*今回は本の紹介をします。

何れも戦後半世紀以上続いた米国と日本の、ある意味異常な関係が終焉を迎えている=やっと戦後を終わらせる機会が訪れていることを認めざる得なくなるものです。

一冊目は、先日NHK衛星放送で再放送された「未来への提言」で取り上げられていた2002年9月に出版されたエマニュエル・トッドの「帝国以後」です。

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1976年にその著書「最後の転落」で乳児死亡率の上昇を根拠にソビエト連邦の崩壊を独特の視点で見事に予言したトッドは、この著書のなかで、小生に言わせれば、幾分、遠慮がちにアメリカ帝国の崩壊は2050年までに起こると予想している。

おそらく、我々は、この控えめな言葉とは、裏腹にアメリカ帝国の崩壊を10年以内に、早ければ数年以内に目の当たりにすることになるのではないかと思われる。

戦後、あまりにも長く米国の巧みなプロパガンダによって、ある意味洗脳されてしまっている日本人には理解しにくいことであろうが、

その意味でもエマニュエル・トッドの「帝国以後」は21世紀の日本の未来に心を痛めている人々の必読の書と言えるかもしれない。

さすが、トッドはヨーロッパ、フランスの知識人である。冷徹にアメリカに対して何の思い入れもなく、その覇権構造を分析している。また、我々が住む日本という国がどのようにその覇権を支えさせられているかを冷ややかに観察している。

トッドは、単純な経済力や軍事力の分析、宗教やイデオロギーの対立のみに分析の軸足を置いていない。もちろん世界を評価するとき、それらの変数は分析にとって欠かせないものに違いない。従来の伝統的な方法に加えて、人類学者トッドの視野は「識字率」と「出産率」、すなわち教育と人口動態を、そのうえ過去から民族が受け継いできた「家族制度」と「婚姻形態」を、差異ある歴史の理解に不可欠な独立変数として認識する。このことによって、民主主義と自由主義の発展、およびその逆転としての文化的階層分化による民主主義の衰退=寡頭政治の台頭という現代世界の主要な潮流を明らかにし、人々を途方に暮れさせる世界の暴力的な混沌と行く末に迫っている。

)世界中での成長率の低下や、貧しい国でも豊かな国でも不平等が強まっていることが把握できる。これは経済と金融のグローバリゼーションに結びついた現象で、論理的かつ単純に自由貿易から派生するものである。()しかし左のであれ、右のであれ、マルクス主義のであれ、新自由主義のであれ、単純すぎる経済主義に身を委ねることを拒むなら、厖大な統計資料のお陰で、現在の世界におけるすばらしい文化的前進がどれほどのものなのかを把握することができる。それは二つの基本的パラメーター、すなわち大衆識字化の全般化と、受胎調節の普及を通して表現される。(p50)

実例とその展開はいくらでも示すことができるだろう。ここで重要なのは、近代化過程が始まる以前の空間と農民習慣の中に組み込まれていた当初の人類学的様態を知覚することである。さまざまの家族的価値を担う地域と民族が、その時期その速度もさまざまに、次から次へと同じ伝統離脱の動きの中に引きずり込まれていった。農民世界の元々の家族的多様性は人類学的変数であり、識字化過程の普遍性は歴史的変数ということになるが、この両者を同時に把握するなら、われわれは歴史の意味=方向と多様性という分岐現象とを同時に考えることができるのである。(p82)  』

ソ連邦崩壊後のロシアと東ヨーロッパの旧人民共和国、フランスとドイツを中心とするEU諸国、日本、中国、中南米、アフリカ、さらにイスラム圏を含めて、地域的に差異のある民主主義と自由主義の発展をトッドは確信するのだが、現在のアメリカ帝国に対する評価は、極めて厳しく、帝国が崩壊過程に入っていると断言している。

1950年から1990年までの世界の非共産化部分に対するアメリカの覇権は、ほとんど帝国の名に値するものであった。(

共産主義の崩壊は、依存の過程を劇的に加速化することとなった。1990年から2000年の間に、アメリカの貿易赤字は、1000億ドルから4500億ドルに増加した。その対外勘定の均衡をとるために、アメリカはそれと同額の外国資本の流入を必要とする。この第三千年紀開幕にあたって、アメリカ合衆国は自分の生産だけでは生きて行けなくなっていたのである。教育的・人口学的・民主主義的安定化の進行によって、世界がアメリカなしで生きられることを発見しつつあるその時に、アメリカは世界なしでは生きられないことに気づきつつある。(p37-38)

どのようにして、どの程度の早さで、ヨーロッパ、日本、その他の投資家たちが身ぐるみ剥がされるかは、まだ、わからないが、早晩身ぐるみ剥がされることは間違いない。最も考えられるのは、前代未聞の規模の証券パニックに続いてドル崩壊が起こるという連鎖反応で、その結果は、アメリカ合衆国の「帝国」としての経済的地位に終止符を打つことになろう。P143

アングロ・サクソンの世界への関わり方は、不安定で流動的である。彼らの頭の中には、普遍主義的民族にはない人類学的境界線が存在する。その点で彼らは差異主義的諸民族に近いのだが、ただしその境界線は移動することがある。(

アメリカ合衆国の歴史も、この境界線の変動という主題をめぐる試みとして読むことができる。それによって中心集団は、独立から1965年までは連続して拡大し続けたが、1965年から今日に至るまで、縮小の傾向にある。(

ロシアは、おそらくフランス革命以来最も普遍主義的なイデオロギーに違いない共産主義を作り出し、世界に押し付けようとした。(

冷戦の間、アメリカはこの恐ろしい潜在力に立ち向かわなければならなかった。外に対しても内においても、である。(

共産主義というライバルの崩壊に対応する最近の数年間は、アメリカの普遍主義の後退が見られる。(p152-155)

アメリカ流の一方的な行動様式と呼ばれるものは、()その基本的帰結は、アメリカ合衆国が帝国というものに不可欠のイデオロギー手段を失ったということである。人類と諸国民についての同質的把握を失ったアメリカは、あまりにも広大で多様な世界に君臨することはできない。(p170-171)

ロシアの崩壊の結果、アメリカ合衆国は唯一の軍事大国となった。それと平行して金融のグローバリゼーションが加速する。1990年から1997年までの間にアメリカと世界全体の間の資本移動の差額の黒字は600億ドルから2710億ドルに増大した。これによってアメリカは生産によって補填されない追加消費に身を任せることができたのである。(p179-180)

アメリカ外交の酔っ払いの千鳥足のような行動振りには、一つの論理が隠されている。すなわち現実のアメリカは軍事的小国以外のものと対決するには弱すぎる、ということである。すべての二流の役者たちを挑発すれば、アメリカは少なくとも世界の檜舞台での役割を主張することができる。経済的に世界に依存しているという事態は、実際、何らかの全世界的なプレゼンスを必要とせざるを得ない。(p185-186)  』

トッドは、冷静な目で経済的に、軍事的に、自由と民主主義などイデオロギー的に、文化的に、アメリカは帝国としての役割を終えつつあることを見通している。

今日地球上にのしかかる全世界的均衡を乱す脅威は唯一つ、保護者から略奪者へ変質したアメリカそのものなのである。己の政治的・軍事的有用性が誰の目にも明らかであることをやめたまさにその時に、アメリカは全世界が生産する財なしにはやって行けなくなっていることに気がつくのである。P265

二十世紀にはいかなる国も、戦争によって、もしくは軍事力の増強のみによって、国力を増大させることに成功していない。フランス、ドイツ、日本、ロシアは、このような企みで甚大な損失を蒙った。アメリカ合衆国は、極めて長い期間にわたって、旧世界の軍事的紛争に巻き込まれることを巧妙に拒んで来たために、二十世紀の勝利者となったのである。この第一のアメリカ、つまり巧みに振舞ったアメリカという模範に従おうではないか。軍国主義を拒み、自国社会内の経済的・社会的諸問題に専念することを受け入れることによって、強くなろうではないか。現在のアメリカが「テロリズムとの闘い」の中で残り少ないエネルギーを使い果たしたいと言うなら、勝手にそうさせておこう。(p279)  』

戦後、半世紀以上にわたって続いたアメリカに対する幻想を捨てるためにも是非、読んでいただきたい本である。2002年の段階で今日のアメリカの状況を予見していたことは特筆に値するだろう。

二冊目は、元外交官原田武夫氏の「計画破産国家アメリカの罠――そして世界の救世主となる日本」(講談社)(2009年4月発売)である。

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まず、著書から序文を引用しよう。

そして舞台の幕は上がる。

まったく新しいシナリオに基づく次なる国際秩序をもたらすであろう「計画破産国家アメリカ」という劇の幕が、である。

二〇〇八年も年の瀬となった一二月一五日。私はシンガポールにいた。日本は真冬だというのに、彼の地の外気は摂氏三〇度。一歩でも外に出ると、東南アジア特有の湿気に満ちた空気がたちまち私を包み込む。そしてその日の夕方、港を臨む「ホテル・リッツカールトン」の地下階にあるレセプション会場で、私はある奇妙な体験をした。

そもそもなぜ私はシンガポールにまで出向いたのか。それは世界屈指の民間情報分析機関「オックスフォード・アナリュティカ(Oxford Analytica)」が創立以来、本拠地であるイギリス・オックスフォードを離れ、アジアで会合を開くと聞きつけたからである。日本では一般になじみのない機関かもしれない。だが、G8各国政府をはじめ、世界中の主要なコングロマリットたちがいずれもその分析レポートを購読しているほどの権威ある機関なのだ。それがなぜいま、初めての海外における会議を、しかも「アジア」において行うのか。――そんな好奇心につられて、成田からシンガポールへと飛ぶことにしたというわけなのである。

レセプション会場を見渡す限り、日本人らしき人物は見当たらない。「これはまた目立つな」と思いつつ、ドリンクを片手に会場を歩いていると、お世辞にも「英国紳士風」とはいえない薄汚れたバッグを肩からかけた長身の老人が声をかけてきた。

互いに自己紹介する私たち。聞くところによればこの老人、日本では映画「007」で有名な英国対外情報工作機関MI6の幹部であった経歴を持ち、現在は退官してこの民間情報分析機関でアドヴァイザーをしているのだという。つまり、ありていにいえば本物のスパイである。ここではM氏ということにしておこう。

M氏は時折見せる眼光こそ鋭い人物。しかし、キスされるのではないかとひるんでしまうほどに顔を近づけて熱心に語るその語り口はユーモアにあふれ、まさに好々爺といった印象だ。

ひとしきり世間話をした後、やおらM氏が切りだしてきた。

「ミスター・ハラダ、いま起きている金融メルトダウンについてどう考えますか。ここまで事態が混乱してしまった原因はアメリカのこれまでの立ち居振る舞いにあると私は思う。1990年代初頭まで、世界には確かに秩序があり、大過なく歴史が進んできた。ところがそれからというものの、アメリカ人たちが世界中で暴れまわり、この秩序をたたき壊してしまった。そしてその代り蔓延するアメリカ流拝金主義。『万事カネがすべて』というその流れをそろそろ私たちは食い止めなければならない。そうは思いませんか」

先ほどまでの笑顔から一転して生真面目な眼差しで私を見据えながらこう語るM氏のクィーンズ・イングリッシュを聞きながら、私は思った。日本には何かというと「アングロサクソン」なる言葉を語る人たちがいる。多くの場合、それはアメリカと英国を一心同体としてとらえるために用いられている。これまで世間で「親米保守」と分類される著名なお歴々にありがちな言論(曰く、「アングロサクソンは戦争に負けたことがない。だから日本は彼らに楯ついてはならないのだ」云々)だ。しかし、冷静に考えてみると、「アングロサクソン」などという分類それ自体がフィクションなのだ。せいぜいのところ、アメリカにいるのは「アングロ・アメリカン」であって、それですら往々にしてイギリス勢とはまったく立場を異にするのである。それなのに、私たち日本人はマスメディアを通して戦後垂れ流されてきた虚妄の言論にどれほど騙されてきたことか。――インテリジェンス工作の最前線で活動してきたこの好々爺M氏の青い瞳を覗き込みながら、そう思った。(中略)

 

そして翌1216日。私はさらに「世界の現実」に打ちのめされることになる。

――会合が正式に始まり、お決まりの基調講演が冒頭行われた。スピーカーはキショレ・マブバニ教授。シンガポール国立大学リー・クアン・ユー公共政策大学院でトップを司る人物である。

アメリカ発金融メルトダウンをめぐる現状、そしてそれに対して一つたりとも有効な手段を講じることができていない状況を手短に描いた後、マブバニ教授はひと際決然とした調子で語り始めた。

「問題は累積しています。しかし、これに対処すべき政治家たちは“凍ったメンタリティー(frozen mentality)”にとらわれたままなのです。いま、世界を覆っている暗雲を取り除くには、まったく新しい発想、そしてまったく新しいやり方が必要なのです。それなのに、彼らはこれまでの発想、これまでのやり方にこだわっている。実は、各国で等しく見られるこうした状況こそ、真の問題なのです」

聞けばつい先日、アラブ首長国連邦・ドバイで開催された「ダヴォス会議」の準備会合でこの問題を解決するための方法について話し合ったのだという。マブバニ教授は同会議でグローバル・ガヴァナンス委員会の委員長もつとめている。一方、毎年初めにスイスで行われる「ダヴォス会議」(別名「世界経済フォーラム(WEF)」)といえば、閣僚をはじめ、日本の政治家たちが行列を連ねて意見を拝聴しにいく場所だ。今後、彼の地を訪れる日本の政治家たちは何度となく聞かされることだろう。「貴方たちこそが、世界の抱える問題そのものなのだ」と。

私がシンガポールで体験したのは、開演前のロビーで、これから始まる劇について意見を述べ合う観客のざわめきのようなものだった。

本当のシナリオをあなたは知っているか、そう確認しあうのだ。

間もなく開演する劇に「計画破産国家アメリカ」というタイトルがついているわけではない。あくまでも私が便宜上、つけたタイトルに過ぎない。現実の世界では、まったく違うタイトルがつけられ、ある意味、とても分かりやすいストーリーとして展開されていくことになる。そして多くの人が素直に信じ込み、むしろ、中途半端な知識や情報を持つ自称「情報通」ほど、シナリオを書いた連中にまんまと騙されていくことになるのだ。

表に出るタイトルやストーリーに騙されてはならない。すでにいくつものメッセージは届けられている。そう、何年の前から繰り返し繰り返し、送られているのだ。分かる者には分かるように。分からない連中だけを選別するために。

それが真のインテリジェンスの世界のやり方なのである。

これから始まる「計画破産国家アメリカ」という劇には、もちろん日本も重要なプレイヤーとして登場する。その時、私たちは問われることになる。シナリオをきちんと理解して演じているか、あるいは、まったく知らずに、ただ踊らされるだけなのか、を。

台本を持って演じる俳優と、台本すら渡されずに指示通りに動くだけのエキストラにはっきりと選別されるのだ。

この本は、シナリオを読み解く手助けになればと書いたものだ。「世界史の真実とは何か」と考え、さらには「そうであるならばこれからどうすべきなのか」と考える、愛すべきすべての日本人に贈るために、より多くの日本人がエキストラではなく俳優として演じてほしいと願い、執筆したものである。

元外交官、原田氏の分析によれば、

新大統領になったオバマに残された選択肢は「デフォルト宣言」しかないという。

残された選択肢は、①ドル切り下げ②ハイパーインフレーション誘導③デフォルト&アメロ(北米版ユーロ)導入くらい。それも就任からできるだけ、早い段階で行い、後はスーパーレディのヒラリー・クリントンが大統領に昇格する。この一連の流れは最初から綿密に計画された「計画倒産」だという。その結果、アメリカは、覇権国ではなくなるが、新たに獲得したカナダ・メキシコという「ニューフロンティア」により、カナダの資源・メキシコの低賃金労働力を駆使して復活するシナリオを目指す。 目論見通り、復活を果たせば、アメリカは新戦略によって「フード(食料)」、「ヘルスケア(医療、福祉)」「エネルギー資源=原子力」の三分野を支配することで再び世界の覇権を狙う。

彼の分析でおもしろいのは、「取りあえず越境する投資主体」=国際金融資本に選ばれたのは日本だと指摘していることであろう。原田氏は、その結果、2010年、日本に金融バブルが訪れるという分析もしている。確かに米国に800兆円近いお金を実質毟り取られてもビクともしない?ほど日本経済は、強靱である。

考えてみれば、現在の日本の国内問題(医療、年金、格差 etc等)は、米国債を200兆円ほど売って、国内で活用すれば、本当はすぐ解決できるのであるが、

三冊目は「日米同盟の正体 迷走する安全保障」孫崎 享である。

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*天木直人氏のブログより

『驚愕の本がまたひとつ出た。元駐イラン大使であり現防衛大学校教授の孫崎享氏の手による「日米同盟の正体 迷走する安全保障」(講談社現代新書)という近刊書である。

この本の何が驚愕なのか。それは、日本を守ってくれているはずの日米安保体制(日米同盟)が、国民の知らない間に、完全に米国の戦争協力の道具に変えられてしまっている現実を白日の下にさらしたからだ。

この本の何が驚愕なのか。それは、国会承認条約である日米安保条約が、2005年10月29日の「日米同盟:未来のための変革と再編」という一片の行政合意で、いとも簡単に否定されてしまった事を国民に教えたからだ。法秩序の下克上だ。

この本の何が驚愕なのか。それはもはや米国にとっての唯一、最大の脅威は、中東の「テロ」であり、これからの日米同盟とは、米国の「テロ」との戦いに日本がどうやって協力させられていくかという事でしかない、その事を明らかにしたからだ。

この本を書いた孫崎氏はキャリア外交官として任期をまっとうした元外交官だ。国際情報局長という幹部職を経歴し、駐イラン大使を最後に退官した後は、防衛大学校へ天下って今日に至っている人物である。その経歴を考えるとまさしく権力側に身を置いて、権力側について飯を食ってきた要人である。日本政府の安全保障政策を担ってきた一人である。その彼が、日本の国是である日米安保体制の正体を明らかにし、もはや日米同盟は空洞化していると公に宣言したのだ。これを驚愕と言わずして何と言うのか。

おりしも今日3月23日の各紙は、22日に神奈川県横須賀市で開かれた防衛大学校の卒業式の模様を報じている。そこで麻生首相は、相も変わらず日米同盟の強化を訴えている。その光景を報じる写真の中に、あのブッシュの戦争を支持し、この国をブッシュの戦争に差し出し小泉元首相の姿がある。おまけに来年2010年には日米安保条約改定50周年記念を迎え、政府、外務省の手によって盛大な日米同盟万歳の合唱が繰り返されようとしている。

壮大な茶番劇である。この本をきっかけに、日米同盟見直しの論議が起こらないとウソだ。対米従属から永久に逃れられない。この国に将来はない。』

小生がこの本を読んで一番吃驚したのは、本当は、これほどの経歴の人でありながら、この程度の戦略的思考能力かということであった。日本に「戦略思考能力がないと明言するキッシンジャー」という項目がこの本のなかにあるのが皮肉である。しかし、日米安保条約が終わっていることを外交の専門家が明らかにした意味はあまりにも大きい。

*参考資料 田中良紹のブログより

「密約」から分かるこの国の姿

『日本がいかなる国かを如実に物語るニュースに遭遇した。

6月1日に共同通信が配信した「核持ち込みに関する密約の存在を4人の歴代外務次官が証言した」というスクープである。ところが東京新聞以外の全国紙は全く報道せず、官房長官と現職外務次官は完全否定した。

共同通信の報道によれば、岸内閣の60年安保改定に際して、核兵器を搭載した米軍の艦船や航空機の日本立ち寄りは「事前協議」の対象とされたが、実は持ち込みを黙認する事で合意した「密約」があり、「密約文書」は外務次官などの中枢官僚が引き継いで管理し、官僚の判断で選ばれた政治家だけに伝えていた。これまで日本政府は「事前協議が行われていない以上、核の持ち込みはない」と国会答弁してきたが、国民に嘘をついてきた事になる。証言をした4人はいずれも1980年から90年代に外務事務次官を経験した。

私は07年10月に「秘密会がない国会は異様だ」というコラムを書いた。各国の議会には「秘密会」があり、メディアや国民に公に出来ない機密情報について議論する場合は「秘密会」で議論する。国民には公に出来なくとも国民の代表である与野党の議員が出席すれば国民に秘密にした事にはならない。ところがわが国の国会で「秘密会」が開かれたという話を聞いた事がない。

インド洋の海上給油を巡る議論でも、「油をどこからいくらで買い、どの国の艦船に給油しているのか」と国会で質問されると、政府は決まって「テロリストに知られると困るので答弁を差し控える」と言って答えない。そこで野党も引き下がる。しかし国民の税金が投入される話である。無駄に使われていないかをチェックするのが国会である。それなのに答弁を拒否されて済ませている国など見た事がない。本当にテロリストに知られて困るのなら「秘密会」を開いて審議すべきだと書いた。

さらに国会に「秘密会」がないのは、実は機密情報を官僚だけが握っていて政治家には知らせないためではないかと書いた。機密情報を握っている官僚の中だけであらかじめ国家の方針を決め、都合の良い政治家にだけ情報を教え、官僚の思い通りのシナリオで政治家を動かしている可能性がある。しかし国民の税金で得られた情報を官僚が独占し、国民に還元しない国を国民主権の国家と呼べるのだろうかとも書いた。

今回の共同通信の報道で私の考えが現実だった事が裏付けられた。官僚はまさしく政治家を選別し、そこにだけ情報を提供し、国民には嘘を突き通した。また「密約」の存在は90年代末にアメリカで公文書が開示され、アメリカでは既に公開情報であるにも関わらず、日本政府は今なお情報公開をしようとしない。そして日本のメディアは政府に歩調を合わせるように、共同通信の報道を無視する姿勢に出た。メディアは国民の側ではなくまずは官僚の側に身を置く事がはっきり示された。官僚が変わらなければメディアも変われないという事なのだろう。それが民主主義と称するこの国の姿である。

それにしても注目すべきは何故4人の歴代外務次官が共同通信に対してこれまでの発言を180度転換する証言を行なったかである。共同通信の取材力がそうさせたとは思えない。そこには大きな権力の意図が働いている。日本政府をも超えた力の存在を私は感じる。

吉田茂の日米安保条約締結時から日本は米国との「密約」に縛られてきた。吉田は「密約」のためたった一人で条約に署名した。そして沖縄返還交渉では佐藤栄作がたった一人で小部屋に入り「密約」に署名した事が知られている。佐藤栄作はそれでノーベル平和賞を受賞したが、日本の「非核三原則」の裏側には絶えずアメリカの核戦略を可能にする「密約」の存在があった。

アメリカは戦後の日本を「密約」で縛ったが、しかし国民の税金で得られた情報はいつかは国民に還元する国である。アメリカ公文書館は「民主主義はここから始まる」と宣言し、時間が経てばいかなる「密約」も公開する事を旨としている。ところがわが国では「密約は墓場まで持っていく」のが美徳であり、それが官僚支配を続けさせる秘訣であった。そうした日本のあり方にいよいよアメリカの力が及んできたのではなかろうか。

核廃絶を目指すオバマ政権の思惑が背景にあるのかもしれない。それとも北朝鮮の核保有に対抗して日本に「核が持ち込まれている」事をアピールする狙いがあるのかもしれない。或いは自民党政権に代わる民主党政権の誕生を予想して、政権交代後の日米関係を構築するための一つの方向を示そうとしているのかもしれない。とにかく私には大きな変化が始まったと感じさせる出来事だ。それを無視するメディアの感覚が私には全く分からない。

麻生政権は55日間の国会延長を行なって選挙をなるべく先延ばししたい考えのようだが、私が前から言うように国会を開いているとどこに「蟻地獄」があるか分からない。「外交が得意」などと吹聴するとその外交で足をすくわれる事がままある。歴代自民党政権が国民に嘘をつき続けてきたこの問題の処理を誤ると思いもよらぬ「蟻地獄」にはまり込む可能性もある。国会を長引かせると危険も大きくなると考えた方が良いかもしれない。』

このように日本では選挙で選ばれない役人が、本当の政治を行っているのである。

そのために、本来、民主主義の本舞台である議場では議員の承認を得るという役人のためのセレモニーと広報活動としての議員のためパフォーマンスが国会で、地方議会で演じられることになるのである。

<参考資料>

エマニュエル・トッド (Emmanuel Todd, 1951年生 )

フランスの人口学・歴史学・家族人類学者である。人口統計による定量化と家族構造に基づく斬新な分析で知られる。現在、フランス国立人口学研究所 (INED) に所属する。2002年の『帝国以後』は世界的なベストセラーとなった。エマニュエル・トッドは作家のポール・ニザンの孫、ジャーナリストのオリヴィエ・トッドの息子として、1951 年にサン=ジェルマン=アン=レーで生まれた。

1976 年、最初の著作である『最後の転落』 (La Chute finale) において、10 年から 30 年以内のソビエト連邦崩壊を人口統計学的な手法で予想し、注目された。この本は 7 か国語に訳され、25 歳にして国際的に知られるようになった。前年にベトナム戦争が北ベトナムの勝利で終結し、ソビエトの威信が高まる中、フランスでは、ソビエトでは全体主義に順応した新しいソビエト的人間が生まれ育っているので体制崩壊はない、という主張があった。これに対しトッドは、ロシア人女性が識字率上昇の後に出産率が下がるという人類の普遍的傾向に従って近代化していることを示し、ソビエト的人間説を否定した。また通常は下がり続ける乳児死亡率が、ソビエトでは 1970年から上がり始めたことを指摘し、体制が最も弱い部分から崩れ始めたと主張した。 ソビエト連邦は実際に 1991年に崩壊し、トッドは予言者と見なされることとなった。1991年のソ連崩壊以降、アメリカが唯一の超大国になったという認識が一般的であった。そのアメリカの中枢で起きた 911 テロから一年後の 2002年9月、トッドは『帝国以後』 (Après l’empire) を出し、アメリカも同じ崩壊の道を歩んでおり、衰退しているからこそ世界にとって危険だと述べ、衝撃を与えた。同書は 28 か国語に訳され、フランスで 12 万部、ドイツで 20 万部を売る世界的なベストセラーとなった。またその後のフランス、ドイツの外交の理論的な支えとなった。

原田武夫(はらだ たけお)

1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。

経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。

2005年3月末をもって自主退職。

孫崎 享(まごさき・うける)

1943年旧満州生れ。東京大学法学部中退。外務省入省、情報調査局分析課長、在カナダ大使館公使、総合研究開発機構(NIRA)部長、駐ウズベキスタン大使などを歴任。93年夏、中央アジアのウズベキスタンに初代大使として赴任。すでに大部隊を送り込んで威容を誇る欧米諸国の大使館を尻目に、当初独りきりでホテルに仮設大使館を開くことから始めたが、またたくまに数々の日ウ共同プロジェクトを実現、ウズベキスタン政府をして「最も信頼できる国は日本」といわしめた“手品師”のような外交官。その秘密の一端は『Voice』(95年12月号)「大使の使い道教えます」で披露した。いわく、外交は外務省だけの専売特許ではない、工業製品をつくるように対外関係のベルト・コンベヤーをつくる必要がある、云々。氏の才能は文筆をふるう際にもいかんなく発揮されて、『日本外交-現場からの証言』は第二回PHP山本七平賞を受賞した。

*「現代産業情報 No.622」(5月15日 現代産業情報研究所刊)より



①日経平均が9,000円を上回ったので「経済は底打ちした」という楽観論が拡が りつつあるが、これは間違いだ。

②危うい均衡が保たれているのは日米欧が、景気刺激策(財政支出)をとり、紙幣を 増刷しているからである。

③現在の政府機関は財政の健全性も金融の規律も無視している。また、そうせざる得ない。

④国(政府や日銀、アメリカではFRB)がなりふりかまわず、非常識なことをして この危機を凌ごうとしている。(ついに日銀は米国債等の外債の購入まで始めた。)

⑤この状態は、すでに資本主義ではない。 米国は次々、企業を実質国有化している。

⑥しかしこのまま放置すれば、日経平均は6,000円を下回る。

(そのためにさらなる、なり振り構わない景気対策が採られることになる。)

⑦いまの経済の実態を一番よく表わしている本が一冊ある。

講談社セオリーブックの『不況の教科書』である。ここにはストレートに経済事情 が書いてある。

⑧有り得ないことだが、仮にいま政府が手を引き、日銀が引きしめに入ったら、すぐに昨年10月以上の金融パニックになる。

*副島隆彦氏のレポートを編集・加筆しました。以下、(現在、米国を本当に支配している「奥の院」の支配層は世界に向かって混乱、戦争を仕掛けてきているようです。北朝鮮の強硬姿勢、イランの核開発、グルジアのNATO合同軍事演習、イランの核兵器問題、パキスタン政権の動揺、今回の豚インフルエンザ騒ぎ、etc、すべて繋がっている出来事だと考えるべきだと思われます。その意味で非常に興味深い指摘です。正 樹)

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*参考資料  2009年FACTA 6月号 [天を仰ぐ「野党ボケ」]より



小沢の腹は「大連立狙い」

~世論無視で押し切った代表選の舞台裏。総選挙後を睨み「壊し屋」の逆襲がはじまった。~

新味のない「党の顔」の掛け替えで、民主党は再び政権交代に向け、反転攻勢に打って出ることができるのか。誰もがそれは難しいと感じている。小沢が金権体質を反省したわけでもない。とするなら、呆気ない代表交代劇の本質は、前代表・小沢一郎の党支配体制を温存するプロセスでしかなかったということになろう。言うなれば、党内外の辞任圧力にさらされたトップが、電撃的に「上からのカウンター・クーデター」を仕掛け、まんまと党内を再制圧した、紛れもない党内権力抗争だった。

火の玉になって頑張る

気力十分と見ていい。辞任表明後の小沢である。記者会見の最中から、それは始まっていた。全国紙1面に並んだ政治部長たちの署名記事は、おしなべて「説明責任を果たしていない」という凡庸な批評でお茶を濁したが、ジャーナリストなら「これは小沢の新たな闘争宣言だ」と喝破しなければならなかった。説明責任どころか、「世論に追い込まれて」辞めていく者なら当然に帯びているはずの打ちしおれた陰りがまったくなく、むしろ正反対の気力みなぎる口吻に、大方の意表を突いた辞任表明の本当の目論見を見抜かなければならなかった。「辞めていく者が、その後のことについて論ずるべきではない」。5月11日夕の辞任会見で、小沢はそう言いながら問われもしないうちに自分から「ただし、国民生活への影響を最小限に抑えるために、平成21年度補正予算案の衆議院での審議が終わるのを待ったうえで、速やかに代表選挙を実施してほしい」と言った。わずか5日後の後任選出という流れは、小沢がこの時、一方的に宣言したとおりに取り運ばれた。

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【小沢辞任】ロイター通信、総選挙早まる可能性を指摘

2009.5.11 18:34

【ロンドン=木村正人】民主党の小沢一郎代表による辞任表明を受け、ロイター通信は11日、「次期総選挙は早ければ東京都議会選挙と同じ7月12日に行われるという観測もある」と、総選挙の時期が早まる可能性を伝えた。

同通信は、小沢代表には「改革者」と「陰の実力者」の2つの側面があったと分析。小沢代表の辞任で民主党が総選挙で勝利する可能性は増えたものの、民主党は小沢代表の選挙戦術を必要としており、辞任した後の役回りが重要だと指摘、同代表が「闇将軍」として君臨することへ強い危惧を示した。

また、民主党に政権交代しても経済政策は自民党とあまり変わらないが、民主党は労働者や消費者に配慮した政策を採用するだろうと予測している。

英BBC放送も評論家のコメントとして「小沢代表はそつがない戦略家だが、高圧的な手法が批判されてきた」と紹介。次期総選挙で民主党が勝利し、自民党支配に終止符を打つのは間違いないとみられていたが、小沢代表は公設第1秘書の西松建設違法献金事件で台無しにしたと報じた。

<今回の小沢辞任騒動も、2007年秋の大連立劇と同じ構図で起きている。>

小沢氏の秘書の政治資金規正法違反での異例の逮捕、拘留と言った捜査も、覇権国である米国の圧力と霞ヶ関の小沢氏の対する過度の恐怖感が引き起こしたものだと考えるとわかりやすい。また、福田政権の時に動きのあった大連立構想が再び、水面下で進んでいる可能性も十二分に考えられる。現在の米国は、金融危機の真っ直中にあり、日本から今まで以上にお金を引き出す必要に迫られている。そのためには反米的な発言:日本を自立させようと言う発言を繰り返していた小沢氏が、目障りであったことは間違いあるまい。小沢氏を排除した従米大連立政権こそ、米国にとって最も好ましい日本の政治の在り方だと考えられているはずだ。

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「豚インフルエンザの戦時体制」

2009年4月30日  田中 宇



米国で豚インフルエンザの感染が大騒動になっている。この騒動を見て、米下院議員のロン・ポール(小さな政府主義者。リバタリアン。医師)は、1976年に米国で豚インフルエンザが発生して大騒動になった時のことを思い出したと話している。 ポールによると当時、米政府は大騒ぎして4000万人にインフルエンザのワクチンを予防接種したが、実際にはインフルエンザでは一人しか死亡しなかった半面、ワクチンの副作用(末梢神経が冒されるギラン・バレー症候群)によって30人(一説には52人)が死亡してしまった。当時、まだ新人の国会議員だったポールは、政府のワクチン接種政策に反対した2人の下院議員の一人だったが、当時を振り返って「あれは全くの金の無駄遣いだった」と話している。彼は、今回の豚インフルエンザについても「ことの重大性を軽視するものではないが、冷静に対応すべきだ」と、政府の大騒ぎを戒めている。

1976年当時、国防長官は史上最年少で就任したドナルド・ラムズフェルド(ブッシュ政権で史上最高齢で国防長官を再任)だった。ラムズフェルドは製薬会社との関係が深く、そのためか、豚インフルエンザの感染が問題になった後、国防総省の主導で、全米でワクチンの予防接種をする動きが起きた。そもそも当時、豚インフルエンザが最初に発症したのは米ニュージャージー州の米陸軍基地内で、新兵が集団で発病したところから感染が始まっている。製薬会社とつるんだ軍産複合体が、自作自演的にインフルエンザを蔓延させ、全国民に予防接種を義務づける政策にまで発展させたと疑われている。

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