構造改革時代の終わり

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2月 082017

2017年は、政治経験のないニューヨークの不動産王である異色のトランプ氏が米国の大統領に就任することで、今までとは全く違う国際政治が展開される可能性が大きくなっています。

 ところで、明治維新から始まる日本の近代150年を30年ごとのスパーンで見ることができるという興味深い指摘があります。大変わかりやすい視点ですので、以下に紹介します。

18651895年が明治維新に功労のあった元勲の時代、18951925年が日本が国際政治の舞台に上がり、いわゆる一等国になっていく時代、19251955年が欧米から導入された官僚制が軍隊を含めて完成した時代、1955年~1985年が保守合同から始まる高度成長時代、そして19852015年が日米構造協議、プラザ合意から始まる構造改革の時代と、言うものです。

 

そして現在、ロシアのプーチン大統領がシリアで勝利したことに象徴されるように国際政治の舞台でさらに存在感を増しています。ご存じのようにプーチン氏は脱グローバリズムの政治家です。また、米国ではグローバリズムからの脱却を選挙で訴えてきたトランプ大統領は、新自由主義、新保守主義に基づく構造改革路線に終止符を打つ政策を掲げて実行しようとしています。昨秋、日本の国会で強行採決騒ぎを起こしたTPP(環太平洋連携協定)もグローバリズムに基づく構造改革路線政策の一つですが、米国のトランプ大統領は就任前にTPPからの離脱を明言しています。

 ところで、元総務大臣だった片山義博氏が「地方行政とTPP」について下記のような根本的な疑問を投げかけていました。

「私は、地方政治を携わった経験もあるので、その立場から言わせてもらいます。地方自冶体の長としては、地元を発展させる為に地元産業を育成して、雇用の創出を図ったりします。その為に優遇措置を採ることもあります。しかし、TPPにはISD条項というものがあり、地方産業を育成する政策が外国企業の競争を妨害すると訴えられる恐れもあります。」

 このようにTPPは、地方自冶を阻害する側面を持っています。こういった議論は、大手メディアは意図的に避けてきましたが、これから地方活性化を真剣に考えている地方にとっては避けては通れない問題です。

いずれにしろ、上からの構造改革路線の時代が終わり、地域に住む人々の創意工夫、行動の時を迎えています。その背景には、国や地方自冶体の財政状況の大変厳しい状況もあります。その意味で2017年は、「民生自冶」の長い伝統を持つ日本にふさわしい時代の転換点の始まりの年になるのではないでしょうか。いよいよ「民の時代」が始まろうとしています。

 

ISD条項とは、市場参入規制をしたり、国内企業を保護しているとみなした国や自治体に対し、外国投資家が国際投資仲裁機関へ訴える権利を事前に包括的に付与する条項です。

*東愛知新聞に投稿したものです。

トランプ大統領とモノづくり愛知

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1月 242017

1月にトランプ氏が第45代大統領に就任し、約16分間の就任演説を行いましたが、こんな空虚な就任演説は今までなかったというような批判の集中砲火を多くのマスコミから受けています。たとえば、中学校の生徒会長に選ばれた生徒の挨拶と同じレベルの英語だとか、手厳しい批判ばかりです。しかし、トランプ氏は間違いなく、今までとは違う何かをしようとしています。エキセントリックに感じる言葉に惑わされているとその本質を見失うことになります。

 彼の言葉を理解するためには、第二次世界大戦以降の世界経済の変遷を振り返る必要があります。大戦後、すべての技術、お金、金(ゴールド)、インフラがアメリカ合衆国に集中していました。そのため、西側諸国の経済は、米国が共産圏であるソ連に対抗するために豊富な資金、技術を、提供をすることによって離陸し、成長してきました。そして1965年以降、西ドイツ、日本が経済的に頭角をあらわすとともに、米国はベトナム戦争等の巨額の出費もあり、いわゆるドルの垂れ流し状態に陥ります。その結果、起きたのが、1971年のニクソンショックで、彼は金とドルの交換の停止、10%の輸入課徴金の導入等の政策を発表し、第二次世界大戦後の通貨枠組み:ブレトン・ウッズ体制を解体、世界の通貨体制を変動相場制に移行させました。しかし、その後も米国の赤字基調は変わらず、1985年にはプラザ合意による大幅なドルの切り下げという事態に陥りました。貿易黒字を貯めこむ日本は、内需拡大を迫られ、その後、バブル経済が発生しました。65年以降、日米貿易摩擦が発生し、製造業間の調整交渉が日米両政府によって重ねられてきましたが、80年代後半以降、米国はトヨタの負け(製造業)をソロモン(金融業)で取り返す戦略に転換していきます。日本が貯めこんだドルを米国債、株式に投資させることで儲けることにしたわけです。この方式を新興国に当てはめ、始まったのが、現在のグローバル金融です。そして、グローバル金融を支えたのが、IT革命です。つまり、賃金の安い新興国に米国企業が工場を作る投資をし、その製品を米国に輸出させた儲けは、米国の金融機関が吸い上げるという仕組みです。この仕組みを円滑に機能させるためには、米国のルール:新自由主義と新保守主義の思潮から作り出された価値観(ワシントンコンセンサス)をすべての国に受け入れさせる必要があります。これが現在のグローバリズムです。ここで、軍需産業維持のための戦争と価値観の押し付け外交が密接に結びついていくことになります。ルールを押し付けるためには、米軍が世界展開している必要があるということです。しかしながら、2008年のリーマンショックでグローバル金融がうまく、機能しないことが露呈し、異常な中央銀行の金融緩和が始まりましたが、現在、それもすでに限界に達しています。一番のポイントは、湾岸戦争以降、多くのプアホワイトという白人を含むアメリカの若者が戦死しているという事実です。トランプ氏は米国の設立メンバーの子孫でありながら、貧しい生活に甘んじている、星条旗を愛している、息子たちが戦死した人たちに向けて語っていることを私たち日本人は理解する必要があります。彼は、自分を支持する人々に仕事を取り戻すためにもう、海外からモノを買わないと宣言しているのです。考えてみれば戦後、世界経済は、米国がモノを海外から買うことを前提に回ってきました。モノづくり愛知、その基盤を支えてきた東三河もその大きな仕組みのなかで、動いてきました。その意味で、この地方のモノづくりのあり方を真剣に考える時が来ているのは、間違いありません。

*東愛知新聞に投稿したものです。

AI(人工知能)が新聞記事を書く時代

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1月 192017

AI(人工知能)が新聞記事を書く時代が来ています。

昨年、AP通信社が、米国マイナーリーグの試合記事を、これからは人工知能に任せると発表しました。メジャーリーグには、トリプルAからシングルAまで膨大なチームがあり、人間では全試合はカバーしきれないため、試合記録データを元に記事を自動生成することにしたという内容です。また、同社は20147月から、四半期ごとに発表される企業業績の記事作成に「ワードスミス」を使用し、「人工知能ジャーナリズムの実験を始めています。AP通信がワードスミスを導入して以来、これまでの四半期で平均300記事にとどまっていた企業業績の記事が4300記事にまで増え、人間より14倍多くの記事を書くことに成功したということです。記事一件の作成に要する時間はわずか12秒、作成可能な記事量に制限もないということですから、驚きです。AP通信副社長ルー・フェラーラ氏は、「ワードスミスのおかげで、ほぼすべての企業の業績を扱うことができるようになり、私たちのニュースの提供を受ける各地域の報道機関の満足度が高まりました。~(中略)~現在はスポーツの記事作成にもワードスミスを導入しています。」と、語っています。日本でも昨年、中部経済新聞社が、創刊70周年記念企画として、111日付の中部経済新聞にAI記者による新聞記事を掲載しました。現在、日本語での記事作成の完全自動化は、日本語の自然言語処理の難易度の高さからまだ、普及していませんが、もしかすると調査報道以外の発表報道は、いわゆるロボット記者が担当する日も近いのかもしれません。また、年末には、日本将棋連盟の谷川浩司会長が辞任する騒ぎまでに発展した将棋ファンを失望させるソフト不正使用疑惑がありました。このように現在、飛躍的なAIの進化は、各界に波紋を拡げています。一方で、将棋界の天才、羽生善治氏は、「データを駆使した体系的なセオリーとか、積み上げられた知識による選択と、人間の感覚的な選択の両輪を使っていくのが良いということです。人間とAIの違いは、創造的なことをどれだけするかです。もちろん、AIも創造的なことができるようになっていますが、人間の創造力にはまだ及ばないと思います。」と、正直に語っています。しかしながら、<スーパー左脳>である人工知能が社会の左脳化を促すと、人間社会のバランスが大きく崩れていくことになりかねません。その意味で、これからの地方メディアには、この地域の課題をより深く掘り起こす感性と、課題解決に向けて地域全体を巻き込んだ取り組み提案を行う等の地域再生の一端を担っていく志によって社会のバランスをはかっていくことが求められています。

 ところで、角田忠信博士が「日本語人の脳」(言叢社)という本のなかで展開した1970年代に一世を風靡した角田理論が復活していることをご存じでしょうか。「日本人と西洋人とでは、脳の使い方に違いがあるという。すなわち、日本人の場合は、虫やある種の楽器(篠 笛などの和楽器)などの非言語音は言語脳たる左半球で処理される。もしそれが事実とするならば、欧米人が虫や楽器の音を 単なる音として捕らえるのに対して、日本人はその一部を言葉的に捕らえる、つまり意味を感じていると考えることができる。」

 もし、そうなら、日本人が日本語脳の特性に目覚めて借り物でない自分の頭で考え抜く時にはじめて、その独創性が発揮され、私たち一人一人が生活する地方の再生を通じて世界に貢献できるモデルを提供できるのではないでしょうか。

*東愛知新聞に投稿したものです。

健康立国と地方再生

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1月 112017

中島みゆきさんの名曲に「命のリレー」という歌があります。その中に印象的な一節があります。「この一生だけでは辿り着けないとしても、命のバトン掴(つか)んで願いを引き継いでゆけ」と、いうものです。命を引き継いでいくのに一番大切なものは、言うまでもなく私たち一人一人の健康です。

ところで昨年、政府が第四次産業革命を目指して発表した「日本再興戦略2016」のなかで、<世界最先端の健康立国>を高々とその目標に掲げていることをご存じでしょうか。官民戦略プロジェクト10として1.4次産業革命(IoT・ビッグデータ・人工知能)、2.世界最先端の健康立国へ3.環境・エネルギー制約の克服と投資拡大、4.スポーツの成長産業化、5.既存住宅流通・リフォーム市場の活性化、6.サービス産業の生産性向上、7.中堅・中小企業・小規模事業者の革新、8.攻めの農林水産業の展開と輸出力の強化、9.観光立国、10.官民連携による消費マインドの喚起策等が取り上げられていますが、日本における第四次産業革命の本命は、日本の健康問題を今までにないイノベーションで根本的に立て直し、大きく進化させることではないでしょうか。現在、租税負担率と社会保障負担率を合計した国民負担率は、昭和45年の24.3%が平成28年には43.9%、財政赤字を加えた国民負担率は50%を超えています。もし、国民一人一人の健康をイノベーションで大幅に増進させることができれば、国民負担率を大幅に減らすことができます。そのためには、私たちのライフスタイルや政府との関係、社会保障、社会インフラ、そして産業や職場まで根本的に変える必要が出てきます。つまり、日本の足元からのイノベーションを、健康を通じて行うことができるわけです。こうした健康イノベーションが日本で起きれば、グローバリズムによる利益追求が行き詰まりを見せている現在の世界に向かって健康で持続可能性のあるライフスタイルの新しいモデルを提供することにも繋がっていきます。もちろん、健康イノベーションは現在、山積する社会問題を解決する方向で進めなければならないことは言うまでもありません。そこで、目指すべきは、ストレスのない職場、病気にならない生活、安心できる社会インフラの三つでしょう。強制捜査まで入った電通の過労死問題に象徴されるように多くの疾病や不調は、職場のストレスが生んでいます。21世紀にふさわしい経営革命、働き方革命を起こせば、職場のストレスを大幅に減らすこともができるでしょう。一番大事なのは、あらゆる分野の情報やイノベーションを通じて確立された病気にならない生活の知恵を国民全体で共有し、実践していくことでしょう。ここで問題になってくることは、「今だけ、自分だけ、お金だけ」の20世紀的な価値観を乗り越えることができるか、どうかです。そのためには、私たち人類の長い歴史には競争原理だけではなく、共生原理も太古から厳然と存在していたことを思い出す必要があるのかもしれません。また、安心・安全な衣食住空間を可能にする社会インフラが健康増進には欠かせないことは言うまでもありません。資源、エネルギー、交通、通信、教育、職場、住宅などあらゆる社会インフラを健康増進の目的に向けて再構築していく必要もあります。

これから、地方にはヘルスケア分野のエコシステム作り、食、農、観光、地域特性に根ざしたスポーツなどの地域資源等を利用した複合型の産業育成が求められてきます。医療ツーリズム、ホスピス活動等はこの地域でも数年前から関心が持たれてきました。その意味でドイツの統合型リゾート構想であるバーデン・バーデンを越えるものが東三河から生まれても不思議ではありません。いずれしろ、人間にとって一番大切なことは、命のリレーです。

*東愛知新聞に投稿したものです。

地方分権と消費税について考える

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1月 112017

ご存じのように、財務省は消費税の社会保障目的税化にまい進しています。

財務省のホームページには、次のような説明が掲載されています。 

「今後、少子高齢化により、現役世代が急なスピードで減っていく一方で、高齢者は増えていきます。社会保険料など、現役世代の負担が既に年々高まりつつある中で、社会保障財源のために所得税や法人税の引上げを行えば、一層現役世代に負担が集中することとなります。特定の者に負担が集中せず、高齢者を含めて国民全体で広く負担する消費税が、高齢化社会における社会保障の財源にふさわしいと考えられます。」 

その裏には、どのような意図が隠されているのでしょうか。それには消費税について基本的なことを考えてみる必要があります。消費税は1954年にフランス大蔵省の官僚モーリス・ローレが考案した間接税の一種です。消費税を定義すると次のようになります。「消費税は、財貨・サービスの取引により生ずる付加価値に着目して課税する仕組みであることから、欧米では、VATValue Added Tax/付加価値税、もしくは、GSTGoods and Services Tax/物品税と呼ばれる。」

サービスの対価として課せられる「応能税」的な性格を持つ消費税は、細かなところまで住民へのサービスが行える地方に納められ、地方の財源にするのが、海外では常識となっています。(日本でも1.7%が地方消費税となっています。)つまり、市民に対して基礎的なサービスを提供しているのは、地方なので、地方税にするのが合理的だという考えが根底にあるわけです。ところで、本当に地方分権を実現するには、1520兆円程の国から地方への財源委譲が必要だと試算されています。これほどの巨額の財源委譲を可能にするものは、消費税以外には考えられません。つまり、真の地方分権を実現するためには、地方自冶体の基幹税として消費税を国から地方へ財源委譲すべきだということになります。しかしながら、民主党政権から自民党政権に変わっても消費税の社会保障目的税化が財務省主導で着々と進んでいます。たしかにそうすることによって、将来税率を上げるときに社会保障の財源が足りないことを理由にできるので税率を引き上げやすいということ、何よりも消費税を国税として固定できるという財務省にとっては大きなメリットがあります。

 現在、日本の税金は、個人所得・法人所得・消費のいずれも、国と地方で分割しています。これは、国が地方の税率まで決める中央集権体制を採っているからこそできていることであり、本当に政府が地方分権を進め、地方に自主課税権を与えるつもりがあるのなら、課税対象を線引きしなければなりません。現在、地方と国の行政サービス比率は64ですが、その財源比率は、46と逆転しています。つまり、現在の国税を地方へ、その分委譲する必要があるということです。その意味で現在、進められている消費税の社会保障目的税化は、地方の時代を実現するための大きな障害になる可能性が高いものです。地方分権を進める意思があるのかが、本当は現在、問われているのです。

*東愛知新聞に投稿したものです。

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