クールジャパンの裏側にあるもの(2)

Opinion コメントは受け付けていません。
8月 102017

「私日本人でよかった。」というポスターがBBCニュースでも取り上げられる騒ぎになっています。「そわそわする」「なんか落ち着かない」など、違和感を覚えるという声が上がり、発行主体が明示されていなかったこともあり、誰がなんの目的で作ったのかという憶測をよび、ネット上で拡散したものです。さらにポスターのモデルの女性が日本人でなく、中国人であることもわかる驚きの展開になっています。

元々このポスターは、神社本庁が6年前に祝日に国旗を掲げることを啓発しようと作ったものでした。この「日本人でよかった」という言葉は、東日本大震災で苦難に立ち向かう人たちの間で自分たちを励ます言葉として頻繁に使われてようになり、広まっていたものでした。注目すべきは、失われた20年と言われる閉塞状況が続く日本社会であのような大震災が起き、絶対安全だとされていた原発がメルトダウンするという未曾有の大事故が起きたことです。大きな自然災害とともに多くの日本人が信じていた「原発は絶対安全だ」という共同幻想が崩れたわけですから、その時、関係者が味わったその屈辱感と不能感の大きさは想像するに余ります。それでも日本、被災地域で生きていかなければならない人たちが選んだ言葉が、合理的に考えれば、矛盾する「日本人でよかった」という言葉でした。

この言葉は、「官も民も、皆で助けようとしている。トラックの運転手も有志で物資を運んでいるらしい。最近、日本に対して誇りを持てないことが続いていたけれど、そんなことない。日本人でよかった。」という文脈で使われました。これと同じような倒錯の構図が戦後保守政治のなかでも起きています。戦争に負け、米国の占領下にあった日本には、「対米従属を通じて段階的に国土を回復し、国家主権を回復していく」という戦略しか選択の余地はありませんでした。たしかにこの戦略は、1972年の沖縄返還までは、戦争を良く知る戦前生まれの政治家によって実行され、一定の成果を上げていきましたが、冷戦下における経済成長によって経済大国になると、いつのまにか「対米自立=主権国家」という国家目標を忘却の彼方に置き忘れてしまう事態になりました。

その結果、「対米従属を通じてさらに対米従属を深める」という不条理な状況に現在、日本は陥っています。ところで、鳩山由起夫元総理がマスコミのインタビューで総理在任中は、その存在を知らなかったと明言している「日米合同委員会」なるものをご存じでしょうか。日米合同委員会とは、日米地位協定第25条に基づいて日本における米軍の基地使用・軍事活動の特権などの具体的な運用について協議するための機関です。この組織が1952年以降、1600回以上も日米地位協定の解釈や運用について協議を重ね、米軍の特権を維持するために数々の密約を国権の最高機関である国会の審議を経ることなく生み出してきました。しかもそれらの密約は、日本国憲法に基づく日本の国内法の体系を無視して米軍に治外法権に等しい特権を与えています。その典型が首都圏を中心に一都九県の上空に広がる米軍が独占的に使用できる「横田空域」です。驚くべきことにこの米軍の特権には国内法上の法的根拠が全く存在せず、日米地位協定にも法的根拠は明記されていません。

長い戦後を終わらせ、真の主権回復と主権在民を実現するためにも国会のチェック機能が期待されるところです。「他国の軍隊を国内に駐屯せしめて其の力に依って独立を維持するという如きは、真の独立国ではない」と安倍首相の祖父である岸信介氏も明言しています。

ヒロシマとフクシマ」浮かび上がる無責任の体系

Opinion コメントは受け付けていません。
8月 062017

8月6日、9日は広島、長崎に原爆が投下された、人類にとって、特に日本人にとって忘れてはならない日である。

ところで、日本の中枢は事前に「広島、小倉もしくは長崎に原爆が投下される」ことを知っていたという驚くべき史実が近年、明らかになってきたことをご存じだろうか。201186日には、NHKスペシャルで「原発投下~活かされなかった極秘情報~」という番組が放送されたので、この番組を見た方もいるのではないだろうか。この番組は、「黙殺された極秘情報 原爆投下」松木秀文、夜久泰裕(NHK出版)という本にもなっている。私たちは広島と長崎の原爆について、これまで突然米軍の奇襲攻撃を受けたのだと言う定説を信じてきたが、テニアン島を拠点に作戦展開する米軍特殊航空部隊の原爆投下の動きを、大本営情報部が事前に察知していたという事実を、NHK広島が1年間がかりの取材で明らかにした。86日の広島、8月9日の長崎の爆撃のいずれも日本の大本営は米軍のコールサインを傍受していたにもかかわらず、空襲警報すら出さず、おそらく、終戦工作のために傍観していたと可能性が高いと考えられるのである。また、日本政府が「原子爆弾災害調査特別委員会」を原爆投下直後に組織し、米国が欲しがるだろう原発投下直後の人体、環境への影響調査を人命救助より優先し、731部隊免責の取引材料にしようとしたことまで、この本は明らかにしている。原爆投下については、第五航空情報連隊情報室に所属していた黒木雄司氏も自著「原発投下は予告されていた!」(光人社)中で下記のようにはっきり書いている。


毎年八月六日、広島原爆忌の来るたびに、午前八時に下番してすぐ寝ついた私を、午前八時三十二分に田中候補生が起こしに来て、「班長殿、いま広島に原子爆弾が投下されたとニューディリー放送が放送しました。八時十五分に投下されたそうです」と言ったのを、いつも思い出す。(253)このニューディリー放送では原爆に関連して、まず昭和二十年六月一日、スチムソン委員会が全会一致で日本に原子爆弾投下を米国大統領に勧告したこと(158)。次に七月十五日、世界で初めての原子爆弾核爆発の実験成功のこと(214)さらに八月三日、原子爆弾第一号として八月六日広島に投下することが決定し、投下後どうなるか詳しい予告を三日はもちろん、四日も五日も毎日つづけて朝と昼と晩の三回延べ九回の予告放送をし、長崎原爆投下も二日前から同様に毎日三回ずつ原爆投下とその影響などを予告してきた。

 

そして、2011年の東日本大震災でも、日本政府は放射線予測システムSPEEDI(スピーディ)の情報を福島原事故直後から、把握していて米軍には提供していたにも関わらず、一番必要な時に公開しなかった。震災翌日、福島原発に向かう際に管直人首相は、自分自身の生命や健康に影響が出ないことをSPEEDIにより確認したうえで現地に赴いたとも言われている。つまり、政府・高官はSPEEDIのデータを自らのために使いはするが、国民に対しては隠蔽し続けたということである。その結果、本来は被曝する必要がなかった多くの人が放射能を浴びてしまったのである。また、フクシマ原発事故以来、継続する放射能汚染について、本当に正確な情報を東電、政府は国民に提供してきたかも甚だ疑問なところである。このように「フクシマとヒロシマ」には、国民の命よりも自分たちの立場を守るために政府は、本当のことを知らせないという奇妙な符合が見えてくる。あまりに残念なことだが、底なしの無責任の体系が70年近い年月を経ても浮かび上がってくることを忘れてはならない。

*東愛知新聞に投稿したものです。

7月 182017

本年5月、天皇陛下の退位を一代限りで認める特例法が成立し、平成時代の終焉が近づいてきました。年表を見ていただければわかりますが、日本近代史においては年号が変わる節目に大きな事件、出来事が集中して起こっています。例えば、大正から昭和に元号が変わった昭和2年には金融恐慌が起き、同4年には「満州某重大事件」に関連し、田中義一内閣が総辞職しています。

また、昭和から平成に移行するときも平成22月に株価の暴落が始まり、日本の不動産価格総額が米国の不動産価格総額の4倍にまで膨らんだバブル経済が崩壊していきました。因みに消費税が導入されたのも平成元年です。そして今回もすでに2年前から東芝の不正会計(現在、上場廃止の瀬戸際)、タカタのエアバッグの大量リコール(本年6月には倒産)、旭化成の杭打ちデータ改ざん、台湾の鴻海精密工業によるシャープの買収、日本郵政の巨額損失等、大企業の経営を脅かす事件が次々と明らかになっています。また、政治の世界でも本年、森友、加計学園の問題が俄かにクローズアップされ、内閣支持率も急落、7月に行われた都議会議員選挙では自民党が歴史的な敗北を喫しています。

 ところで、21世紀になってから企業の事業部門分社化の流れが次のようなメリットを求めて行われるようになりました。その一つが分権化の推進で、事業部門が企業内部にある限り、その業績責任や業績評価は不十分なものにならざるを得ませんが、分社化されると独立した法人として決算が行われ、業績管理が徹底されます。次にコスト削減で、別会社となることで親会社と異なる人事・賃金体系を採用しやすくなり、人件費を削減することができます。さらに企業規模が小さくなることによって意思決定が迅速化し、経営が効率化される効果が期待できます。また、本業とは異なる新規事業を展開するときに、事業リスクが遮断できるという効果もあります。これらのメリットを追求するために企業の事業分社化の流れが近年、大きな潮流となってきましたが、現在は東芝の例が顕著ですが、経営危機に陥ったために大企業の事業部門が分割、解体されていくという段階に入り始めています。本社から儲かっている、社会に必要とされている事業部門から切り離されていくという不思議な現象が起きていることも見落としてはならない処です。考えてみれば、戦後の経済復興は「日本株式会社」と言われた官民一体の混合経済と冷戦体制のなかで大国アメリカの保護が得られるという基盤によって成立したものでした。冷戦が終了し、上記の基盤が崩壊するなかで日本の多くの企業が淘汰されていきました。そして平成時代は1989年に始まった日米構造協議に端を発する規制緩和の時代でした。そしてその平成時代(規制緩和、構造改革の時代)も終焉が近づいています。そのことを象徴する一つの事件が国家戦略特区に関する加計学園問題です。この問題の意味は、構造改革、規制緩和の裏に隠されてきた利権構造が表に出てきたことにあります。興味深いのは日本近代史を俯瞰すると、その時代の大企業の経営危機は世の中が変わっていく兆候であることが浮かび上がってくることです。何れにしても時代が変わる時、現在の常識は、いつの間にか古い常識になり、消え去っていく運命にあります。その意味で、120年の歴史を誇る19万人企業、東芝が原子力部門の重みに耐えかねて沈没しようとしていることほど、世の移り変わりを象徴していることはありません。

*東愛知新聞に投稿したものです。

7月 072017

アメリカのトランプ大統領は、特定の大手メディアのニュースをフェイクニュース(偽ニュース)だと断定し、ツイッターで直接、情報を発信し、3000万人以上のフォロワーを獲得しています。過激な独自情報を発信し続けるトランプ氏が世界の覇権国であるアメリカの大統領を務めていることは、前代未聞の出来事だと言えましょう。日本においても、官邸御用達記者と言われていたジャーナリストの「準強姦もみ消し疑惑」が週刊誌やテレビで報道され、「現在の政治主導は、本来あるべき公正な行政を歪めている」という異議申し立てをしたキャリア官僚に対しては、大手新聞が官邸の意向を忖度(そんたく)して<新宿・歌舞伎町の出会い系バーに通い>という異例の報道をしています。このように一昔前とは、メディアを取り巻く環境、その報道姿勢も大きく変わろうとしています。考えてみれば、インターネットが普及する前までは、全国紙は数千万人の読者を誇示していました。そして、私たちはその中から好きな論調の新聞を読んでいれば、自分の意見に近い言論を簡単に見出すことができました。インターネットによる情報のビッグバンと新聞情報の相対的劣化が状況を決定的に変え、私たちが共有する情報のプラットフォームが限りなく細分化され、今やなくなろうとしています。高度成長の一時代、すべての国民が同じような事実しか知らず、同じようなことに興味を持ち、同じような意見を口にしていました。「巨人・大鵬・卵焼き」という当時、流行した言葉がすべてを物語っています。紅白歌合戦という番組の視聴率が軽く80%を超えていたのもこの時代です。現在、NHKの朝ドラで「ひよっこ」が放送されていますが、そんな時代の雰囲気をよく伝えています。

そして21世紀に登場したウィキリークスというインターネットメディアがマスメディアの言論状況を決定的に変えてしまいました。次々と内部情報(イラク戦争の民間人殺傷動画公開事件、アメリカ外交公電ウィキリークス流出事件、CIAによるハッキング関係機密文書公開事件等)が暴露されることによって、国際情勢そのものが突き動かされていくことになります。その結果、私たちは米国有数の情報機関NSA「国家安全保障局」(National Security Agency)の活動の一端を知ることになりました。NSA本部だけで推定2万人が勤務、米国最高の数学者、語学者、電子技術者の集団で、半導体工場まで所有、海外に無人局も含め約3000の受信所を設け、総人員は約3万人、NSA傘下には陸、海、空軍、海兵隊、沿岸警備隊などの「保全」(実は傍受)部隊計約10万人がいるとされています。ところで、世界最大のマスコミ機関であるNHKでも職員は約1万人しかいません。上記のように権力、人員、お金をかけて圧倒的な情報を収集している機関からの内部情報が暴露される時代を迎えたわけです。そのために私たちは、自分が知っている情報の価値、知らない情報の価値を客観的に判断する能力が求められる難しい時代を生きることになりました。その意味では偽ニュースを偽物だと言っていても全く問題は解決しません。

<私たちはある種の情報の組織的な欠如や歪曲からも真実を推理することができる。嘘をついている人間についても「この人は嘘をつくことによって何を達成しようとしているのか」考えることができる>ということです。

これが情報リテラシーの一歩です。

*東愛知新聞に投稿したものです。

忖度(そんたく)の顛末

Opinion コメントは受け付けていません。
6月 162017

現在、「忖度(そんたく)」という言葉が猛威を振るっています。かつて評論家の山本七平氏が「「空気」の研究」という本を書きました。その本のなかで山本氏は、太平洋戦争末期、日本軍の参謀は制空権を奪われた沖縄に戦艦大和を出撃させるのは、あまりにも無謀な作戦だと理解していたにもかかわらず、陸軍の総攻撃に呼応するためには、簡単には引き下がれないという精神論に支配された会議の「空気」に圧倒され、非合理な命令を下してしまった等の興味深い事例を紹介しながら、時に合理的な判断を簡単に退けてしまう日本社会における「空気」の危険性を解き明かしました。現代でもKY:「空気が読めない」という言葉に象徴されるように日本社会においては「空気」の目に見えない不思議な力は存在しています。ところで、場の空気を「読む」行為に止まらず、「推し測る」行為である「忖度」の影響力は、空間を超えて、離れた集団や直接かかわりのない人物にも向けられます。その意味で「空気」より影響力が大きいと言えます。それでは、今回のような過剰な忖度が霞が関で生まれた原因は、どこにあるのでしょうか。

それは「政治主導」と言う言葉が、新自由主義改革を提唱している財界のシンクタンクである「新しい日本をつくる国民会議」が創り出した行財政改革の流れのなかで与野党の政治家の合言葉になることによって始まったものです。これが2001年の公務員制度改革大綱につながっていきます。そして、「縦割り行政の弊害を除去し、各省庁の主だった人事を政治(選挙で選ばれた政治家)がコントロールすべきだ」ということで、20145月に<静かな革命>とも言われた内閣人事局が新設されました。その結果、官邸が各省庁の審議官級以上の約600人の幹部人事を管理コントロールできるようになり、事務次官以下が事務方の人事、序列を決めることができなくなりました。そのために何をやってもそんなに給与が上がるわけではなく、人事異動だけが楽しみな国家官僚たちは、総理官邸通いを足しげく始めるようになったというわけです。そこから今回報道されているような過剰な忖度が生まれていきました。

 

ところで、日本国憲法第151項では、「公務員を選定し、罷免することは国民固有の権利である」とし、第2項では「すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と規定しています。戦前の憲法では、官吏は天皇に身分的に隷従し、天皇とその政府だけに奉仕する<一部の奉仕者>でした。また、戦後の公務員制度は、米国の<猟官主義>から、党派的立場によってではなく、公務の担い手としての客観的な能力や資格をそなえているかどうかを基準に公務員を任用する<成績主義>への転換を踏まえた米国の公務員制度にならってつくられたことも忘れてはなりません。その意味では内閣人事局による官僚人事のコントロールについては、米国の公務員制度が猟官制から成績主義に転換していった歴史にむしろ逆行する面があること、また現在、世界的にも新自由主義、新保守主義の思潮が時代の趨勢に合わなくなり、退潮状況にあることも併せて考える必要があります。そして、ここが重要な処ですが、現在の小選挙区比例代表制の下の選挙では、得票率が50%を超えないでも80%近い議席が獲得できることです。事実、2009年の選挙では民主党が47%の得票率で74%の議席を獲得し、2013年の選挙では自民党が43%の得票で79%の議席を獲得しています。この状況下での政治主導は公務員を一部の奉仕者にしてしまう危険性を抱えています。

何れにしろ、過剰な忖度を期待する官邸の空気が「黙して語らず」がルールであるはずの国家官僚から「現在の政治主導は、本来あるべき公正な行政を歪めている」という反論を引き出したことを、もっと政治家も国民も真摯に受け止める時を迎えています。

*東愛知新聞に投稿したものです。

1
© 2011 山本正樹 オフィシャルブログ Suffusion theme by Sayontan Sinha