6月 232018

2018612日にシンガポールで行われた歴史的な米朝首脳会談の評価が日本では総じて低いようである。

例えば、613日の朝日新聞の社説は、「その歴史的な進展に世界が注目したのは当然だったが、2人が交わした合意は画期的と言うには程遠い薄弱な内容だった。最大の焦点である非核化問題について、具体的な範囲も、工程も、時期もない。一方の北朝鮮は、体制の保証という念願の一筆を米大統領から得た。公表されていない別の合意があるのかは不明だ。署名された共同声明をみる限りでは、米国が会談を急ぐ必要があったのか大いに疑問が残る。」と書いている。

北朝鮮のミサイル発射でJアラートまで駆使して半島有事を煽っていた、ちょっと前までの日本政府の現状を考えれば、この会談によって朝鮮半島有事が取りあえず遠のいたことをまず、評価すべきなのにこの社説はでは、全くそのことに触れていないのも不思議なところである。しかし、その後の韓国、北朝鮮、中国、ロシアの活発な外交交渉の展開、マティス国防長官による米韓軍事演習の無期限延期などの発表を見ると、明らかに大きく歴史は動き出している。

考えてみれば、日本のマスコミは先の米国大統領選においてもトランプ氏が大統領になることをほとんど予測していなかった。ヒラリー女史が当選し、今までと同様の米国の国際戦略が続くことを当然のこととしていたのである。そのためにトランプが何をしようとしているのか、何の為に大統領に選ばれたのかを、いまだに全く理解しようとしていない。

それでは、彼はどういう役割を担って大統領になったのか、それを考えるためには第二次世界大戦以降の世界経済の変遷を振り返る必要がある。大戦後、すべての技術、お金、金(ゴールド)、インフラがアメリカ合衆国に集中していた。そのため、西側諸国の経済は、米国が共産圏であるソ連に対抗するために豊富な資金、技術を、提供することによって離陸し、成長してきた。そして1965年以降、西ドイツ、日本が経済的に頭角をあらわすとともに、米国はベトナム戦争等の巨額の出費(これによって日本経済は高度成長した)もあり、いわゆるドルの垂れ流し状態に陥る。その結果、起きたのが、1971年のニクソンショックで、ニクソンは金とドルの交換の停止、10%の輸入課徴金の導入等の政策を発表し、第二次世界大戦後の通貨枠組み:ブレトン・ウッズ体制を解体、世界の通貨体制を変動相場制に移行させた。しかし、その後も米国の赤字基調は変わらず、1985年にはプラザ合意による大幅なドルの切り下げという事態に日本は共和党のレーガン政権時代に追い込まれる。貿易黒字を貯めこむ日本は、内需拡大を迫られ、その後、バブル経済が発生することになる。1965年以降、日米貿易摩擦が発生し、製造業間の調整交渉が日米両政府によって重ねられてきたが、80年代後半以降、米国はトヨタの負け(製造業)をソロモン(金融業)で取り返す戦略に転換。日本が貯めこんだドルを米国債、株式に投資させ、米国に還元させることで儲ける仕組みをつくりだした。この方式を新興国に当てはめ、始まったのが、現在のグローバル金融である。そして、グローバル金融を支えてきたのが、IT革命だ。つまり、賃金の安い新興国に米国企業が工場を作る投資をし、その製品を米国に輸出させた儲けは、米国の金融機関が吸い上げるという仕組みである。ポイントは、この仕組みを円滑に機能させるためには、米国のルール:新自由主義と新保守主義の思潮から作り出された価値観(ワシントンコンセンサス)をそれら、すべての国に受け入れさせる必要があり、軍需産業維持のための戦争と価値観の押し付け外交が密接に結びついていった点にある。つまり、そのルールを押し付けるためには、米軍が世界展開していることが好都合だったということである。ところが、2008年のリーマンショックでこのグローバル金融がうまく、機能しないことが露呈し、中央銀行制度ができて以来、初めての異常な金融緩和が始まったが、現在、それもすでに限界に達している。

この状況を打開するために選ばれたのがトランプなのである。

基本的なトランプの考え方は次の三つである。

(1)グローバル金融はうまく機能しない。

(2)アメリカは世界の警察官をやめ、世界に軍事展開することをやめるべきだ。

(3)金融で儲けることができないなら、米国内で製造業を復活させるしかない。

ということは、基本的にトランプは早く、米軍を世界から撤退させたい、そのためには極東の冷戦も早く終わらせるべきだと考えているということである。このような分析は日本のマスコミでは報道されることはないが、北朝鮮の金正恩はこのトランプの考えをしっかりと理解し、核カードという札を手にした時点で勝負に出てきた相当したたかな政治家であるという見方もできるのである。 

もちろん、このような動きが進むことは、1945815日以降の日本のあり方を根本的に変えることにも繋がっていく。このことを、マスコミを含む日本のイスタブリシュメントは、巨大利権化された日米安保体制(今は日米同盟体制という言葉に変わったが、)のなかで見たくない。それが日本のマスメディアの論調を左右する空気と今もなっている。考えてみれば、日本の戦後体制は、天皇実録を読み込んだ豊下楢彦氏が「昭和天皇の戦後日本:〈憲法・安保体制〉にいたる道」で明らかにしたように昭和天皇とマッカーサーの11回の会談で実際には決まってしまったようなものなのである。この冷戦下のなかで半ば独立を放棄し、経済的利益を追求する戦略はベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終わるまでは、きわめて有効に機能した。本来ならば、この時点で世界情勢の変化に合わせて外交戦略も変えるべきものだったはずだが、長年にわたる日米安保を中心とした利権構造があまりにも強固なものになり、変えることができなかったのである。その意味では、安保利権者にとっては、極東における分断された朝鮮半島の存在はあまりに好都合だったと考えることもできるだろう。しかしながら、それもこの612日の米朝首脳会談で大きく変わろうとしている。考えてみれば、日本という国がこれほど太平洋側ばかりに顔を向けていた歴史は、日本の長い歴史のなかでほとんどない。多くの日本人は忘れてしまっているが、廃藩置県後の都道府県の人口は、明治時代までは新潟県が一番だったのである。日本海側は、決して裏日本ではなかったのである。その意味で本来のユーラシア大陸に顔を向ける時代の転換点が訪れているとも言えよう。

 ところで、第二次世界大戦後、米国のアジア情勢分析のトップだったオーウェン・ラティモアは「アジアの情勢」(119P)のなかで、次のように書いている。 

「アメリカの対日政策は、日本の歩む方向にアジアを進ませることができる、という仮説の上に立っている。仮説の連鎖の第一環は、日本をアジアの工場とロシアに対する防壁とに仕立て上げることができる、と言う考えである。この仮説は、アメリカの政策の道具として日本は、イギリスとドイツとネパール王国とが持つすべての価値を、一身に兼ね備えているという驚くべき理論の上に立っているのだ。日本はイギリスと同じように据え付けの航空母艦として使うこともできるし、ドイツと同じように周囲のどれよりも発達した工業を持っているので、ドイツのように付近の主な国々の工業の発達を利用し、またそれを反ロシア的方向に誘導するための中心とすることができる。インドから独立しており、インドとイギリスに凶暴なグルカ人傭兵を供給しているネパール王国と同じように、生まれつき訓練された日本人は、<伝統的に反ロシア的>であるから、時と共に、独自の政治を持たず、自国の<作業場>をまかなってくれるアメリカに対して堅い忠誠を致すところの、新しい植民地軍隊を供給する国になるだろう、と期待されているのである。 

如何だろうか。オーウェン・ラティモアはこんなことは、アメリカの都合のいい幻想に過ぎないと分析しているにもかかわらず、現在の日本が19491月に書かれた文章の通りの日本になっていることに戦慄しないだろうか。 

 何れにしろ、極東における冷戦が終わろうとしている現実、すなわち日本の戦後が終わることを冷静に受け止める歴史的な時を迎えようとしている。

 

オーウェン・ラティモア

Owen Lattimore1900729 – 1989531日)は、アメリカ合衆国の中国学者。第二次世界大戦前には太平洋問題調査会(IPR)の中心的スタッフを長くつとめ、また戦時期には中華民国の蒋介石の私的顧問となるなど合衆国の対中政策の形成に関与していたため、戦後はマッカーシズム(赤狩り)の標的の一人となり迫害を受けた。1942年、中央アジアの探険、研究に対して、イギリスの王立地理学会から金メダル(パトロンズ・メダル)を贈られた。

The Situation in Asia1949年)

アジアの情勢

さらば、閉ざされた言語空間

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4月 102018

戦後を代表する評論家である江藤淳氏には、「閉ざされた言語空間~占領軍の検閲と戦後日本」という名著がある。江藤氏は昭和54年、ワシントンに9か月間滞在し、3つの図書館で一次資料を精力的に調べ、米国による日本占領前(周到な計画)、占領後(実行)の検閲の実態を明らかにした。そしてGHQは、その計画通りに終戦後、約8000人近くもの英語の話せる日本人を雇用し、彼らを使い、秘密裏に日本のメディアに対する徹底した「検閲」を行った。江藤氏がこのような調査をおこなったのは、戦後30年以上経過した昭和54年当時においても占領期と同じことが日本社会で起きているという一種不思議な感覚を拭い去ることができなかったからだとも書いている。おそらく、これは鋭い作家の直感だったのだろう。「北朝鮮外交の真実」という本の著者でもある元外交官原田武夫氏は、この件について下記のように書いている。

「米国は日本独立後も引き続き、日本メディアを監視し続けている。しかも、その主たる部隊の一つは神奈川県・座間市にあり、そこで現実に77名もの「日本人」が米国のインテリジェンス・コミュニティーのために働き続けているのである。そして驚くべきことに、彼らの給料を「在日米軍に対する思いやり予算」という形で支払っているのは、私たち日本人なのだ。「監視」しているということは、同時にインテリジェンス・サイクルの出口、すなわち「非公然活動」も展開されていることを意味する。」

つまり、江藤淳氏の直感は正しかったのである。彼も文庫本あとがきに「文庫に収めるにあたって、テクストの改変は一切行わなかった。米占領軍の検閲に端を発する日本のジャーナリズムの隠微な自己検閲システムは、不思議なことに平成改元以来再び勢いを得始め、次第にまた猛威をふるいつつあるように見える」と書いている。一例を上げるなら、昨年11月には、トランプ大統領が米国大統領として初めて治外法権である在日米軍基地経由で日本に入国するという異例のパフォーマンスをしてきた。たしかに米国大統領は米軍の最高司令官なので、日米地位協定に規定される軍人と見なすことは、可能だが随行してくる国務省の職員は民間人なので、本当は米軍基地経由で日本に入国することは、厳密に言えば、地位協定上、問題があるはずなのである。しかしながら、このことを指摘する日本の大手メディアは一つもなかった。逆に評論家の池田信夫氏は、トランプ大統領が横田基地から日本に入国したのは、米軍は在日米軍基地から自由に出撃できると北朝鮮に見せることだと解説しているほどだ。しかしながら歴史はそれとは違う方向に動き、この5月には、歴史的な米朝首脳会談が行われることになっている。韓国の一存だけでこのようなことが進むはずはないのでトランプ周辺が動いていたことは間違いないだろう。その後、このことは、日本テレビの取材でも裏付けられている。ところで平成20年には、江藤氏の上記の著書を引き継ぐような大阪大学名誉教授松田武氏の「戦後日本におけるアメリカのソフトパワー~半永久的依存の起源~」という本も出版され、詳細に日本社会の言論状況を分析。アメリカ合衆国のソフトパワーは、戦後日本のエリート知識人を精神的にアメリカに依存する弱々しい人間にしてしまったように思われると結論している。現在、朝鮮半島情勢、イスラエルをめぐる中東情勢、英国のEU離脱によるヨーロッパ情勢、トランプ登場による米国の内部分裂、日本を取り巻く情勢が大きく変わろうとするなかで日本も「閉ざされた言語空間」の扉を、勇気をもって開く時を迎えている。

アベノミクスの舞台裏

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4月 042018

総務省統計局のホームページを見ると、世帯単位における裕福さ、生活レベルの度合いを示す指標の一つであるエンゲル係数は、昭和40年には38.1%、生活水準の向上に伴い低下が続き、昭和54年には30%を下回り、平成19年には23%となっている。そのエンゲル係数が平成25年より上昇、現在26%に迫っている。主因はアベノミクスによる円安による輸入物価の上昇と景気拡大が続いているのに、実質賃金が低下する過去の景気拡大局面では見られなかった事態が続いていることにある。

 ところで、アベノミクスという経済政策は、大規模な金融緩和、拡張的な財政政策、民間投資を呼び起こす成長戦略という三本の矢から成り立っている。しかしながら、バブル崩壊後、財政赤字を積み重ねてきた日本には財政余力が乏しく、既得権益が強い日本では、有効な成長戦略が打ち出せないなかで今まで有効に機能してきたと言えるのは、金融緩和だけである。大規模な金融政策導入の政策根拠となったのが、第二次安倍内閣が発足する総選挙前に出版された浜田宏一氏の「アメリカは日本経済の復活を知っている」という本である。そもそも中央銀行による異次元金融緩和とうものは、20089月のリーマンショックによって始まったものである。ITバブル崩壊の後、2000年代に2倍の価格に上がった米国の住宅価格が下落。そのため、20089月には、住宅証券(AAA格)が40%下落。この下落のため、住宅証券をもつ金融機関の連鎖的な破産が起こることになった。ところで米国の住宅ローンは、日本(200兆円)の約5倍(1000兆円)の巨大な証券市場を形成している。ところで、住宅ローンの回収率で決まる価値(MBS等の市場価格)が40%下がると、金融機関が受ける損害は、400兆円になる。ちなみに、米国の金融機関の総自己資本は200兆円レベルである。

そのため、20089月には、米国大手のほぼ全部の金融機関が実質で、債務超過になってしまった。金融機関の債務超過は、経済の取引に必要な流通するマネー量を急減させる。当然、株価も下がり、ドルも下落した。20088月は、1929年に始まり1933年まで続いた米国経済の大収縮、つまり信用恐慌になるほどのスケールのものであった。放置しておけば、信用恐慌を招くことが必至、そこで米政府は金融機関の連鎖的な倒産を避けるため、銀行に出資し、FRBは銀行が保有する不良化した債券を買い取ってドルを供給することにした。

その総額は、リーマン・ブラザースの倒産直後に1兆ドル、その後も1兆ドルを追加し、129月からのQE3の量的緩和(MBSの買い)も加わって、FRBのバランスシートは、3.3兆ドルと20089月以前の4倍以上に膨らんでいった。金額で言えば、FRB2.5兆ドル(250兆円)の米ドルを、金融機関に対し、増加供給した。買ったのは、米国債(1.8兆ドル:180兆円)と、値下がりして不良化した住宅証券(MBS1.1ドル兆:110兆円)である。FRBによる米国債の巨額購入は、米国の金利を下げ、国債価格を高騰させた。この目的は、国債をもつ金融機関に利益を与え、住宅証券の下落で失った自己資本を回復させることにあった。同じ目的で、もっと直接に米国FRBは、40%下落していたMBS(住宅ローンの回収を担保にした証券)を1.1兆ドルも、額面で買っている。米ドルを増発し続けてきた米国FRBは、「出口政策」を模索している。出口政策はFRBが買ってきた米国債やMBSを逆に売って、市場のドルを吸収して減らすことである。これを行うには、米国債を買い増ししてくれる強力なパートナーがいないと、米国はドル安になって金利が上がり、経済は不況に陥ることになる。世界最大の債権国である日本が採用したアベノミクスによる円安政策は、実は、米ドルとドル債買いであり、円と円債の売りである。このような仕組みで日本は、同盟国であるアメリカの経済をアベノミクスによって支え続けてきた。これがアベノミクスの舞台裏である。 

森友・加計問題の本質

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3月 152018

3月2日に朝日新聞が「学校法人・森友学園(大阪市)との国有地取引の際に財務省が作成した決裁文書について、契約当時の文書の内容と、昨年2月の問題発覚後に国会議員らに開示した文書の内容に違いがあることがわかった」とスクープ報道。その後、12日、財務省が「決裁文書についての調査の結果」を公表。森友学園問題の国有地取引をめぐる決裁後に文書を改ざん(政府の表現は「書き換え」)していたことを認めるに到り、今や政権を揺るがすような大事件になろうとしている。今回、公表された文書を読むと興味深いキーワードが浮かび上がってくる。「忖度」、「縁故資本主義」、「友だち内閣」、「内閣人事局」、「公文書管理法」、「戦後レジームからの脱却」、「国民国家」、「日本会議」、「成長の家」等である。

戦後史を振り返ってみると、19451951年の間、敗戦国である日本はGHQ(連合国最高司令官総司令部)の支配下にあった。当時、日本は「主権国家」ではなく、対米従属の政策をとるしか、独立を回復する道はなかった。しかしながら、サンフランシスコ講話条約によって形式的な独立を果たした後も、日本は徹底的なアメリカファーストの政策を選択することになる。たしかにその結果、米ソの冷戦構造が日本に幸いし、経済の高度成長がもたらされ、世界第2位の経済大国に躍進し、多くの問題を抱えながらも沖縄返還を実現することもできた。ここで評論家の江藤淳氏が興味深い同級生のエピソードを書いているので、紹介する。1963年のことである。以下。

「うちの連中がみんな必死になって東奔西走しているのはな、戦争をしているからだ。日米戦争が二十何年か前に終わったなんていうのは、お前らみたいな文士や学者の寝言だよ。これは経済競争なんていうものじゃない。戦争だ。おれたちはそれを戦っているのだ。今度は敗けられない。」(「エデンの東にて」)しかしながら、この「ジャーパンアズナンバーワン」とも言われた経済的成功、ある意味経済戦争における勝利だけでは、日本が真の独立国になることはできなかった。

その結果、第二の敗戦とも言われる日本のバブル崩壊と前後して、東西冷戦構造も終焉し、巷間言われた失われた20年というものを経て日本国内では奇妙な言論が持て囃されるようになっていく。それらが「クールジャーパン」、「日本スゴイ」等である。そして、それが政治的に表現された言葉がいわゆる「戦後レジームからの脱却」である。考えてみれば冷戦終了後、世界を席巻した新自由主義、新保守主義の思潮が世界のグローバル化を推し進めるなか、新自由主義の政策を米国の言いなりに進めてきた政治家が、そもそも新自由主義は、近代国民国家の枠組みを崩していく考え方でもあるにも関わらず、対米自立的な、戦前回帰的な言辞を弄ぶことによって、支持される構図はとても奇妙なものである。マスコミで報道され、話題になった森友学園の見る人から見れば、時代錯誤の教育が一時期話題になったのは、先行きの見えない従米路線の閉塞状況のなかで、対米自立の戦略を見失った人々に心地良いカタルシスを与えたからではないだろうか。森友学園が多くの保守派を自認する著名人や政治家を引き付けたのはそのためだろう。今回の森友事件の不可思議な国有地払い下げ事件の底流には、対米自立の戦略を見失った日本社会の閉塞状況があることも見落としてはならないところだ。

*東愛知新聞に投稿したものです。

働き改革の本末転倒

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3月 102018

電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24)が過労自殺し、労災認定されたことに端を発した電通の違法残業事件から「働き改革」が日本社会を語るキーワードの一つになっている。そして、今国会では「働き改革」や「生産性革命」に関連する法案が審議されているが、その法案の根拠の一つとされた裁量労働制データが厚生労働省によって捏造されたことが次々と明らかになり、大問題となっている。

そもそもこの議論は20136月の日本再興戦略会議において企画業務型裁量労働制を始め、労働時間制について、早急に実態調査・分析を実施し、労働政策審議会で検討を開始するということで始まったものである。たしかに当時は、アベノミクスの三本の矢という言葉がマスコミで持て囃され、日本の成長戦略を進めるべきだという機運が盛り上がっていたことも事実である。もしかすると、そういう空気が今回、明らかになったデータ捏造という、厚生労働省の忖度を招いた可能性も否定できないところだ。

この問題の本質は、名目GDPの成長がほとんどない状況下で、労働生産性を上げようとすると、どういうことが求められるかということにある。そもそも労働生産性は、<GDP(国民総生産:1年に作り出す付加価値の合計)>を<就業者数×労働時間>で割ったものである。要するに労働生産性を上げるには、分母を小さくするか、分子を大きくするか、どちらかしかない。この「生産性革命」の基本となっているのは、いわゆる「働き方改革」で、残業時間規制とともに高度プロフェショナルという残業代ゼロの裁量労働制を導入することにある。つまり、現在言われている「働き方改革」は、分母を小さくすることで生産性を上げようとしているわけである。簡単に言えば残業時間を減らし、能力と成果に応じて働く裁量労働制を入れれば、あくまでも表面上であるが、労働時間を減らすことができ、前述の分母を小さくし、労働生産性を上げることができるだろうというものである。考えてみれば、サービス産業を中心に低賃金の非正規雇用が増加しているが、このことは労働コストを下げる効果はあっても、労働生産性を上げているわけではない。つまり、失われた20年を経て、GDPの成長が低迷しているなかで統計上の労働生産性を上げるために分母を小さくすることは、多くの識者が批判するように合法的ブラック企業がはびこることにも繋がりかねない危険性を秘めている。下記のグラフを見ていただければ、わかるように日本の名目GDPは、1997年からほとんど増えていない。その代わりに伸びているのが財政赤字である。つまり、財政赤字を出すことによって未来の需要を先食いしながら何とかバブル崩壊後、現状維持をはかってきたのが日本経済の現実だということである。

名目gdp推移

<名目GDPは内閣府「国民経済計算」、長期債務残高は財務省「我が国の1970年以降の長期債務残高の推移」より>

そうして考えてみると、今、求められているのは、分子のGDPを本当に伸ばす成長戦略

と言うことは明らかだろう。しかしながら、日本においては世界的に目覚しい勢いで進む代替エネルギーへの転換も原発再稼動に拘るあまり大幅に遅れ、IT産業であるグーグル等が主導する自動運転システムもいまだに自動車メーカーがその担い手になっている。また、世界的に進もうとしている電気自動車への転換に対してもいまだにコストの高い水素ガスステーションを推進している不可思議な状況にある。また、鳴り物入りのリニア新幹線もこの省エネ時代に逆行する従来新幹線の3倍の電気が必要とされる古い技術である。311以降、世界は加速度を付けて変わり始めているのに、日本だけが311以前の冷戦時代に回帰しようとしているのはあまりに時代錯誤である。今、求められているのは小手先の「働き方改革」ではなく、未来を切り拓く「真のリーダーシップ」である。

*東愛知新聞に投稿したものです。

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