*わかりやすいレポートです。 正樹

2007年11月13日

「サブプライム危機の再燃」

田中 宇



今年7-8月に発生した「サブプライム住宅ローン債券」をめぐるアメリカ発の国際金融危機は、その後、米金融当局による利下げや、金融市場への資金投入などによって、危機の拡大にある程度の歯止めがかけられた。だが、最近になって、再び危機が拡大する流れになっている。サブプライム債券をめぐる状況を悪化させているのは「格付け」である。

サブプライム債券(CDO、ABCP)は、無数の住宅ローン債権を一つに束ね、それをリスクの高さごとに輪切りにして、別々の債券として売っている。利回りが高い債券ほど、ローンを払えない人が増えた場合に被る損失が大きくなるように設定されている。全体としてサブプライム債券の種類は膨大なものになり、最初に金融機関から投資家に販売された後、転売(流通)されていかないものが多い。転売されないと、債券の市場価格が定まらない。毎日売買されている債券には、その日の時価がつくが、売買されない債券には時価がつかない。

債券に価格がつきにくくても、金融機関は節目ごとに資産の何らかの時価を算出し、自社の損益を計算せねばならない。サブプライム債券の多くは、時価はつかないものの、信用格付け機関による格付けの対象になっている。そこで各金融機関は、自社が持っているサブプライム債券について、格付けを係数として利用した計算式を作り、時価に代わる「推定価格」(理論値)を算出している。格付けが下がれば、債券価格も下がったとみなされる。

今夏の金融危機に際し、信用格付け機関は、サブプライム債券の中で明確に状況が変化したもの以外は、格付けの見直し(格下げ)を行わなかった。金融危機が短期間に終わるかもしれなかったからである。格付けが大して見直されなかったため、多くの金融機関の債券の推定価格も下がらなかった。



しかしその後、サブプライム債券の裏づけとなっているサブプライム(信用度の比較的低い借り手)の住宅ローンに関し、金利が上がって月々のローン返済ができなくなる人が増加し続けている。アメリカの政界やマスコミでは「サブプライム債券の危機の元凶は、信用格付け機関が甘い格付けをやったことだ」という批判が頻発し、格付け機関に圧力がかかった。信用格付け機関は、今夏の危機から3カ月(四半期)が過ぎた10月の時点で、相次いで大規模なサブプライム債券の格付け見直しを開始した。

10月19日には、大手格付け機関のスタンダード&プアーズ(S&P)が1413種類、220億ドル分のサブプライム債券を格下げした。11月に入ると、ムーディーズなど他の格付け機関も、10月からサブプライム債券の格下げを開始していると、相次いで発表した。格付けが下がると、各金融機関が計算している債券の推定価格も下がり、不良債権として損失を計上することが必要となる。



▼価格メカニズムの崩壊

加えて、今夏の危機以来、投資家やマスコミの間に「サブプライム債券に対する金融機関の推定価格の計算式は、妥当なものなのか」という疑心暗鬼が広がっている。各金融機関は、それぞれが適切だと考える計算式を使って、サブプライム債券や、その他の取引頻度の低い高リスク債券の推定価格を出している。

計算式は、ローンの破綻など、ありそうなリスクをモデル化して数式化したものだ。各金融機関が、自社に都合の良い、過度に楽観的なモデルや係数を考え、それをもとに推定価格を算出してきた可能性は十分にある。この問題は、ローン破綻が少なかった以前は表面化しなかったが、破綻が増えて債券の価値が下がっていると皆が思い始めた今夏から、疑心暗鬼が噴出した。

ありそうなリスクをモデル化して計算する手法は、信用格付け機関の格付けでも採られている。今夏以降、投資家の多くは「サブプライム債券の価格計算式は楽観的すぎた」「債券の実際の価格は、もっと低いはずだ」と懸念するようになった。

もともと確定した価格がほとんど存在しない中で、計算式が楽観的すぎるかどうか問答しても、確たる結論は出ない。金融機関の方で計算式を見直しても、それが正しいものだということを投資家に納得させられるとは限らない。その一方で、現実の世界でのローン破綻者は増え、サブプライム債券の価値が下がっていることは、誰にも感じられるようになってきた。価格形成メカニズムそのものが崩壊し、サブプライム債券は下落の方向に拍車がかかっている。



▼「レベル3」の問題

そんな中で、大手金融機関のいくつかは最近、投資家の信用を取り戻すため、サブプライム債券の推定価格算定方法を、従来よりは比較的確実なやり方に切り替えた。その一つは、サブプライム債券の先物指標であるABX指数(資産担保債券先物指数。信用デリバティブ指数)を使うものである(ABX指数の種類は、主要な資産担保債券の数だけある)。

この指数は、市場における各種のサブプライム債券に対する需給状態を数値にしたものだが、今夏の債券危機以来、市場ではサブプライム債券を欲しい人がほとんどおらず、指数は非常に低い市場最安値の水準となっている。最優良のAAAの格付けの債券でも、価格は発行時の10分の1にまで下がっている。

多くの金融機関は、この指数があまりに低水準なので、自社のサブプライム債券の推定価格の計算式に入れていない。しかし、シティグループやメリルリンチなど大手金融機関のいくつかは、この非常に低い水準の数字を使って自社のサブプライム債券を評価し直す必要があり、巨額の損失を計上した。

アメリカの金融機関が、巨額の損失を出してまで、サブプライム債券の価格計算式を見直さねばならないのは理由がある。11月15日から、アメリカでは金融機関の会計基準が一部改められ、独自の計算式を使って推定価格を算出している資産の残高を「レベル3資産」として、定期的に発表しなければならなくなる(「レベル1資産」は、価格が市場で確定できる資産。「レベル2資産」は、独自計算式の推定価格と、確定した価格が混在している資産)。レベル3の資産が多いほど、その金融機関の資産評価は当てにならないとみなされる。サブプライム債券は、ABX指数を使って推定価格を計算すれば、レベル2に組み入れることができる。

この「レベル3資産」の問題と、信用格付け機関によるサブプライム債券の格下げが重なって、10月以降、アメリカのいくつもの金融機関が、サブプライム債券の損失計上を発表することになった。



▼損失総額は1兆ドル?

サブプライムの住宅ローンに関しては、今後さらにローン返済不能の人が増えることが確実視されている。信用格付け機関による各種のサブプライム債券の格下げが続くことは、ほぼ間違いない。米金融界では、値が下がる前の今のうちにサブプライム債券を投げ売りする投資家や、自社の関係会社が発行したサブプライム債券を関係会社ごと清算して損切りする金融機関が多くなっている。投げ売りは、さらなる価格の下落を誘発している。

アメリカでのサブプライム債券の発行残高は1兆3000億ドルで、そのうち16%(約2000億ドル)が、10月の段階で90日以上のローン返済滞納になっている。今後は、この比率がさらに増えそうだ。

今秋、アメリカでの住宅ローン債券事業から撤退することを決めた野村証券は、同事業の資産の28%にあたる額を損失として計上したが、これと同じ比率の損失計上がアメリカの金融機関で行われた場合、たとえば大手投資銀行のゴールドマンサックスは資本金の半分が吹き飛んでしまう大損失になる、と指摘する分析者もいる。(ゴールドマンは、まだシティやメリルのような損失計上をしていない)

アメリカの金融危機は、サブプライム以外の高リスク債券の分野にも感染しており、優良(プライム)な住宅ローン債券、クレジットカード債権を証券化した債券(アメリカにおける残高約9000億ドル)、企業買収資金の債券、その他のデリバティブ商品など、金融危機が感染して含み損を拡大している分野はいくつもある。これらを合計すると、金融界全体での最終的な損失は、2500億ドルとも5000億ドルとも1兆ドルとも予測されている。

アメリカでは1990年代から金融技術の革命が進行し、各種の新しい金融手法が、金融機関と投資家に巨額の利益をもたらし、それが米経済の活況の原動力となってきた。しかし、サブプライムやデリバティブ、CDO、SIV、ABCPなどといった金融技術を回して構築され、積み上げられたアメリカの金融資産は、いまや、債券の価格形成メカニズムの崩壊という根底からの逆回しによって、短期間に崩壊しかけている。



▼ローン破綻、再利下げ、インフレ、石油高騰の悪循環

サブプライム債券の崩壊を発端とする債券危機は、米経済の全体的な資金調達能力を引き下げ、住宅ローン破綻による消費の減退と相まって、アメリカの景気に悪影響をもたらしている。石油価格の高騰などでインフレがひどくなる中で、連銀は12月の会議で再び利下げをするのではないかという観測が、関係者の間で強くなっている。 9月と10月の連続利下げは、世界的なドル安を引き起こし、原油や金の価格高騰に拍車をかけ、中東産油国や香港などの通貨の対ドルペッグが外れそうになった。原油の先物市場では、すでに1バレル250ドルの先物が売れ始めている。その水準まで高騰すると考えている関係者がいるということだ。

そんな現状下で、再度の利下げは、11月に入ってのサブプライム債券危機の再燃と合わさって、ドルの信用不安を再燃させることは間違いない。アメリカの財政赤字が9兆ドルを超えて増え続けていることも、ドルの信用不安を加速する。世界経済は、どんどん危険な方向に追い込まれている。

イギリスのコラムニスト、ウィル・ハットンは最近、英オブザーバー紙のコラムで、今回の金融危機は30年に一度の大規模なもので、これによって、市場原理を重視する自由主義経済政策の時代は終わるだろうと書いている。ハットンは、今回の金融危機は、3500億ドルのサブプライムの不良債権を抱えるアメリカだけでなく、アメリカのやり方をそっくりコピーして運営してきたイギリスの金融界をも崩壊させると予測している。金融危機は、米英中心の覇権体制を崩壊させるまでの展開になるということである。



The worst crisis I’ve seen in 30 years



The latest financial downturn is the final nail in the coffin of the conservative free-market world-view



Will Hutton

Sunday November 4, 2007

The Observer



I have been following the financial markets for more than 30 years. Crises have come and gone, but the one unfolding since August and which intensified last week is the most serious. It is not just that its impact is cascading around the world because of the new interconnectedness of global finance, it is that the authorities, particularly in Britain and America, have lost control and do not have the means to regain it as quickly as we might hope. With an oil price approaching $100 a barrel, we are in an uncharted and dangerous place.



After more than 15 years of extraordinarily benevolent economic conditions worldwide – cheap oil, cheap money, growing trade, the Asia boom, rising house prices – things are unravelling at bewildering speed. The system might be able to handle one shock; it is undoubtedly too fragile to handle so many simultaneously.

The epicentre is the hegemonic London and New York financial system. No longer are these discrete financial markets; financial deregulation and the global ambitions of American and European banks have made them intertwined. They are one system that operates around the same principles, copying each other’s methods, making the same mistakes and exposing themselves to each other’s risks. Thus the collapse of the American housing market, the explosive growth of American home repossessions and the discovery that ‘structured investment vehicles’ (SIVs), the toxic newfangled financial instruments that own as much as $350bn of valueless mortgages, are not American problems. They are ours too.

The recent departure of the CEOs of two of the biggest investment banks – UBS and Merrill Lynch – after unexpected losses and loan write-offs running into many billions of dollars is not just an American problem, it’s ours. It is also our problem that Credit Suisse last week announced more billions of write-offs, and Citigroup was rumoured to be following suit with even bigger losses. When banks take hits as big as this, it hurts their capacity to lend, because prudence demands they have up to eight dollars or pounds of their own capital to support every hundred dollars or pounds that they lend. If they don’t, they have to lend less – and that is called a credit crunch.



This crunch is already upon us – hence the massive selling of bank shares at the end of last week and the extraordinary news that the taxpayer, one way or another, now has supplied £40bn to the stricken mortgage lender Northern Rock, a sum that could climb to £50bn by Christmas. Stunningly, that represents 5 per cent of GDP. The bank got into trouble because it thought, under the chairmanship of free-market fundamentalist Matt Ridley, that it could escape trivial matters like having savers’ deposits to finance its adventurous lending. Instead, it could copy the Americans and sell SIVs to banks in London – most of them the same banks that bought from New York – and it could steal a march on its competitors.



But in the London/New York financial system, when things went wrong in the US they immediately went wrong for Northern Rock in Britain. The banks announcing those epic write-offs no longer wanted to buy Northern Rock’s loans – and neither did anybody else. The Bank and Treasury hoped to get by with masterly inactivity, but instead, as we know, there was a run on the bank. The government had to step in by guaranteeing £20bn of small savers’ deposits – but also, we now learn, by supplying £30bn of finance that the financial system will no longer supply itself.



This is testimony to the degree of fear that characterises today’s credit crunch – and it bodes ill. What is worse, the Ridleyite maxims that got Northern Rock into trouble have also disabled the rescue, protracting rather than limiting the crisis.



What should have happened, of course, is that when the Bank of England found that it could not find a secret buyer for Northern Rock in the summer, it should have done what it did in the 1974 secondary banking crisis. It should have taken Northern Rock into the Bank of England’s ownership. Individual depositors and the City institutions alike would have been quickly reassured, and when the crisis passed the bank could have been sold back into the private sector.



But in 2007, the Ridley view of how to run a bank is also the authorities’ view of how to respond to a crisis. There is a prohibition on even short-term public ownership. In a free-market fundamentalist world, this, like regulation, is regarded as wrong. Instead, the most expensive and riskier route has been taken so that Northern Rock remains part of the problem rather than the solution.



For when a central bank supplies rescue finance on this epic scale, it has wider implications. In effect it is printing money to bail out Northern Rock; good for the financial system, but bad for the rest of us because it will make it harder for the Bank to cut interest rates. Already the British property market is in trouble. Given the absurd prices it is all too possible that we could follow the American market, with huge bad debts and mortgage repossessions. The way Northern Rock has been rescued will make it hard for the Bank to cut interest rates and revive the property market, while remaining wedded to its inflation target. And if there are more Northern Rocks rescued in the same way, the dilemma will get worse.



Last week David Cameron proudly pronounced that the Tories were winning the battle of ideas. He could not be more wrong. The credit crunch is testimony to the exhaustion of a conservative free-market world-view. To get through this crisis, the American and British governments are going to have to think what hitherto has been unthinkable. Already the Americans are cutting interest rates careless of the inflationary consequences. Britain may have to follow suit. Both governments will have to devise new forms of regulation and control. Banks may have to be taken into public ownership.



For 30 years we have been suckered into thinking that public authority has no business intervening in the wealth-generating, free-market financial system. This is the year when reality resurfaced with a vengeance.



will.hutton@observer.co.uk



· This article was amended on November 11 2007. The article above described Matt Ridley, who recently resigned as chairman of Northern Rock, as ‘Viscount Ridley’, but Matthew White Ridley, 4th Viscount Ridley, is Matt Ridley’s father. This has been corrected.

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