m.yamamoto

伝統文化保護と観光立国のあり方を考える

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9月 222017

現在、後世に残すべき日本の伝統文化とそれに付随する人間文化が消滅の危機にあります。このままでは「国宝ですら、消滅の危機にある」と元ゴールドマンサックス金融調査室長で、日本の伝統文化財補修の老舗である小西美術工藝社社長でもあるデービッド・アトキンソン氏が日本文化を愛する外国人の立場から警鐘を鳴らしています。彼は自著「国宝消滅」(東洋経済新報社)という本のなかで<日本の文化と経済の危機>というフレームワークを使って冷徹なアナリストらしく、明解にこの構造を解き明かしています。考えてみれば、少し前までは、日本人は、朝食は味噌汁とご飯が基本でしたし、畳の部屋で布団を引いて睡眠をとっていました。現在は、朝食はパンで、ベッドで就寝する人が圧倒的に増えています。このように私たちの生活の中からも少しずつ、日本の生活文化が消えていこうとしています。デービッド・アトキンソン氏は、人口減少によってこれから経済成長が難しくなる日本で一番、伸び代のある分野は観光であり、これを産業化する必要があり、そのためには今までの最低限の保護だけを考えた文化財行政を大幅に見直す以外に日本の文化財を継承、保護していく道はないと分析しています。人口減少を外国人による観光=短期移民で乗り切れと提言しているわけです。実際、日本の国宝や重要文化建造物の修理・保存予算は約80億円しかなく、一方、英国では約500億円。その結果、英国では文化財を中心とした観光収入が28000億円もあり、そのうちの4割が外国人観光客によるものであるとも指摘しています。

ところで、日本政府は観光立国の実現に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、平成29年度からの新たな「観光立国推進基本計画」を本年3月に閣議決定しています。これは2011年から15年にかけて、日本を訪れた外国人(訪日外客)の数が年間33%も成長し、16年には2400万人を突破したことを受けて目標を大きく引き上げたものです。具体的には「インバウンド観光は、日本経済を成長させる強力な原動力になり得る、そこで年間の訪日外客を2015年の1,970万人から20年には4,000万人にまで倍増させ、訪日外客が日本国内で消費する額を35,000億円から8兆円に急増させる」という目標です。たしかに現在、訪日外客の数が急増しているため、観光産業の収益は拡大基調にありますが、その規模は2014年時点で国内総生産(GDP)全体のわずか0.5%にとどまり、旅行者に人気のアジアや欧米の国々と比較するとはるかに低いのが現実です。例えば、タイは10.4%、フランスは2.4%、米国は1.3%です。この基本計画のなかで注目すべき施策としては、「文化財を中核とした観光拠点の整備」、「古民家等の歴史的資源を活用した観光まちづくり」、「滞在型農山魚村の確立・形成」、「離島地域等における観光振興」が挙げられます。これらはこの地域でも活用できるものばかりです。また、タイのような観光大国では、医療ツーリズムの比率も年々大きなものになっています。

これから、地方には食、農、医療、祭り等の伝統文化、地域特性に根ざしたスポーツなどの地域資源等を利用した複合型の観光産業育成が求められてきます。この地域には、白山修験の聖たちが伝えたとされる奥三河の「花祭り」、豊橋市には安久美神戸神明社の祭礼、「鬼祭」があります。その意味で縄文時代から続く山と日本人のつながりを考える「全国鬼サミット」のようなものをこの地で開催するのも一考かもしれません。

*東愛知新聞に投稿したものです。

ベーシックインカムは可能か(3)

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9月 202017

内閣府の有識者検討会が、公的年金を受け取り始める年齢を70歳より後にもできる仕組み作りを「高齢社会対策大綱」に盛り込む検討に入ったこと、また、日本の年金制度の実態は「10割負担」であることをご存じでしょうか。

そもそも日本の公的年金は世代間扶養とされ、現役世代が支払った国民年金保険料、あるいは厚生年金保険料、共済年金保険料が、政府からの同額補助(これも税金ですから当然、国民負担)を受けて基礎年金勘定としてプールされ、60歳~70歳以上の年金受給者に給付されています。この時、国民年金加入者は基礎年金だけを受け取りますが、厚生年金や共済年金の加入者には、サラリーマンや公務員の方が、拠出段階でより多くの保険料を支払っているので、基礎年金に上乗せ分が給付されます。厚生年金保険料や共済年金保険料は給与から天引きされ、会社や役所からの補助を加えて支払われています。保険料の拠出額は、平成16年(2004年)の年金制度改正までは、少なくとも5年に一度の財政再計算を行い、給付と負担を見直して年金財政が均衡するよう、将来の保険料を引き上げ、計画を策定していましたが、少子高齢化の急速な進展に伴い、当時の方法のまま給付を行う場合、将来的に保険料水準が際限なく上昇していくことが懸念されたことから、将来の保険料負担を固定し、その範囲で給付を行うという、新たな年金財政の運営方法がとられるようになりました。このことは同時に、将来の保険料負担を固定したままで、少子高齢化の進展が進むと、将来的に給付水準が際限なく減少していくことを意味しています。つまり、平成16年(2004年)の年金制度改正で、形としての年金制度は維持できるようにしましたが、今まで言われていた平均的なモデルの「65歳のサラリーマン夫と、専業主婦の組み合わせで、夫婦で月額133,972円」は、半ば破綻しているということを意味しています。このように年金制度の基盤を崩し始めた大きな原因の一つが、深刻化する日本の少子高齢化進展にあります。そして少子高齢化の大きな要因が、終身雇用制度が崩壊し、非正規雇用が増加したことによってもたらされた<結婚できない経済:稼ぎが少ない>の問題にあることも各種調査によって明らかになっております。つまり、日本のセーフティーネットが平成バブル後の失われた20年を経て今、大きな曲がり角に来ていることを国民一人一人が真剣に考えるべき時を迎えているということです。現在のセーフティーネットは、経済成長、人口増加、完全雇用を前提にして設計されたものです。それらすべての前提が崩れ、AI(人工知能)によって人の仕事が大きく減少することが予想されるなかで21世紀型の新たな社会の仕組みの構築が求められています。例えば、インターネットによる技術革新によって数百万の小売業者が消え現在、私たちの家の片隅にはアマゾンの宅配の段ボール箱が溢れかえっています。グローバル化が進み、世界が小さくなるほどビジネスの勝者は少なくなります。その結果、米国では貧富の差は、奴隷労働で支えられていた古代ローマの時代より大きくなっています。このことは大きなパラダイムシフトしなければ、社会の安定を脅かす臨界点に近づいていることも意味しています。近代社会を維持、発展させてきた所得の再分配機能をどのように考えるかが今、問われているわけです。今まで述べてきたベーシックインカムによって、個々人は自分の人生設計に応じて就労による金稼ぎや社会貢献、生活の質の向上といった多様な道を選択できるようになる未来が築けるはずです。

*東愛知新聞に投稿したものです。

ベーシックインカムは可能か(2)

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9月 112017

2033年に人口の3人に1人が高齢者(65歳以上)になると言われる日本では、若者世代が高齢者を扶養する現行の賦課方式(世代間扶養)の年金制度は、このままでは立ち行かなくなると考えられています。現在、さかんに言われ始めた働く意欲や体力のある高齢者には短時間労働などでも働いてもらうという「世代間の所得と労働の再分配」という点からもベーシックインカムの導入を真剣に検討する価値が出てきたと考えるべきでしょう。それでは、現在の日本でBI(ベーシックインカム)導入の可能性はどの程度、あるのか具体的に考えてみることにしましょう。

 そのためには、これまで日本政府がどのような政策により仕事をつくってきたか、守ってきたかを振りかえってみる必要があります。それには公共事業、農業保護、中小企業保護、直接、生存権を守るための生活保護に現在、どれだけ予算を費やしているかを考えてみればいいということになります。簡単に言えば、これらの予算を直接給付し、BIに代替したら、どれだけのことができるか考えればいいということになります。ということは、基礎年金のために使っている予算、失業保険のために使っている予算もベーシックインカムに代替すると考えることになります。例えば、20歳以上(1492万人)の人に月7万円(年84万円)、20歳未満(2260万人)の人に月3万円(年36万円)のベーシックインカムを給付するには、96.3兆円の予算が必要になります。日本の一般会計予算は約100兆円ですから、そんな予算はどこにあるのかという誤解で現在、議論が止まっているわけですが、元々、BIは所得控除の代わりになるもので、同時に所得税に課税するものであることを頭に入れておく必要があります。現在、雇用者報酬と自営業者の混合所得は257.5兆円ほどありますので、これに30%の税率で課税すれば、77.3兆円の税収を得ることができます。これを財政的に考えると、96.3兆円から77.3兆円を引いた19兆円に現行の所得税13.9兆円を足した32.9兆円をどこから捻出するかがBI支給のポイントになります。現在、日本政府は老齢年金に16.6兆円、子ども手当てに1.8兆円、雇用保険に1.5兆円あわせて19.9兆円支出しています。これらはBI導入で廃止できますので、あと13兆円をどのように捻出するかということになります。ご存じのように政府の一般関係予算の中には、生活保護負担金以外にも公共事業関係費、中小企業対策費、農林水産省予算、地方交付税交付金等、所得を維持するための予算と考えられるものが多く存在します。詳細は省きますが、おそらく、公共事業予算5兆円、中小企業対策費1兆円、農林水産業費1兆円、民生費のうち福祉費6兆円、生活保護費1.9兆円、地方交付税交付金1兆円、計15.9兆円ぐらいは削減することは可能でしょう。もっとも給付額を月7万円と低く見積もっているので、このような試算が可能になるのですが、ここで忘れてはならないことは、日本国憲法第25条に「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と高々と謳っていることです。その意味で、非正規雇用が増え、終身雇用制度が崩壊しつつある今、19世紀に始まった会社・企業を安心の起点とする考えを改め、国が社会の安心を直接保障するべき時代に入ったことを多くの人が理解すべき時代に入ったと言えるのではないでしょうか。

*東愛知新聞に投稿したものです。

ベーシックインカムは可能か(1)

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9月 012017

リーマンショック(2008年)以後、世界を席巻した新自由主義の行き詰まりが表面化し、それとともに世界の富豪62人が下位35億人に匹敵する資産を持つなど極端な富の集中が起き、貧富の格差が世界的に拡大していることを多くの人が知るようになってきました。また、日本においても失われた20年間を経て日本社会の影の部分の一つである子供の貧困問題が識者に指摘され、注目を集めるようになってきました。実際に日本は先進国の中で突出して相対的な貧困状態にある子どもが多い国になっています。特に大人が一人の世帯では相対的貧困率が50.8%にも達し、平成26年度版「子ども・若者白書」によれば、子どもの相対的貧困率はOECD加盟国34カ国中10番目と高く、OECD平均を上回っています。子どもがいる現役世帯のうち大人が1人の世帯の相対的貧困率はOECD加盟国中、最も高いのが日本の厳しい現状です。現在、日本では、約一千万人の人が年に84万円以下の所得で暮らしていますが、この人たちの所得を年84万円に引き上げる為の金額はわずか、2兆円に過ぎません。これだけの金額で基本的には日本の貧困問題を大幅に改善できるということになります。

ところで今、世界的に話題になっているBI(ベーシックインカム)とは、「勤労するかどうかにかかわらず、国がすべての個人に無条件で一定の所得を支給する」というものです。20166月にはスイスで「大人には月2500スイスフラン(約28万円)、子どもには625スイスフラン(約7万円)を支給する」というBI導入の是非を問う国民投票が行われました。結果は反対多数で否決されたものの、国内外から大きな注目を浴び、投票者の4分の1弱に当たる23.1%が賛成票を投じています。また、世界各地において給付者を限定した形での給付実験が始まっています。フィンランドは本年1月、失業者2000人を無作為に選び、毎月560ユーロ(約7万円)を2年間支給する実験を開始しました。支給されたBIは課税されず、仕事に就いて収入を得ても失業手当のように減額されることはありません。また、カナダのオンタリオ州は今春から1864歳の低所得者4000人を対象にBIを実験導入しています。実験は3年間で単身者には年最大16989カナダドル(約140万円)、夫婦には年最大24027カナダドル(約199万円)が支給されます。

それではなぜ、今、ベーシックインカムが注目されているのでしょうか。その背景には、労働が人工知能に置き換わることで失業が急増するとの予測があります。2013年、オックスフォード大学の研究チームは今後1020年間に米国の総労働人口の47%が機械に置き換わる可能性があると指摘しています。その中には製造業などの単純労働だけでなく銀行員、ファイナンシャルアドバイザー、コンサルタント、法律家といった知的労働も含まれています。人工知能によって人の仕事がどの程度奪われるのかについては、まだ、未知数ですが、多くの仕事が人工知能に置き換わっていくことが確実な時代に私たちはどんな仕事で稼ぎ、政府は社会保障制度をどう維持していくのかが、問われています。その一つの答えとして浮上してきたのが、BIです。

日本では、まだBI(ベーシックインカム)の議論はどこか遠い国の話のように受け止められていますが、若者世代が高齢者を扶養する現行の「賦課方式(世代間扶養)」の年金制度が立ち行かなくなることが確実なわが国こそ、BI導入の可能性を真剣に考える必要があるのではないでしょうか。

*東愛知新聞に投稿したものです。

クールジャパンの裏側にあるもの(3)

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8月 202017

社会学者のエズラ・ヴォーゲルが「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言う本を書いてから、40年近い歳月が経ちました。そして現在、名門企業東芝が解体の瀬戸際に追い込まれ、シャープが事実上倒産し、外国企業に買収され、民営化した日本郵政は数千億円の巨額損失を計上、中央銀行である日本銀行はGDP80%にあたる400兆円の日本国債を抱える異常事態となっています。1989年には新規国債の発行が必要なくなると言われていたことを考えると、劇的な変化です。また、現在の世界情勢も中国の台頭に象徴されるように、その当時とは全く違ったものになっています。さらに昨秋、登場したトランプ大統領によって世界の体制も新たな段階に入ろうとしています。その象徴的な出来事がイギリスのEU離脱です。

ご存じのように1951年のサンフランシスコ講和条約によって、日本は独立を回復しました。それは冷戦下において、日本国が米軍に占領されているというきわめて特殊な条件下のものでした。このサンフランシスコ体制の意味するところは、米国からの日本の再軍備、日本における米軍基地の存続、講和会議からの中華人民共和国等の排除という要求に日本が同意する見返りに表面的には寛大な講和条約によって独立し、安保条約を結ぶことによって、米軍による保護が確実になるということでした。その結果、講和条約第6条には、「連合国のすべての占領軍は、この条約の効力発生の後なるべくすみやかに、且つ、いかなる場合にもその後九十日以内に、日本国から撤退しなければならない」と、前文に明記されているにもかかわらず。終戦後も占領期と同様に治外法権的特権を維持したまま、米軍が日本に駐留し続けることになりました。そして民主的な憲法と外国軍駐留の矛盾を露呈させないために1959年、有名な砂川事件において最高裁は、欧米先進国では例のない「統治行為論」を持ち出し、日本国憲法第81条に「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」と明記されているにもかかわらず、憲法判断を留保する状況に逃避し、現在に到っております。その結果、日本には<安保法体系>と<憲法法体系>の二つが存在し、日本国憲法98条第二項の「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」という条文によって安保法体系が国の最高法規である憲法法体系の上位に位置するという主権国家とは言い難い状況になっています。

安保法体系と憲法

ところで、本年53日、安倍首相が自民党の憲法草案の内容を無視する「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」というビデオメッセージを発表し、自民党内外に大きな波紋を拡げています。30年前、平和国家を標榜する国の首相である中曽根康弘氏が「日本をアメリカの不沈空母にする」と発言、物議を醸しましたが、事態はそのように進み、2004年、後藤田正晴元副総理が「日本は米国の属国である」という考えを大手メディアのインタビューで明言するに到りました。その意味で、憲法が最高法規として機能していない日本という国の不都合な真実を直視する勇気が今ほど、求められている時はありません。

*東愛知新聞に投稿したものです。

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