作られた映画だった。ご存じだろうか。

原作者はピエール・ブール(Pierre-François-Marie-Louis Boulle, 1912年2月21日 – 1994年1月30日)。彼は名作と言われている「戦場にかける橋」という早川雪州氏が出演していた白人美化プロパガンダ映画の原作者でもある。現実には、日本軍は、木製の橋を現地では築造していない。コンクリートの橋を自前で造ったようである。

また、フランシス・コッポラの有名な「地獄の黙示録」に登場するマーロン・ブランド演じるカーツ大佐のモデルはマッカーサーだということをお聞きになったことがあるだろうか。東アジアの奥地で原住民(=日本人)の王となったカーツ大佐なる狂気の人物を、本国に強制送還するか射殺してこいという物語である。



以前のレポートでも指摘させていただいたように、一部の欧米のエリート白人たちには、普通の日本人が意識していないこの日本人の独自性というものがどうにも我慢ならない。

彼らから見ると、「原始の尻尾」を引き摺っている野蛮人の日本人がハイテク技術の最先端を行っているのが許しがたいというところだろう。それは当然カラードピープル全体に向けられた根深い歴史的背景を持つ偏見でもある。20世紀、黄色人種、日本人が西洋人からどのように見られていたか。尊敬する松岡正剛氏が良い評論を書いているのでご紹介させていただく。そして現在もその本質は全く変わっていないことを我々は忘れてはならない。

*松岡正剛氏のブログより 

「黄禍論とは何か」ハインツ・ゴルヴィツァー 

Heinz Gollwitzerr : Die Gelbe Gefahr 1962 瀬野文教[訳]草思社 1999

編集/加瀬昌男・碇高明 装幀/間村俊一

 

 20世紀初頭の黄禍論(イエローペリル)が世界にまきちらした問題について、簡略に案内しておきたい。なぜなら黄禍論という前代未聞の奇怪な“イエローピープル大嫌いムーブメント”には、そもそもは中世のモンゴルとその亜流のすさまじい動向が、そのぶりかえしともいうべき20世紀初頭の汎モンゴル主義の運動が、さらには今後の日米同盟関係や日本と東アジアのグローバリゼーションとのぎくしゃくしていくだろう関係などについての、すこぶる重要な“予言”がいくつも含まれているからだ。
 本書はそういう黄禍論の近現代史を、めずらしくコンパクトにまとめた本である。ただし、その観察はあくまでも欧米側からのものなので、今夜はテキストとして本書のほかに、橋川文三の『黄禍物語』(岩波現代文庫)などをところどころとりまぜて案内する。
 ヨーロッパ、ロシア、アメリカで19世紀末から20世紀初頭にかけて、ほぼ同時に沸き上がった黄禍論は、中国人と日本人が白色人種に与えた脅威のことをいう。
 当時、3つの現象が欧米の脅威になっていた。①安価で忍耐強い黄色の労働力が白人の労働力を凌駕するのではないか。②日本製品の成功が欧米経済に打撃を与えるのではないか。③黄色の国々が次々に政治的独立を果たして近代兵器で身をかためるのではないか。
 まるで今日にも通じそうな話だが、黄禍論はそのころのアジアの力が急激に増大してきたことへの過剰な警戒から生まれた。それは中国や日本からすれば黄禍ではなくて「白禍」(ホワイトペリル)というものだった。どんなふうに黄禍論が沸き上がっていったのか、重要なのはその異常発生の背景なので、そのアタマのところを紹介しておこう。

 日清戦争が勃発した1894年、ジョージ・ナサニエル・カーソンというイギリスの政治家が『極東の諸問題』という本を世に問うた。イギリスこそが世界制覇をめざすというジョンブル魂ムキムキの本で、斯界ではこの手の一級史料になっている。
 カーソンは、イギリスがこれから世界政策上でロシアと対立するだろうから、その激突の最前線になる極東アジアについての政治的判断を早くするべきだと主張して、それには中国の勢力をなんとかして減じておくことが必要だと説いた。対策は奇怪なもので、ロシアを抑えるには中国を先に手籠めにしておくべきで、それには日本を“東洋のイギリス”にして、その日本と中国を戦わせるほうにもっていけば、きっと日本が中国に勝つだろうというものだった。「タイムズ」の編集長のバレンタイン・チロルも『極東問題』を書いて、この路線に乗った。
 カーソンやチロルの期待と予想は当たった。日清戦争で日本は勝ったのだ。しかし、これで問題が広がった。ひょっとしたら中国だけではなく、日本こそが世界の脅威になるのではないか。いや、日本は御しやすい。むしろ中国が戦争に負けたからといって中国の経済力が衰えることはないのではないか。さまざまな憶測が広まるなかでの1895年、イギリスの銀行家トーマス・ホワイトヘッドは『アジア貿易におけるイギリスの危機的状況』という講演をロンドンでぶちあげ、中国の銀本位制にイギリスの金本位制が、たじたじになっていることをこそ解決すべきだと訴えた。

 一方、こうした極東状況を横目で見ていた二人の皇帝が、まことに勝手なことに、突然にあることを示し合わせた。
 有名な話だが、“カイゼル”ことドイツ皇帝ヴィルヘルム2世がロシア皇帝ニコライ2世に手紙を書いて、そこで「黄禍」という言葉を使い、ポンチ絵で黄色人種を揶揄ってみせたのだ。「黄色い連中を二人で叩きのめそうよ」というポンチ絵だった。
 これが「黄禍」という言葉の誕生の現場だが、むろん言葉だけが一人歩きしたのではなかった。実際にも、まずは日本にちょっかいを出して、牽制することにした。ドイツとロシアがフランスを誘って「三国干渉」に乗り出したのである。
 翌年、ベルリンの雑誌「クリティーク」は「黄色人種の脅威におびえる白色人種」という特集を組んだ。2年後には東アジアの経済事情を調査するドイツ委員会が結成され、むしろ伸長する日本の経済力をうまく巻き込んで利用すべきだという報告がなされた。



義和団の乱に出征するドイツの東アジア遠征軍に演説するヴィルヘルム2世>


 
  ヴィルヘルム2世の中国侵略への野望は、日清戦争後の三国干渉、日露戦争後の黄禍論となってあらわれる。ここで事態はアメリカに飛び火する。イギリスに始まった優生学がアメリカに飛び火して断種政策の拡張になっていったのと同様に、アメリカはしばしばこのように、最後尾から登場してまずは自国の情勢をまとめあげ、ついではあっというまに事態を全世界化してみせるのだ。 

すでにアメリカは移民問題に悩んでいた。アメリカがサラダボウルの国で、どんな移民も受け入れる“自由の国ユナイテッドステート・オブ・アメリカ”だというのは、今も昔も半分でたらめで、アメリカほど移民問題をたくみに国際情勢の天秤目盛として活用してきた国はない。この時代もすでに中国移民のコントロールが問題になっていて、カリフォルニアでは中国移民制限と中国人排斥の機運が高まっていた。そもそも帝国主義大好きの大統領セオドア・ルーズベルトが、中国人追放には手放しで賛成している始末だった。
 そこへジャパン・パワーの噂が次々に届いてきた。折しも多くの日本人たちがカリフォルニアに次々に移住もしていた。問題はイエロージャップらしいという声が高まってきた。とりあえずルート国務長官と高平駐米公使のあいだで日本人のアメリカ入植を自発的に縮小することになったのだが、コトはそれではおさまらない。1900年、カリフォルニア州で日本人排除法が提案された。
 加えて名門兄弟のヘンリー・アダムズとブルックス・アダムズが『文明と没落の法則』と『アメリカ経済の優位』をそれぞれ刊行して、次のようなロジックを提供した。
 ①文明化するとはすべてを集権化することだ。②集権化とはすべてを合理化することだ。③集権化と合理化を進めれば欧米の品物よりもアジアの品物のほうが安くなる。④世界は集権化と合理化に向かっている。⑤だからアジアが生き残り、これに気が付かないヨーロッパは滅びるにちがいない。⑥アメリカはここから脱出しなければならない。

 アダムズ兄弟のロジックは強力だった。すでに『海上権力史論』を世に問うて、アメリカ中で万余の喝采をもって迎えられていたアルフレッド・マハン提督は、⑥の「アメリカはここから脱出しなければならない」を達成するための、新たな方針を打ち出した。
 中国を門戸開放させ、その管理を列強が示しあわせてコントロールするべきだと言い、今後のパワーポリティックスは「北緯30度から40度のあいだ」に集中するだろうから、トルコ・ペルシア・アフガニスタン・チベット・揚子江流域の中国・朝鮮半島・日本、および南米のとくにアマゾン河流域のブラジルに注意しなければならないと力説したのだ。けっこう当たっている。
 ところが、そこへおこったのが、世界中を驚かせた日本による日露戦争勝利だったのである。イギリスがちゃっかり日英同盟を結んでいたことが、アメリカには癪のタネだった。
 1905年にカリフォルニアに反日暴動がおこり、アメリカはロシアに勝った日本と反日の対象となった日本とをどうあつかうかという二面工作を迫られた。その工作がポーツマス条約に対するアメリカの斡旋というかっこうをとらせた。
 しかしむろんのこと、アメリカはこのまま日本をほうっておくつもりはない。血気さかんな将軍ホーマー・リーはさっそく悪名高い『日米必戦論』と『アングロサクソンの時代』を書き、これからは、ロシアはきっと中国と手を結ぶだろうから、アングロサクソン連合としては中国と同盟を結び、将来における日米決戦に備えておかなくてはならないと“予言”した。
 当時、京都大学で比較宗教学を講義していた親日派のシドニー・ギューリクはさすがにこの“予言”に呆れて、急遽『極東における白禍』を執筆したが、もう焼け石に水だった。このあとアメリカの排日主義はますます強固に、ますます拡大のほうに向かっていった。



風刺画「Japonは悪魔」
日露戦争に勝利した日本がヨーロッパのキリスト教社会を守る天使に手傷を負わせた悪魔として表現されている。

 “The Yellow Terror In All His Glory”, 1899
中国人が西洋の婦人を犯して殺すというイメージを吹聴している。

 日露戦争に破れたロシアでは、かなり複雑な反応がおこっている。この国はもともと徳川日本に関心をもっていて、プチャーチンをはじめ何度も日本沿岸に出没し、折りあらば、交易や開港を迫るつもりだったのだが、それをペリーとハリスのアメリカに先を越されたわけだった。

 つまりロシアには「ロシアのアジア主義」ともいうべきものがあったのである。けれども、その外交政策がなかなか軌道にのってこない(今はなお北方領土問題がくすぶっている)。そういうロシアにとって、それを邪魔するのは仮想敵国のイギリスだった。それゆえ19世紀末、ブルンホーファーやウフトムスキーといった言論派は、たえず「ロシア・アジアの統合」というお題を掲げ、ときにはなんと、「仏教世界制覇の計画が日中韓の連合によって進むことがありうるかもしれないから、ロシアはそれに遅れをとってはならない」というような、やや誇大妄想なアジア対策を練ったりもしていた。
 それがニコライ2世のころから黄禍に走り、そうこうしているうちに日露戦争で辛酸を嘗めた。ほれほれ、だからロシアン・アジアを早く確立すべきだったじゃないかと言ったのは、ウラジミール・ソロヴィヨフの『汎モンゴル主義』だった。

 ドイツはどうか。アーリア神話や優生学や断種政策でもそうだったように、おっちょこちょいのカイゼル(ヴィルヘルム2世)こそ黄禍のお囃子の先頭を切ったものの、国全体としてはあいかわらず微妙な立場にいた。三国干渉、膠州湾占領、義和団事件への出兵までは、まだ日本をからかっていればよかった。だからドイツ財界の重鎮で社会進化論者でもあったアレクサンダー・ティレは1901年の『黄禍』では、黄色人種によって「ドイツの労働市場が水びたしになることはないだろう」とタカをくくっていた。しかし日露戦争以降、どうも雲行きがあやしくなっていく。
 アウグスト・ベーベルは中国に莫大な地下資源が眠っている以上、ドイツはこれを取りに行く列強との競争で遅れをとってはならないと警告し、フランツ・メーリングは中国や日本の脅威を防ぐには、もはやかれらの資本主義の力を社会主義に転じさせるしかないだろうと弱音を吐いた。しかしドイツの黄禍論が他の列強と異なっていたのは、やはりそこに反ユダヤ主義がまじっていったことだった。ドイツの黄禍論はしだいに民族マキャベリズムの様相を強くしていった。

「ル・ガトゥ・チノイス」(中国の分割)1899
左よりドイツ皇帝ヴィルヘルム2世、フランス大統領ルーベ、ロシア皇帝ニコライ2世、日本の明治天皇、アメリカ大統領T=ルーズヴェルト、イギリス国王エドワード7世。

「ル・ガトゥ・チノイス」(中国の分割)1899
左よりドイツ皇帝ヴィルヘルム2世、フランス大統領ルーベ、ロシア皇帝ニコライ2世、日本の明治天皇、アメリカ大統領T=ルーズヴェルト、イギリス国王エドワード7世。

T・ビアンコ「黄禍論―ヨーロッパの悪夢」

ざっとは、こんなふうに列強世界を黄禍論が走ったのだ。
 では、ここまであれこれのイジメを受けた日本はどうだったのかというと、黄禍論は当然、明治の日本にも衝撃を与えた。ただし、当時の日本人は黙っているわけではなかった。たとえば象徴的には鴎外、天心、漱石が反論していた。
 鴎外については、明治36年11月の早稲田大学課外講義『黄禍論梗概』の記録がのこっている。そのなかで鴎外は、黄禍論は「西洋人が道徳の根幹を誤って社会問題を生じて、商業・工業の上で競争ができないようになりそうだと、不安がっているにすぎない」と断じ、「西洋人は日本と角力を取りながら、大きな支那人の影法師を横目で睨んで恐れて居るのでございます」「所詮黄禍論というものはひとつの臆病論なのです」と言った。鴎外はジョセフ・ゴビノーの人種差別論にもかなりの批判を展開した。
 天心は『日本の目覚め』の第5章を「白禍」とし、「東洋民族が全面的に西洋を受け入れたのは問題だった。帝国主義の餌食になった」と述べ、「かれらの渇望の犠牲になってはならない」と強く訴えた。
 漱石が『それから』の代助に言わせたセリフは、まさに黄禍と白禍の問題の本質をついていた。こういうものだ。最近のニートやフリーターにも聞かせたい。

 
 
 

 



 「なぜ働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。日本対西洋の関係がダメだから働かないんだ。第一、日本ほど借金をかかえて貧乏震いをしている国はありゃしない。この借金が君、いつになったら返せると思うか。そりゃ外債くらいは返せるだろう。そればかりが借金じゃありゃしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底たちいかない国なんだ。それでいて一等国を以て任じている。無理にでも一等国の仲間入りをしようとする。だから、あらゆる方面に向かって奥行を削って、一等国だけの間口を張っちまった。なまじ張れるから、なお悲惨なんだ」。



ニュージーランドの風刺画「黄禍論」(1907)
アヘン吸引、貪欲、不道徳などの悪徳をふりまく蛸の姿のアジア人がニュージーランドの女性を襲っている。

パラマウント社制作「The Return of Dr. Fu-Manchu
Part Six – “The Silver Buddha”」(1929)

英国の作家サックス・ローマーが義和団の乱の影響を受けて、西欧による支配体制の破壊と、東洋人による世界征服を目指す怪人ドクター・フーマンチュー(傅満洲博士)を主人公とするスパイ小説『怪人フーマンチュー』(1916)を発表。これは“黄禍”を警告する意図で1920年代から1930年代に連続してトーキー映画化された。

  田口卯吉のように黄禍に対抗するあまり、敵のロジックをむりに日本にあてはめた例もある。田口は『日本人種論』『破黄禍論』において、なんと「日本人=アーリア人」説を説いたのだ。これが『日本開化小史』を書いて、福沢諭吉や天野為之と並び称された自由主義経済学の導入者とは、とうてい思えない。そこには「史海」の発行者であって、『国史大系』『群書類従』の編纂に当たった田口のほうの顔が強く出ていた。
 もっとも、このように日本人を優秀化するためにアーリア人やユダヤ人をその流れに牽強付会させようというめちゃくちゃな論陣は、この時期は田口だけでなく、黒岩涙香、竹越与三郎、木村鷹太郎、小谷部全一郎などにも共通していて、かつて長山靖生の『偽史冒険世界』を紹介したときにもふれておいたように、それ自体が黄禍に対する過剰防衛になっていた。小谷部は、例の「義経=ジンギスカン」説の発案者である。
 いずれにしても、当時の日本人にもたらした黄禍論の影響は、かなり面倒なものとも、危険なものともなっていったと言わざるをえない。
 橋川文三は、日本に「国体」論が浮上し、天皇唯一主義が受け入れやすくなったのも、また孫文に代表される大アジア主義が流行して日本の国粋主義者がこれに大同団結しようとしたのも、どこかで黄禍論に対する反発がはたらいていたと見た。この見方、いまこそ肝に銘じておくべき見方であろう。

 黄禍論。まことに厄介な代物だった。それは今日のアメリカのWASP主義、中国や韓国の反日感情、インドとパキスタンの憎悪劇などの厄介さを思えば、想定がつくだろう。
 しかし、ほんとうに厄介なのは、アーリア神話、ゲルマン主義、優生学、断種政策、黄禍論が、すべて一緒くたに20世紀の劈頭を荒らしまわっていたということだ。
 ぼくはこのあと、ユーラシアにおける民族の交代劇をその制覇と没落を通して案内していくつもりだが、そしてそこにイスラム主義やモンゴル主義やトルコ主義がどのような光と影をもたらしていったかを、できるだけわかりやすく、できれば順よく案内し、そこから東アジアの盟主となった中国という国がどんな民族ネクサスを演じてきたかを書くつもりだが、それにあたって、スキタイから派生したアーリアン・コメディの長期にわたった脚色劇が20世紀にまで続行していたことを、あらかじめ伝えておきたかったのである。 

日米地位協定入門

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3月 182013

*今回は本の紹介です。

「本当は憲法よりも大切な~日米地位協定入門」

(前泊博盛編著 創元社)

 

 はっきり言って日本人としては読みたくない本である。日米地位協定>日米安保条約>サンフランシスコ講和条約(日本国憲法)、この図式をいろいろな文献をあたって見事に証明し、1945年以降、私たちの住んでいる日本が米国に軍事占領され続けていることを見事に実証しているからだ。日本を愛する国民の一人としては、そんな事実を突きつけられれば、おもしろくない気分になるのは当然だろう。

 ただ、不思議なのは、1960年安保、1970年安保の時にこういった本が出版されなかったことだ。(もっとも不勉強なので、見落としているのかもしれないが、)冷戦という僥倖に恵まれた時代、経済的成功を手にすることができれば、国としての安全保障上の主権の放棄も仕方がないと、時の為政者は考えて、かつての敵国であるアメリカが日本を軍事占領し続けることを容認する道を選んだのであろうか。また、官僚は官僚で、米国の後ろ盾で、政治家をコントロールできることを歓迎したのかもしれないが、しかし、そのツケを冷戦終了後、日本は、米国に払い続けている。

現在、話題になっているTPPは、その仕上げというべきものであり、実際には日本に経済主権の放棄を求めているとしか思えないものだ。考えてみれば、愛国者を自称する安倍氏が米国の圧力でその決断をしなければならないことは、あまりにも皮肉ことである。

しかし、不可思議なのは、大手新聞の世論調査で、TPP参加表明を評価するという国民が過半数を軽く超えていることだろう。「その国の国民が、その国の主権を放棄する政策に賛成しているとしたら、その国は、国民国家としての存在理由を失いつつあることになってしまう」のだが、

 この原因は、本当の事を言わないマスコミと政治家が真実を言わないことにあることは確かである。その意味でも是非、読んでいただきたい本である。



この本を読むと、戦後日本体制はサンフランシスコ講和条約とともに生まれ、講和条約(憲法を含む)―日米安保―日米地位協定という「三重構造」によって形作られていることがはっきりとわかる。そして、吉田茂首相の元部下の外務事務次官で吉田茂首相と対立して罷免された、寺崎太郎氏(寺崎英成氏の兄)は、この日米地位協定の前身の日米行政協定こそ、米国の「本能寺(=本当の目的)」であったと見抜いていた慧眼の持ち主だったようだ。

 

一言で言うと日米地位協定とは

「はっきりした言い方で日米地位協定を定義すると、こうなります。

<アメリカが占領期と同じように日本に軍隊を配備し続けるためのとり決め>のである。」『日米地位協定入門』(17ページ)



 多くの方は、日米地位協定というのは、「米軍兵士の日本国内に於ける地位を取り決めたもの」であり、だから、米兵が犯罪を日本国内で起こした時の裁判権をどっちが持つかという、日本で司法権が米兵に及ばないという問題のことだけの問題と勘違いしているかもしれない。

 しかし、この地位協定は、米兵の地位を定めた17条(刑事裁判権)に関するもの以外に合わせて全部で28条もある。その中には、「基地の提供と返還」「基地内の合衆国の管理権」「航空・通信体型の協調」「軍隊構成員の出入国」「免許」「関税」「調達」(注:武器輸出3原則の抜け穴になっている)「経費の分担」やそれらの米軍駐留に関して日米が協議(注:命令を伝達される)する機関についての取り決めもある。



 そして、このようなとりきめは他の国が結んでいる米軍駐留協定と合わせて考えても異様であるという実例が、本書では詳細に説明されている。日米安保体制が極めて特殊な同盟関係であることは、他の国の安保条約や地位協定を研究すれば簡単にわかるものようだ。

 

 本書の構成は、次の通りである。



1: 日米地位協定って何ですか?

2: いつ、どのようにして結ばれたのですか?

3: 具体的に何が問題なのですか? 

4: なぜ米軍ヘリの墜落現場を米兵が封鎖できるのですか? その法的根拠は何ですか?

5: 東京大学にオスプレイが墜落したら、どうなるのですか?

6: オスプレイはどこを飛ぶのですか? なぜ日本政府は危険な軍用機の飛行を拒否できないのですか? また、どうして住宅地で危険な低空飛行訓練ができるのですか?

7: ひどい騒音であきらかな人権侵害が起きているのに、なぜ裁判所は飛行中止の判決を出さないのですか?

8: どうして米兵が犯罪をおかしても罰せられないのですか?

9: 米軍が希望すれば、日本全国どこでも基地にできるというのは本当ですか?

10: 現在の「日米地位協定」と旧安保条約時代の「日米行政協定」は、どこがちがうのですか?

11: 同じ敗戦国のドイツやイタリア、また準戦時国家である韓国などではどうなっているのですか?

12: 米軍はなぜイラクから戦後八年で撤退したのですか?

13: フィリピンが憲法改正で米軍を撤退させたというのは本当ですか? ASEANはなぜ、米軍基地がなくても大丈夫なのですか?

14: 日米地位協定がなぜ、原発再稼働問題や検察の調書ねつ造問題と関係があるのですか?

15: 日米合同委員会って何ですか?

16: 米軍基地問題と原発問題にはどのような共通点があるのですか?

17: なぜ地位協定の問題は解決できないのですか?



PART2 「日米地位協定U.S. – Japan Status of Forces Agreementの考え方」とは何か 



資料編 「日米地位協定」全文と解説 

〇日米地位協定 〇日米安保条約(新) 「PART1」…「日米地位協定Q&A」(全17問)

 ※「PART1」は、前泊氏はじめ4人の執筆者が分担。



ところで、日本国憲法においては、98条第2項に「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と書いてある。国内法よりも上位概念が条約や国際法規ということを憲法で規定しているのだ。だから、憲法以外の国内法は条約などの下に存在することになる。



「現在の世界において超大国が他国を支配する最大の武器は、軍事力ではなく法律だからです。日本がなぜアメリカに対してこれほど従属的な立場に立たされているかというのも、条約や協定をはじめとする法的な枠組みによって、がんじがらめに縛られているからなのです。」本書90ページ

 

「憲法を頂点とする表の法体系の裏側で、米軍基地の問題をめぐってアメリカが日本の検察や最高裁を直接指示するという違法な権力行使が日常化してしまった。それが何度も繰り返されるうちに、やがて「アメリカの意向」をバックにした日本の官僚たちまでもが、国内法のコントロールを受けない存在になってしまいます。そのことが現在の日本社会の最大の問題となっているのです。」本書233ページ



「国際政治に関して、かなりの事情通を自認する方でも、アメリカの『圧力』はもっと間接的なものだと思っていませんでしたか? 違います。最高検察庁の陳述も、最高裁判所の判決も、非常にダイレクトな形でアメリカの国務省から指示されていたのです」(250ページ)

その具体例として米軍立川基地の問題をきっかけに、在日米軍を違憲とした「伊達判決」が、最高裁で覆った「砂川裁判」の経緯が取り上げら、解説されている。



衝撃だった記述以下。



「ダレスの補佐役だったアリンソン(のちの駐日大使)は、もし、安保条約が(実際に)署名されたら、日本側代表団の少なくともひとりは帰国後暗殺されることは確実だと語っている。(195173日)

 真の独立を求める心情が日本人にあるなら、安保条約は簡単に認められるものではないということを、吉田もアメリカも知っていたのである。」本書59ページ

             (三浦陽一「吉田茂とサンフランシスコ講和条約」より)

 

「いまから5年前に発見され、昨年も重要な発見がつづいて証明されたその秘密とは

「日本は法治国家ではない」という身も蓋もない事実です。(略)

 われわれ国民は「法律」を犯せば、すぐにつかまったり、罰せられたりしています。しかし、その一方、日本では国家権力の行使を制限すべき「憲法」が、まったく機能していないのです。ですから「法治国家ではない」というのです。本書238ページ

 

「なにしろ米軍基地をめぐる最高裁での審理において、最高検察庁がアメリカの国務長官の指示通りの最終弁論を行ない、最高裁長官は大法廷での評議の内容を細 かく駐日アメリカ大使に報告したあげく、アメリカ国務省の考えた筋書きにそって判決を下したことが、アメリカ側の公文書によって明らかになっているので す。」本書239ページ





ここから、私たちの欺瞞の戦後史が始まったのである。誰でもこの本を読めば、現在の日本が独立国と言えないことがわかってしまうだろう。悲しいことだが、属国であるということは、すなわち「不平等条約を背負わされていること」であるということが『日米地位協定入門』を読むと本当によく分かる。それにしてもさらに不平等を背負うTPPに参加表明とは、、、





<参考資料>

【日米地位協定 入門】 天木直人・前泊博盛の対談 2013/3/5 【1:18:36】

http://www.youtube.com/watch?v=krV62aIe1_M

 福島第一原発の事故から2年。実は今、同原発の「4号機」が、さらなる放射性物質を地上に撒き散らし、人類を未曾有の危険にさらそうとしています。それなのに国と東電にはまるで危機感がありません。外交官時代から脱原発の志を貫いてきた信念の人・村田光平さん(元駐スイス大使)が、豊橋でその空恐ろしい実情を語ります。



<村田光平(むらた・みつへい)プロフィール>

1938年、東京生まれ。61年、東大法学部卒業、外務省入省。駐セネガル大使、駐スイス大使などを歴任し、99年、退官。99年~2011年、東海学園大学教授。現在、同大学名誉教授、アルベール・シュバイツァー国際大学名誉教授。外務官僚時代、チェルノブイリ原発事故をきっかけに「脱原発」をめざす活動を開始。私人としての活動だったにもかかわらず、駐スイス大使時代の99年、当時の閣僚から「日本の大使が原発反対の文書を持ち歩いている」と批判され、その後日本に帰国となり、辞職。さまざまな圧力に屈せず、脱原発の主張を貫いて「反骨の外交官」と呼ばれた。以後、現在まで、主に原子力問題やエネルギー問題などをテーマに言論活動を続けている。著書に『原子力と日本病』、『新しい文明の提唱 未来の世代に捧げる』など。 

「村田光平講演会」~原子力と日本病~

日      時    平成25年 3月17日(日) 午後13時30分~15時30分

場      所    豊橋市民文化会館 リハーサル室

資  料  代     1,000円

主      催    「浜岡原発の危険性を考える会」

問い合わせ先     090-8556-8301(林)

*多くの方のご参加をお待ちしております。

<参考資料>

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