漂流する時限爆弾の「農林中金」

「評価損失ウン兆円」に震える金融システム。それでも民主党は「ノー」か。

FACTA2008年12月号



政府が打ち出した緊急金融安定化策。金融機関に対する公的資金の注入を可能にする金融機能強化法改正案の国会審議が紛糾している。

「経営に心配はなく、現時点で資本注入の要請を行うことは想定していないが、(信金中央金庫など)他の業態と異なる取り扱いをされると、顧客や市場からの信認に影響が生じる恐れがある。そこをご理解いただきたい……」

10月31日の衆院財務金融委員会に参考人として呼ばれた農林中央金庫の上野博史理事長は、こんな微妙な言い回しで、資本注入の対象から辞退するよう「勧告」した民主党議員に反論した。麻生政権に早期解散・総選挙を迫る民主党は、世界的な金融危機もものかは、自民党の「集票マシン」である農協に連なる農林中金を「金融政局」の格好の標的に定めた。「中小企業向け融資の円滑化が目的と言いながら、事実上、ファンド化している農林中金に公的資金を注入するのはおかしい」と攻め立てている。



~自信過剰が裏目~



農協系統金融機関(JAバンク)の頂点に立つ農林中金は、上野理事長が明らかにしたところによれば、全国のJAなどを通じて集めた運用資金約60兆円のうち、融資に回しているのは10兆円弱にすぎず、その3倍以上の36兆円は海外での投資運用に振り向けている。規模にものを言わせた積極的な運用姿勢は欧米でも「ノーチューマネー」と呼ばれ、2007年3月期には3656億円もの経常利益をあげ、日本の金融界から「和製ヘッジファンド」(大手行幹部)と畏敬の念を抱かれていた。

みずほフィナンシャルグループ(FG)や三菱UFJFG、野村証券が農林中金との業務提携を望み、日本郵政グループや日本政策投資銀行が「農中モデルが理想」と果敢なリスク投資で高収益をあげる姿を羨望の眼差しで見つめていた。

農林中金は90年代後半から海外投資に大きくシフトした。バブル崩壊後の超低金利のもとで、従来の国債中心の安全運用ではJAバンク・農協への利益還元が十分にできなくなったためだ。生え抜きながらファンドマネージャーとして国際的に名を馳せた異才、能見公一氏の指揮のもと、米住宅金融公社などが発行するエージェンシー債や、住宅ローンなどを担保とする証券化商品への運用を拡大させた。かつて1千億円前後だった経常利益は3千億円を超す水準に急増。今日では米国留学でのMBA取得者300人を抱える投資部門を擁し、幹部が「うちの主食は証券投資。融資は付け足しです」と豪語するほどだ。

しかし、こうした自信過剰が、米国の住宅バブル崩壊に伴い表面化した信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題で完全に裏目に出た。90年代に不良債権問題で煮え湯を飲まされたみずほFGや野村証券はすぐさま損切りに動いたが、農林中金は何を思ったか、昨年10月に値下がりしたサブプライムモーゲージを裏づけとする資産担保証券(ABS)や債務合成証券(CDO)を約260億ドル(約2兆6千億円)も買い増しし、国際金融マーケットで話題となった。農林中金の当時の債券投資部長は、海外メディアのインタビューに「最近の値下がりで証券化商品の市場は魅力的になった」「この機会にどれだけ証券化商品を中心としたアセットを積み増せるかが戦略投資のカギ」と答え、「万が一、証券化商品の価格が一段と下落しても、農林中金には2兆円の含み益のクッションがあり、十分吸収できる」と余裕綽々だった。

さらに、年明け以降も米シティグループからクレジットカードや自動車ローン債権を基に組成した証券化商品を5千億円分も買い取り、「欧米投資家の投資意欲後退は日本勢にとってチャンスと、能天気に突っ込んでいった」(農林中金OB)。



~焼け石に水の増資計画~



中東産油国や中国などの国富ファンド(SWF)ばりの逆張り投資を仕掛ける農林中金の運用担当者には、「リスクをとらない日本のメガバンクや大手証券はおバカさんに見えただろう」(メガバンク役員)。もちろん、米国金融システムが危機に瀕することなど夢想だにしなかったはずだ。しかし、9月15日の米リーマン・ブラザーズの破綻を機に、「逆張り作戦」は取り返しがつかないカタストロフを招く。金融危機の拡大と景気悪化の「負の連鎖」で、米国では住宅ローン関連だけでなく、消費者ローンから自動車ローンに至るまで焦げ付きが急増。これらのローンを裏づけとする証券化商品は軒並み「投げ売りとなり価格がつかなくなった」(米系投資顧問会社役員)。

急激な円高・ドル安・ユーロ安に伴う為替差損も含めて、農林中金が今年9月末時点で保有する計6兆8230億円の米ドル建てやユーロ建てのABS、住宅ローン担保証券(RMBS)、CDOなどの証券化商品は、時価評価すれば途方もない損失を抱え込むことになった。

農林中金は11月6日、「金融危機の拡大で市場が極度の緊張状態となり、証券化商品等が過去に例のない価格下落を示した」として、9月中間決算で証券化商品の評価損810億円を処理すると発表。09年3月期の経常利益予想も当初の3500億円から1千億円に下方修正したが、市場からは「損失処理があまりにも過少。時価評価すればウン兆円規模だろう。債務超過が噂されるのに、監査法人はどこを見ているのか」(大手証券)と疑念が噴出した。農林中金は年度内に全国の信用農業協同組合連合会から3千億円の増資を受ける方針だが焼け石に水。だからこそ、上野理事長は自らの年収が政府系金融機関のトップを上回る4100万円であることまで明かして、公的資金注入の可能性を閉ざさないように、国会で懇願せざるを得なかったのだ。

勢いづく民主党は、農林中金の理事長が歴代農水省次官の天下りポストとなり、中川昭一財務・金融相が国会で「農林中金がどれくらい証券化商品を保有しているのかわからない」と答弁したことを問題視。農林中金が銀行免許を持つ金融機関でありながら、金融庁のチェックが働かない農水省の「縄張り」になっていることを追及し、金融機能強化法改正案の参院審議では、農林中金を資本注入の対象から外すか、財務・資産の内容を「ガラス張り」にするか、麻生政権に詰め寄る構えだ。

農水省幹部や金融庁幹部は「厳格な時価会計をすれば兆円単位の評価損が出る可能性は否定できないが、時価会計の緩和措置により証券化商品も含めた投資目的債券の満期保有への変更が認められれば経営危機は遠のく」と弁明する。これは裏を返せば、政府・自民党が金融機能強化法の早期成立や時価会計の緩和を急ぐのは、農協系統金融の頂点に立つ農林中金を危機から救うためだった。

日本のバブル崩壊後の金融危機の最中でも、邦銀最高の格付けを誇った農林中金。不良債権問題で傷み、外貨がとれなくなった大手銀行にドルを融通し、機能麻痺したインターバンク市場でも資金を出し続けてきた。「日銀の別働隊」とも称された農林中金の転落は、今日の金融危機の深刻さを象徴する。金融界では「第2の住専」と囁かれる中、政府は農林中金問題をどう処理するつもりか。時価会計の緩和も万能薬ではなく、米オバマ次期政権が年明け以降、住宅ローンや消費者ローン利用者の元利削減など本格的な借り手救済に乗り出せば、それを裏づけとする証券化商品はさらに毀損し、農林中金も損失拡大を免れない。その時、公的資金注入の枠組みがなければどうなるか。霞が関では「公的資金を注入した後、政投銀かみずほFGを受け皿に統合させるしかないだろう」との憶測さえ流れている。

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